転生後に成功を収めた俺が復讐を果たすまで
政治はつまらなかった。けれど、俺は成功者となった。
バーニス様を国王にして差し上げ、その元で悠悠自適な生活を送った。魔法を使ったり、冒険をしたり、そういう楽しそうで異世界らしいことを転生当初はしたいと思っていたが、お家柄そうはできなかった。まあ、そうでなくても大金持ちになりハーレムを築き上げることができたから、満足はできたのだ。
だが、それはいとも容易く崩れ去った。
「ぐああ!」
鞭で背中を叩かれる。
悲鳴を上げる度に、クリストルや貴族たちは俺のことを笑い者にしながら酒を飲んでいた。
今、俺はバーニス様と俺の家族を殺して新たに国王となったクリストルの策にハマり、濡れ衣を着せられてしまった。立場も奴隷まで落とされ、人間としての扱いすら期待できなくなった。
現に、今は見世物としての人生を送っている。クリストルの提案だ。俺が嬲られる様子を見世物にすれば少しは楽しみが増えるだろう、と言いながら邪悪に笑っていたところは、忘れられない。
「そうだ! そいつの足を切ってしまえ。良い悲鳴が聞けるかもしれん」
一瞬、耳を疑った。だが、側近らしい人物は何食わぬ顔で「その後はどうされますか?」と、足を切ることはもう決定したかのようにクリストルに訊ねている。
「何、義足を作れば良い。痛覚が据え置きの魔法の義足を作れる魔法使いがいたはずだ。そいつに任せよう。そうすれば何度でも、足を切ったときの悲鳴が聞ける」
まるで俺の身体をおもちゃか何かのように扱いだそうとしているクリストルの言葉を聞いて、睨み付けた。それを見て、クリストルは笑みを浮かべる。
「良いではないか。別に完全に足を失う訳ではない。義足をくれてやる分、感謝して欲しいくらいだ」
鋭く研がれた剣が用意された。嫌だ、切られたくない!
縛られている足を動かそうとした。うまく歩けず、こけて顔を床にぶつけてしまった。
辺りから嘲笑が聞こえてくる。
兵士たちは笑いながら数人がかりで押さえつけてきて、さらに縛りをきつくされ全く身動きできなくさせられた。しかも、恐怖に歪む表情を自分でも見ろと言わんばかりに鏡まで用意された。グレーの髪はボサボサになっており、青い瞳は恐怖に染まっていた。
声を上げてもどうにもならないことなんて、頭の片隅では分かっていても声を上げずにはいられなかった。足に剣が迫る。
そのまま、一瞬で足は切断された。鋭い痛みが下半身から伝わってきて、今まで以上の悲鳴を出した。
すぐに治癒の魔法がかけられたが、しばらく痛みは残ったままだった。魔法で気絶が封じられていなければきっと気絶していただろう。
痛い痛い痛い! 涙で前が見えなくなってきていた。痛みに身体を仰け反らせるが、それすらも取り押さえられる。
「ハッハッハッハ! こりゃあ良い! 与えてやるぞ、永遠の苦痛をな!」
クリストルはさぞ愉快そうだった。
何で俺がこんな目に遭わなければならないんだ。家族もバーニス様も殺しやがった上に、俺は奴隷だと? ふざけやがって。
――復讐してやる。
必ず生きてこの状況から脱出して、俺にこんな扱いをしたことを後悔させてやる。
待っていろ、クリストル!
◆
「とうとう、ここまで来た……!」
「そうですね!」
脱走して旅に出て、魔法の力を身に付けてようやくクリストルの城内へと戻ってこられた。もう目の前には謁見の間へと続く扉がある。旅の仲間の一人であるエレットは、凜とした目つきをして扉の前にいるクリストルの護衛と相対する。
「あなたは行って下さい。こいつは私が引き受けますから」
「でも――」
「逃げられたらどうするのですか? こういうときは速さが命です! 行って下さい!」
「……分かった! ありがとう!」
エレットはポニーテールを揺らしながら剣を振るう。護衛である赤髪の剣士もそれに応じた。剣同士がぶつかって火花が散っている。
それを横目で見ながら、俺は謁見の間の扉を開けた。そこには、逃げる様子なんて微塵も見せず、悠々としているクリストルの姿があった。憎らしい奴だ。
「来てやったぞ、クリストル!」
ここまで来る中で付いてきてくれた仲間たちの尽力もあって、もうクリストルの周りに戦力はいない。あとは、復讐を果たすだけだ!
