6 婚約者様とのお茶会ですわ
リベリオ様は、如何にも王子らしい、華やかな美貌をお持ちの方ですの。
私より少し年上で、黙っていれば、その完璧な美しさに皆ひれ伏します。国民には絶大な人気がありますのよ。
今日は、リベリオ様と私の定期的なお茶会の日です。私は、先日修理を終えたブローチと髪留めをつけて、席に着きましたの。
「今日も素敵な装いだね、ヴィットーリア。ブローチと髪留めが、とても似合っているよ」
「嬉しいですわ。いつも私に似合う品を見繕ってくださり、ありがとうございます」
「あ、うん。婚約者として、当然だよ」
キラキラと笑顔を振り撒く王太子殿下は、ご自分の名で私に贈ったことを、失念していたに違いありませんわ。
この分では、品物を選ぶことすらしていないようです。
ええ、わかっております。
リベリオ様は私に無関心ですし、私もリベリオ様をお慕いしてはおりませんの。
二人の婚約は完全に政略で、互いにそれと理解しております。ですから、親睦を深めるために、品物を贈り合ったり、定期的に茶会を開いて面会したりするのですわ。
スチュワードの言うゲームでは、ヒロインがリベリオ様を選んだ時、私は嫉妬に狂って二人の逢瀬を邪魔したそうですの。全く信じられませんわ。
この結婚は、ピッチェ家と王家の契約です。私が動くとすれば、婚約を守るためであって、嫉妬ではありません。
「近頃、新しい従者を雇ったそうだね」
スチュワードのことですわ。私は笑顔で頷きました。
「はい。私も少しずつ仕事を任せられるようになりまして、人手を増やしましたの」
「そうか。私も、陛下から仕事を任される量が増えている。互いに忙しくなることだね」
これは、お茶会を減らそうと言わせたいのですわ。私も、気のないリベリオ様と過ごす時間は退屈です。美形も中身を伴わなければ、見飽きますもの。
しかしながら、互いに思いがないからこそ、定期的に会う義務を怠ってはいけませんのよ。
既に、前回のお茶会は中止になりましたわ。お陰で、ブローチや髪留めの修理が間に合ったのですけれど。
一度、中止の事実を作ったことで、リベリオ様は味を占めたのですわね。
「では、時間を短くして、回数を増やしては如何でしょうか?」
殿下が一瞬喜んで、げんなりしたのが、わかりましたわ。
「それとも、回数を減らして、共に過ごす時間を大幅に増やした方が、よろしいでしょうか?」
私は笑顔を保ったまま続けました。まさか、時間も回数も減らすつもりではありませんよね、と言外に圧力をかけます。
ピッチェ家からの圧力を無視して自らの提案を押し通すほど、リベリオ様は図々しくはございませんでしたわ。
リベリオ様に見送られて帰る途中で、フィオリ宰相に会いましたの。
「おお。これはこれは、ピッチェ公爵令嬢」
宰相様は、王太子殿下への礼もそこそこに、私に挨拶しました。私も挨拶を返します。
「近頃、エフェドモン草の種子を大量にご購入なさったとか。ご令嬢が、園芸に興味をお持ちとは、初耳でした。その後、発芽状況など如何ですか? あれは、育てるのが非常に難しい種ですよ」
フィオリ家は、農産物に造詣が深く、自然とそこから取り立てる税務にも強いのです。
それで、宰相を務めることが多く、現在の宰相も、当主のガイオ様ですの。
ガイオ様は、王妃陛下の兄上にもあたられます。若くして亡くなった奥様を想い、独り身を守っているのですわ。
跡継ぎがおられないので、周囲から強く再婚を勧められますが、多忙を理由に縁談も断っていますの。
プリシラが彼を慕うのも、王命で強制結婚させられずに済んでいる理由かもしれませんわね。
彼女の祖父の姉君が、王太后様ですもの。
「エフェドモン草?」
リベリオ様が、おうむ返しに問います。
「ええ。高い薬効が見込める貴重な薬草です。幸いにも今のところ、代替薬で間に合っておりますが」
「へええ。それなら、ヴィットーリアの買い物は全くの無駄遣いになるな。宝石やドレスなら、売ることも出来るだろうに」
ピキ、と空気が凍る音が、聞こえたような気がしましたわ。私は殊更に笑顔を作ります。
「いえいえ。そのような意味でお声がけしたのではありません」
