7 皆様、お耳の早いことですわね
王妃陛下とのお茶会に呼ばれましたの。
これ幸い、とリベリオ様とのお茶会がなくなりましたわ。私が病み上がりだから、無理をさせたくないそうです。快癒してから、随分経ちますのに。
「しばらくぶりね。顔の色も戻ったようで、良かったわ」
「その節は、お見舞いもいただき、ありがとうございました」
「外出許可までが退屈ですものね」
私は流行病に罹って、寝込んでおりました。スチュワードの予告通り、侍女のステラと執事のサレジオまで倒れましたの。
我が家のエフェドモン草がなかったら、ゲームシナリオと同じように、命を落としていたと思うと、冷や汗が出ますわ。
エフェドモン草は、薬草として収穫できるようになるまで、数年かかりますの。
本当に、ギリギリのところで間に合ったのです。スチュワードに感謝ですわ。そして『ダイス 愛と野望の渦』、たかがゲームと侮れませんわね。
「貴女の助言で、エフェドモン草の栽培効率が上がったのね。ガイオが貴女に感謝していたわ。今回の流行には間に合わない部分もあったけれど、まだ収束していない市井の方へ、少しは供給できるようよ」
「あれは、ピッチェ家の庭師と薬師が工夫したもので、私の力ではありません」
王妃陛下は、フィオリ家のご出身です。ご自身も薬草に興味をお持ちで、王宮の薬草園を拡大した、と聞きましたわ。
ガイオ=フィオリ宰相は、王妃陛下の兄君に当たります。我が家でエフェドモン草を育てようとしたのを聞きつけて、しつこく生育状況を尋ねてきましたのよ。
庭師に聞いて欲しかったのですが、私が家の者に尋ねて伝える方が早道だったのですわ。
「リベリオとは、仲良く過ごしているかしら?」
「先日も、体調を気遣ってくださる便りをいただきました」
嘘は言っておりませんことよ。茶会を中止する連絡のことですわ。
その前には、流行病が伝染るといけないから、と手紙のやり取りもございませんでしたわ。
恐れ多くも、国王陛下や王妃陛下からは、お見舞いの品と共に、メッセージをいただきましたのに。
「オリーヴィア殿下は、如何なさっておられますか?」
お優しい陛下に後ろめたくて、私はリベリオ様の妹君に話題を逸らしました。
「ああ。あの子は今日、ミリアム様の元でマナーを学んでいる筈よ」
王妃陛下の声が、僅かに硬くなりましたわ。予定を把握できなかったとはいえ、これは失敗でしたわね。
王太后様と王妃陛下は、少々性格が合わないようなのです。対立するほどではありません。
王太后様がカドリ家のご出身であることも、関係するかもしれません。
プリシラのように、カドリ家の皆様は、派手好みの方が多いのですわ。ローザ妃は、フィオリ家の中でもとりわけ大人しめの方ですの。
「王太后様のご指導は、きっと厳しいのでしょうね」
阿るではありませんが、私は自分が受けた教育を思い出して、ついこぼしてしまいました。
私の家庭教師は、王太后様がご紹介くださった方だったのですの。
「カミッラ嬢は、特別厳しいと評判だったのよ。貴女のお父様は、そこを見込んで採用されたけれど、幼い貴女には、辛かったのではないかしら」
もちろん、辛かったですわ。私が使用人や物に八つ当たりしていた事を、王妃陛下は耳にされたのでしょう。
厳しい家庭教師から卒業できた今なら、当時を落ち着いて振り返る余裕もできたと思ったのですが、優しいお言葉をかけられて、思わず涙が出そうになりましたの。
「王妃陛下」
「ヴィットーリアは、よく堪えて立派に成長したわ」
「お褒めいただき、ありがとうございます」
それ以上、優しくされたら、私は号泣してしまいそうでしたわ。これも、病み上がりということなのでしょうか。
王妃陛下は、私の様子を見てとったのか、さりげなく話題を変えてくださいました。お優しい方です。
帰宅しますと、王太后様からの招待状が届いておりました。王族からの招待は基本断れませんから、召喚状と言い換えてもよろしいですわね。
きっと、王妃陛下との茶会を聞きつけ、対抗して書かれたのでしょう。私の従者も一緒に、と添えてあるところに、その内心が窺われますわ。王太后様は政務の一線から退かれたので、王族でも比較的自由な立場ですの。
スチュワードは招待を受けて、興味半分、警戒半分といったところでしたわね。
「なんで、モブの俺が? でも、王太后もモブか」
などと、失礼な事を呟いておりましたのよ。モブというのは、つまらない人物という意味のようですわ。
スチュワードが言うには、あくまでも『ダイス 愛と野望の渦』と言うゲーム上で与えられた役割の軽重だそうですの。演劇で言う、端役ですわね。
当日は、私も助言して、精一杯失礼のない格好で登城しました。
スチュワードは王宮に招かれたというので、緊張しておりましたわ。
「ようこそ。噂の護衛ね。執事を目指しているのですって?」
「はい。只今は従僕兼護衛として、修行に励んでおります」
「それで、ヴィットーリアについているのね。幅広く活躍する、と聞いているわ」
王太后様は、スチュワードにも、気さくに話しかけてくださいます。さりげなく、私の周辺をお調べなのですわね。
