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8 いよいよ開幕ですわ

 「素晴らしい胸筋だった」


 「ぶ」


 「げほっ」


 「アルフォンソ兄様。それは筋肉ではなく、脂肪ですわよ。レディの同席する食卓で持ち出す話題ではございません」


 「その通りだ、アルフォンソ」


 父が、呼吸を整えて、私に同意してくださいましたわ。危うく、喉を詰まらせるところでしたの。

 もう、それなりのお年ですもの、気をつけてくださらなければ、困りますわ。


 「お前の発言も、なかなかだぞ」


 アルフォンソ兄様は言い返しましたけれども、本気で私をやり込めようとは思っておりませんのよ。騎士団長を務める兄様は、体も顔も強面ですが、妹の私には甘いのです。


 「まあまあ、二人ともその辺で。確かに、ベラムール外務卿のお嬢様は、大層魅力的な女性だったよ。ちなみに、胸筋ということなら、我が妹も負けてはいない、と指摘しておこう。ともあれ、兄上が彼女と婚約を決めてくれれば、僕とマリアは結婚式の準備を始められる。父上から打診してみては?」


 ブルーノ兄様が、提案します。こちらの兄様は、近衛隊長を務めておりますの。

 剣を持たせたら強いのですが、見た目はほっそりとしていて、全然そのように見えませんのよ。繊細な顔立ちは、亡くなった母似と言われておりますわ。


 マリア=カディス伯爵令嬢とは、幼い頃からの許嫁ですの。ピッチェ家の後継者であるアルフォンソ兄様に遠慮して、ブルーノ兄様が結婚を先延ばしにしておりますのに、文句一つ言わない、出来たお方ですわ。


 カドリ公家に連なる家柄で、商会にお勤めだそうです。

 そういえばプリシラが、マリアは蓄財が趣味だから、一生結婚しなくても平気だとか、失礼な事を言っておりましたのよ。彼女と結婚したら、ブルーノ兄様の家計は安心ですわね。


 「貿易交渉の行方にも関わるかもしれない。迂闊(うかつ)には動けんな。まずは、当人同士が親しくなるよう努めるのだ。ソローアモ王国では、夫婦間であっても恋愛感情を重んじると聞いたぞ」


 「努力します」


 父の言葉を正面から受け止めたアルフォンソ兄様に、不安が(つの)りますわ。兄様は、女性の繊細な心には、とんと(うと)いのですもの。



 「いよいよヒロインの登場か。楽しみだな」


 「お前は、私の従僕よ」


 「わかっているってば。ゲームキャラを三次元で見る楽しみを味わいたいだけだ」


 スチュワードは、今でも時折、意味不明な言葉を使いますわ。

 ソローアモからの来賓を歓迎するために、舞踏会が催されますの。主賓は外務卿ですけれども、その娘が出席すれば、当然主役になりますわよね。ゲーム云々は関係なく。


 『ダイス 愛と野望の渦』では、この舞踏会が最初のイベントとやらになりますの。

 ここでヒロインが、誰と恋に落ちるか決めるのだそうですわ。図々しくも。


 私がその舞踏会へスチュワードを連れて行くことにしたので、彼ははしゃいでおりましたの。

 ゲームが現実になったところを見たいだなんて、綺麗事を言っておりますけれど、彼も殿方。噂の美女が気になるのですわ。


 私も彼女が気になります。スチュワードによれば、その娘がアルフォンソ兄様と恋に落ちたら、私が恋路の邪魔者になるのです。私が!


 ピッチェ家の次期当主が、(ようや)く結婚相手を定めるというのに。私の口出しできる事でも、ございませんわ。

 それとも、相当な欠陥のあるご令嬢なのでしょうか。噂を聞く限り、見目も麗しく、外務卿のご息女で、身分も財産も問題なさそうですのに。


 ゲームでは、正妃のご健在な国王陛下や、私という婚約者を持つ王太子殿下と恋に落ちることもできるようですが、常識的な流れでは、アルフォンソ兄様一択ですわね。

 王弟殿下や宰相様よりも、兄様の方が若くて魅力的ですもの。



 オープニングイベントの舞踏会。いやですわ。スチュワードの呼び方に影響されてしまいました。

 ソローアモ外務卿の歓迎パーティには、王家はもちろんのこと、四大公家が並ならぬ意気込みで参加しましたの。


 クオリ家からは、聖女ソフィーア様のお付きとして、タマーラとティーナも清楚なドレスで姿を見せましたわ。見習い聖女の修養は順調のようですわね。しばらく見ないうちに、神秘的な雰囲気を纏うようになりましたわ。

 もう、軽々しく近寄ってお喋りはできませんけれども、立派な姿を目にできて、嬉しく思いましたわ。


 カドリ家からは、プリシラが財力に物を言わせて、いいえ、ジョカルテ王国の技術を惜しみなく注ぎ込んだ装いで登城しましたの。私も、当然ドレスを新調いたしましたが、プリシラほど派手にはできませんでしたわ。