「全く、5年間も散々いたぶってやったというのに懲りないようだな。キルクよ」
嫌みな薄ら笑いを浮かべながら、クリストルはあくまで平然と対峙してきた。いかつい顔。黒い短髪。煌びやかな王冠。青を基調とした豪華な服に豪華な装飾をじゃらじゃらつけているが、正直似合ってない。赤いマントを翻し、赤い宝石が嵌め込まれた杖を持ち椅子から立ち上がった。
「もう一度奴隷としていたぶってやる!」
その直後、杖に嵌め込まれた宝石が光り輝いたかと思えば、クリストルの周りに突然フルプレートの兵士たちが10人出現した。
「創造の魔法か」
「その通りだ。流石に我が魔法については調べているようだな。いくらでも増やせるぞ? 物量を前にお前がどんな手に出るのか、見させてもら――」
「それは『禁止』にさせてもらう」
対して、俺は禁止の魔法を使った。クリストルを赤い光で包む。すると早速クリストルによって作られたフルプレートの騎士が消滅していく。
「ほう、禁止の魔法か。だが、私にはまだ2つの魔法がある。行くぞ!」
「知っているさ。改造の魔法と、超回復の魔法だろ?」
早速、クリストルは自分の身体を改造し始めた。腕は六本になり、身体も肥大化する。
「身に余る改造をするんだな。自分を改造するなら、痛みがあるはずだが」
「グハハハ! 痛みなら、痛みを感じないように自分を改造すればいいだけだ! 超回復もあるしな! さあ、どうするつもりだ? お前に勝ち目は無いぞ?」
「まずは改造を『奪う』」
「何!?」
「俺にも、あと2つの魔法があるのさ。クリストル」
俺の手から黒い靄が発生し、クリストルの首を掴んだ。そして改造の魔法を奪う。これでもうクリストルは自分自身を改造することができなくなった。
「グハハ! なんだそれは。なぜ我が自分を改造する前にそれを使わなかったのだ? なぜ超回復を奪わなかったのだ? よく分からんな。行くぞ!」
「痛みを『与える』」
戦いが起こる前に、俺は与える魔法でクリストルに痛みを与えることにした。赤い針を指先から発射し、それがクリストルに刺さる。
直後、クリストルが改造でなくした痛みは復活し、クリストルの体中を改造の副作用としての痛みが襲う。
「ぐあああ! い、痛い! 腕が、身体が痛い! 与える魔法だと!?」
「おいおい、クリストル。俺がどれだけお前のことを調べたと思っているんだ」
俺は笑顔を浮かべながら、クリストルに言ってやった。痛みに悶え苦しむ無様な姿を眺めつつ、続きの言葉を発する。
「俺は考えたんだ。どうやってお前に復讐をしようか。どんな魔法があれば俺がすっきりできるのか」
手に入れられる魔法には限度がある。だから、一生懸命に考えた。俺が望む復讐を。満足できる復讐のやり方を。
「戦いなんてするつもりはない。その結果を見せてやるよ」
「な、何をするつもりだ!」
すっかり痛みによって倒れ込んだクリストルに近付き、手で触れる。
「『改造』」
そして、クリストルが持っていた改造の魔法を使った。腕を八本に増やしたり、身体を捻ったり、色々な改造を施す。
楽しいな。色々できる。
「ぐおあああ! 痛い! 痛い痛い痛い痛い!」
当然、痛みを与えているのでクリストルは痛がった。きっと想像を絶する痛みなのだろうなと思いながらほくそ笑む。
「な、何故改造を使えるのだ!」
「『奪って使う』魔法なんだよ。『奪う』だけの魔法じゃ無いんだ。そのせいでひとつしか奪えないんだけどね。でも、『禁止』と『与える』はふたつまで出来るよ。だから、今度は気絶を『禁止』する」
「ひっ……!」
「お前が俺にやったことだよ。クリストル」
クリストルの顔が引き攣る。
ああ、なんて気分が良いんだ! ここまで晴れやかな気持ちになれるなんて、復讐はいいものだなぁ。
当然、これだけで終わらせるつもりはないぞ。俺は結局、5年間も嬲られ続けたんだからな。それだけの仕打ちを返してやる。
「そして、痛みに対して更なる感度を『与える』。存分に痛みで苦しんでくれ」
「あ、あ……」
「『改造』」
「ぐぎゃああああああ!」
そうして俺は、しばらくの間クリストルに意趣返しをした。
その後は用意していた新たな王を迎え入れ、クリストルは死罪に処した。政治の方で黒いことを色々とやっていたのを表に発表したのだ。そうすると当然死罪以外の選択肢は無かったので、俺が楽しみ尽くした後で処刑が行われた。家族やバーニス様の敵も取れたという訳だ。
「とうとうやりましたね、キルクさん」
そう声をかけてくれたのは、エレットだった。革鎧とロングソードで武装している少女。ポニーテールに髪を結んでいるところは、年相応さを感じる。
「ああ。ありがとう、エレット。ここまで付いてきてくれて」
「水くさいですよ。共に復讐を果たそうと誓った仲じゃないですか」
エレットは笑顔でそう言ってくれた。エレットもまたクリストルに家族を殺されていたから、この戦いはその敵討ちも含まれていたのだ。
「復讐しているときはあんなに残虐だったのに、お礼は欠かさないんですね」
「変かな」
「いいえ。そうでもありませんよ」
妙に丁寧なんだな、とは昔誰かに言われたことは確かにある。妙に、という部分が引っかかったからだ。同じ感想を抱かれたように感じたが、どうも分からない。頬を掻く。
「これからどうするんですか?」
「家族もみんな死んじゃったしなぁ。自由を満喫してみようと思う。旅に出るよ」
元々、旅に出ること自体への憧れはあったのだ。今だからこそ、異世界らしい冒険というものを味わいたいなと、俺はそう思っている。
それを聞いて、エレットは目を伏せた。
「その……付いていってもいいですか?」
そこからの突然の言葉に、俺は目を見開いた。
「いいのか? どうして?」
「私も居場所がないので、その、世界中の爬虫類を愛でる旅にでも出ようかと思っていたものですから」
その理由を聞いて、思わず一瞬思考が止まった。その後、理由のおかしさがこみ上げてきて、笑い声を上げる。そうだ、こういった一面がこの娘にはあるんだった。
恥ずかしくなったのか、エレットは顔を赤くした。
「わ、笑わないで下さい!」
「いや、ごめん。思わず笑ってしまった。じゃあ、これからもよろしく頼むよ。エレット」
「はい。よろしくお願いします」
せっかくなので、握手をする。
そして、これからの旅は楽しさを求めてやっていこうと心に決めた。