「ヴィットーリア様ってば、こんなに素敵な男の子を隠していたなんて、罪ですわ。王太子殿下は、ご存じですの?」
プリシラが言いました。そうなのです。プリシラ=カドリもまた、このお茶会に招待されていたのですわ。王太后様のお気に入りなのですもの。予想してしかるべきでしたわ。
「リベリオ様は、臣下の些細な事柄に、要らぬ心配などなさいませんわ。他に重要なお仕事がたくさんございますもの」
意地悪に対抗して嫌味で返した後、王太后様の御前であったと気付き、脇の下から冷や汗が滲みましたわ。もちろん、鋼鉄の意志で表情は保ちましたのよ。
私が反論することまで計算済みで、あのような言葉を投げかけてきたのですわ。プリシラは、油断のならない女ですわ。
「あらあら二人とも。わたくしの前で素直なのは嬉しいけれども、仲良くしなさいな」
ズバリ注意を受けてしまいましたの。お恥ずかしい。
「あちらの絵姿は、国王陛下と王弟殿下でいらっしゃいますの?」
私は別の話題を振り向けました。スチュワードが、熱心に絵を見つめていることに気付いたのです。
それは、若い男性二人の並ぶ肖像画でした。二人とも王族の装いで、今に至る面影がはっきり見取れます。
スチュワードによれば、この二人はゲームの攻略対象ですもの。彼が気にする訳です。
どうもスチュワードは、『ダイス 愛と野望の渦』の登場人物に、直接会ってみたいようなのですの。
これは、流行りのお芝居を観劇した時、楽屋へお邪魔するようなものかしらね。自分が悪役でないと、気楽なものですわ。
「ええ、そうなのよ。甥の絵姿も飾りたいのだけれど、贔屓になってしまうから、引退後になるわね」
王太后様は、プリシラに微笑みかけました。外務卿のイターロ=カドリ様は、王太后様の甥にして、プリシラの父に当たりますの。
プリシラは、王太后様の愛情を感じたのでしょう。嬉しげに微笑み返しました。機嫌が直って結構なことですわね。
「ありがとうございます。楽しみにしておりますわ。ところで、ヴィットーリア様。一つご忠告したいことがありますの」
「何でしょう?」
穏やかに話しかけられて、私も同じように返しましたの。
「ヴィットーリア様は、婚約者がいらっしゃるのに、しばしば宰相様と親しげにお話なさいますのは、如何なものかと思いますわ」
プリシラ、喧嘩を売っていますわね。私は頭が熱くなるのを感じましたが、そこでスチュワードが小さく咳払いをしましたの。
お陰で落ち着きを取り戻しましたわ。流石は私の優秀な従僕です。
「宰相様は、エフェドモン草の薬草利用について、ピッチェ家の事情を確認なさりたいのですわ。この度の流行病に、最も効果のある薬草ですが、栽培が難しく、薬草として利用できるまでに何年もかかりますの。我が家で栽培の実績があると耳にされて、国民のために少しでも知識を得たいとお考えなのでしょう。ご立派なことですわ」
プリシラは、フィオリ宰相に恋をしているのですわ。若くして宰相を務める優秀な方であることは認めますが、亡くなった奥様を思い続ける男やもめに嫁ぎたい気持ちは、さっぱり理解できませんわね。
しかも、スチュワードによれば、彼もヒロインと恋に落ちるかもしれないのですわ。
私は言い訳として、フィオリ宰相から話しかけられること、彼の仕事に関する内容であって、浮ついた話ではないことを挙げ、宰相を褒めることで、文句をつけるプリシラが悪い、とうっすら反論しましたの。
王太后様の御前でも、言いがかりにはきっちり反論しておきませんと、後で足を引っ張られることもありますものね。
「ガイオ殿は、薬学にも造詣が深い。宰相の地位に甘んじず、必要な知識を貪欲に学ぶ姿勢は、皆に見習ってもらいたいところね」
王太后様が、私に理解を示してくださったことで、プリシラは黙りました。いい気味ですわ。
「フィオリ家においても、エフェドモン草の栽培が順調に進んでいるようですの。薬草として一定量の収穫が見込めるようになっても、必要な者の手に届かなければ、宰相様のお志が無に帰してしまいますわ。流通問題は、カドリ家のお得意でしょう。プリシラ様から、お声がけなさっては如何ですか?」
やり込めっ放しで、王太后様の覚えが悪くなってもいけませんわ。フィオリ宰相へのアプローチ方法を提案してみました。私が言わなくても、そのうち自分で思いつくでしょうけれど。
もし、思いつかなければ、ヒロインが掻っ攫っていくのですわ。そうなったら、宰相様に恋するプリシラに気の毒ですものね。
「そうね。薬が出来上がる前に、販路を整えておく事が、素早い供給に重要ですものね」
プリシラは、すぐに問題の重要性に気が付きましたわ。彼女もカドリ家の一員なのです。
そこからは、穏やかに言葉を交わす事ができましたの。まずまず友好的に終わりましたわ。ただ、気になる話を聞きましたの。
近頃、フィオリ家の領内で発見された貴重な地下資源を輸入したいと、ソローアモ王国から使者が訪ねてくるのですって。その資源は、聖女ソフィーア様の助言によって見つかったものです。
スチュワードによりますと、この使者と共に、ヒロインとやらが登場する筈ですの。
いよいよ、ゲーム『ダイス 愛と野望の渦』が開幕するのですわ。