 フィオリ家には年頃の令嬢の代わりに、王妃陛下がいらっしゃいます。ローザ様は、王家の宝庫から選りすぐりの宝石を身につけて臨まれましたの。

 それはそれは、眩いばかりの美しさでしたわ。宝石を纏った王妃様の方ですわよ。


 私たちがこのように着飾ったのは、来賓をおもてなしする作法からですの。

 でも、外務卿の娘に対抗する気持ちがなかったとは、断言できませんわね。ピッチェ家と同様、主だった貴族の間では、彼女の魅力的な外見が話題になったに違いありません。



 結論から申しますと、私たちは、エヴリーヌ=ベラムールに完全敗北しました。

 ヒロインの力というものを、まざまざと感じましたわ。


 それは、私がスチュワードから話を聞いていたからですわね。そのことを抜きにしても、彼女が勝つのは既定路線だったようにも思いますわ。


 まず、ソローアモ王国は、文化の最先端が集まる国で、流行の源とも呼ばれますの。エヴリーヌは、その国の外務卿という、情報収集の頂点を父に持つ令嬢ですわ。


 外交の成果を挙げるため、ベラムール卿は、娘を最大限に利用するつもりで身なりを整えたに違いありません。

 そのような国から訪れた令嬢を、こちらは主賓として迎え、おもてなしするのです。立場からして、大勝ちもできませんわよね。


 ドレスやアクセサリーも素敵でしたが、彼女自身が美しかったことも、認めなければなりませんわ。明るい髪色が後光のように顔を取り巻いておりました。


 会場へ入ってきた途端、殿方の視線が、彼女に吸い寄せられましたの。アルフォンソ兄様が我を忘れて見惚れるのは仕方ないとして、国王陛下までもが周囲の視線を一瞬忘れた風に見えましたのには、驚きましたわ。

 気付いたのは、王妃であるローザ様と、ゲームを知る私だけでしたけれども。


 私の婚約者、リベリオ様も、ベラムール嬢に釘付けでしたわ。特に、お胸の辺りですわね。こっそり覗き見たスチュワードも、感心しておりましたもの。

 まず、アルフォンソ兄様が褒めただけのことはありましたわ。


 深い谷間を作るほどの大きさに加えて、盛り上がった膨らみを輝かせる肌の張り。そして、動く度に揺れる重量感。脂肪と筋肉が程よく調和した形と動きでしたわ。半分ほどは、ドレスの仕事と言って良いでしょうね。もちろん、褒めておりますのよ。


 殿方の視線を独り占めしたベラムール嬢に対し、私たちは精一杯愛想良く振る舞いましたわよ。淑女らしく、礼儀正しく。


 リベリオ様が最初に彼女にダンスを申し込んだ時も、私は平静に見守りましたもの。スチュワードの話では、ここで彼女と踊った攻略対象が、愛を深めていくのですが、王太子が来賓とダンスするのは、常識ですわよね?


 その後、アルフォンソ兄様が、他に先駆けてベラムール嬢にダンスを申し込んで、見事に踊りましたわ。残念ながら、続いて宰相様や王弟殿下がいらしたので、交際を申し込むほど言葉を交わせませんでしたが。


 結局彼女は、国王陛下とも踊りましたのよ。陛下自ら、王族でもない令嬢とダンスするなど、稀有(けう)なことでしたわ。

 王妃陛下のお顔が、幾分引き()って見えたのは、気のせいではありません。


 他にも、タマーラやプリシラが、ベラムール嬢へ厳しい視線を投げかけたのを、目撃してしまいましたわ。彼女たちも、外交の場と承知しておりますから、無体な真似はしませんでしたけれども。


 ベラムール嬢の魅力に屈しなかったのは、ブルーノ兄様だけでしたわね。

 彼女は、ソローアモの女性らしく、ブルーノ兄様にダンスを申し込んだそうですの。


 その時私は、遠くにいて気付きませんでしたわ。

 ブルーノ兄様は、優しげな顔立ちですもの。女性からも話しかけやすい、と聞いたことはあります。

 ですが、兄様は近衛隊長です。会場にいたのは、社交ではなく、警備のお仕事でしたのよ。


 このような場合、女性に恥をかかせないため、一曲踊るという選択もありでしたわ。

 ブルーノ兄様は、職務を選んだ訳ですの。私は、そんな兄様を誇りに思いますわ。



 「で、結局ヒロインとやらは、誰と恋に落ちるの?」


 私に問われたスチュワードは、困った顔になりましたの。


 ゲーム『ダイス 愛と野望の渦』オープニングイベントである、ヒロイン登場場面が終わり、私とスチュワードは、今後の対策を考えるために、打ち合わせをしておりましたの。


 ヒロインが恋のお相手を誰に決めるかで、私に降りかかる火の粉の量が決まるのですもの。破滅したくありませんわ。


 「エヴリーヌは、全員と踊ったんだよな? 公平に、一回ずつ」


 従僕に過ぎないスチュワードは、隙をついて覗くことはできても、ずっと会場に居座ることはできなかったのですわ。私としては、彼が会場に居ても一向に差し支えありませんが、決まりは決まりですものね。


 それにしても、二人きりとは言え、他所様のご令嬢を呼び捨てにするのは、少々お行儀が悪いですわ。スチュワードにとって、エヴリーヌは小説の登場人物のような感覚なのでしょうね。

 ですから私も、取り立てて注意はしませんでしたのよ。


 「そうよ。最初にリベリオ様、次にアルフォンソ兄様、宰相様、王弟殿下。国王陛下とも踊ったわ」


 「マジか。俺は、舞踏会での貴族の振る舞いまではマスターしていないんだが、それって、どれも普通のことか?」


 スチュワードの質問には、困ってしまいましたわ。普通というのが、どの辺りを指しているのか、きっと本人にも理解できていないと思いますの。


 「そうね。まず大前提として、ベラムール嬢は、もてなされる側よ。だから、彼女が次々とダンスを申し込まれる状況を作るのは、もてなす側の礼儀とも言えるわ。王族を代表して、王太子殿下が真っ先に踊られたのも、特別なこととは言えないわ。まあ、国王陛下が降りて来られたのは、異例かもしれないけれど、もてなしとしては、悪くないわね。ベラムール嬢としても、陛下に請われたら断れなかったでしょう」


 「そうか。普通、断れないよな」


 スチュワードは考え込んでしまい、結局ヒロインのお相手を教えてくれませんでしたの。

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