慌てて口を挟んだのは、フィオリ宰相でしたわ。
「もし、この地で栽培に成功されたら、是非とも教えていただきたいと思いまして。ピッチェ公爵令嬢は、大層立派な試みをなさっておられます」
「お褒めいただき、ありがとうございます。機会がありましたら、ご報告致しますね。リベリオ様も、お見送りをありがとうございました。従者が迎えに参りましたので、こちらで失礼致します」
ちょうど、スチュワードの姿が目に入りましたの。話が長引くのも面倒ですし、ついでながらリベリオ様にもお別れの挨拶を致しましたら、引き止められてしまいました。
「待て。あれが例の者だろう。紹介してくれないか?」
最後は柔らかく収めましたが、最初に聞いた声が、少し怖いように感じましたわ。私は逆らわない方が良い、と判断しました。
王太子妃の側仕えに、怪しい者が入り込むのを警戒しているのかしら。
スチュワードは身元の知れない孤児の上、前世が異世界という怪しさ満載の人物ではあります。
でも、その事情を知る故に、私は彼を信用しているのです。尤も、王太子殿下に私の理屈は通用しないと思いますわ。
私の合図に応じて、スチュワードはやや戸惑い気味に、こちらまでやって来ましたわ。
王太子殿下と、立ち去り損ねた宰相様まで待ち構えているのですもの、戸惑いますわよね。
「リベリオ様、宰相様。こちらが私の従僕スチュワードにございます」
私の紹介に合わせて、スチュワードは礼をとりました。もう、作法は完璧ですわ。
リベリオ様とフィオリ宰相を前にしても、従者として堂々たるもの、決して見劣りはしませんわ。
「スチュワード。私の婚約者に虫がつかぬよう、頼んだぞ」
「承りました」
王宮から解放された私たちは、馬車で帰宅の途につきました。
「この頃は、お前、結構愛されているのな」
「えっ。何が?」
スチュワードの言葉に、私は顔が赤くなるのを感じました。
愛するって、誰が誰を?
「王太子殿下だよ。ゲームだと、義務的な交流しかなかったところへ、ヒロインが本当の愛を教えるみたいな展開だったのに、俺みたいな下僕にまでマウント取ってきた」
「マウント?」
「俺の女だから、手を出すな、みたいな」
「下品ですわ」
顔は勝手に熱くなりましたが、私は納得がいきませんでしたわ。
恋愛感情がなくても、所有欲で相手を牽制することは考えられますもの。
リベリオ様は、スチュワードが予想より立派だったので、つい威張ってみたのかもしれませんわね。宰相様の手前もありますし。
「そういえば、フィオリ宰相から、エフェドモン草のことを尋ねられたわ。栽培に成功したら、教えて欲しいって」
「宰相でも王妃でも、教えるのは構わないが、薬はうちの分を確保しておけ。ステラやサレジオを失いたくなかったらな」
実を言いますと、エフェドモン草の栽培は、スチュワードの提案で始めたものなのですわ。彼によると、『ダイス 愛と野望の渦』のシナリオでは流行病が起こり、ピッチェ家でも私が感染してしまうそうですの。
基本的に、子供がかかりやすい病気なのだそうですわ。
それなのに、看病してくれたステラやサレジオにまで伝染ってしまい、薬が足りないせいで彼らは命を落としてしまうのですって。信じられませんわ。
代わりに入った侍女や執事と私は上手く関係を築けず、悪役令嬢に拍車がかかると言う訳ですの。またも、悪役令嬢ですのね。
聖女判定の話がなければ、高価な上に栽培の面倒なエフェドモン草になど、手を出しませんでしたわ。
うちにも庭師や薬師が居りますけれど、扱ったことがないそうですもの。
しかも、スチュワードもエフェドモン草の育て方を知らなかったのですわ。無責任なこと。
ですが、ステラやサレジオはともかく、私が病気に倒れた時を見据えて、特効薬となるエフェドモン草を確保することにしましたの。
スチュワードはゲームのシナリオを変えることに消極的ですが、このエピソードはヒロインに直接絡まないから大丈夫、と教えてくれたのです。
何でも、ヒロインが登場してからの流行にも、エフェドモン草は関係するらしいのです。そこは、問題ないのかしら?
どのみち全部を聞き出しても、私には理解できませんものね。