5 愛と野望の渦って、何ですの?
『ダイス 愛と野望の渦』は、物語のようなゲームですわ。
主人公の行動によって、幾つもの結末が用意されているのです。
スチュワードに説明させたのですけれど、彼もレベル上げとやらが主な仕事で、イベントはほとんど体験していないとかで、その意味が既にわからない私には、理解が難しかったですわ。
王太子妃教育の方が、まだしも意味がわかる点で、易しいと思いますわ。
私の解釈では、ヒロインのエヴリーヌ=ベラムールが、攻略対象と呼ばれる殿方と恋に落ちた後、いかに勢力を広げるか、がゲームの目的ですわ。
四大公爵家に属する人々を味方につけることも、ゲームの勝利に繋がりますの。
そうです。先日、次代聖女が確定したタマーラとティーナのクオリ姉妹も、キャラクターというゲームの駒なのですわ。
本来、ヒロインが登場して初めて解決する聖女問題を、偶然にも姉妹で片付けてしまったものですから、スチュワードが悩んでしまったのです。
演劇や小説で、物語の見せ場が、バッサリ消えたら、おかしなことになりますものね。
ですが、ヒロインはまだ、登場していないのです。話の辻褄を合わせるには、間に合うのではないかしら。
ちなみに、攻略対象の一人が、私の婚約者である、王太子のリベリオ=ジョカルテ様ですわ。他の攻略対象には、ジェレミア=ジョカルテ王弟殿下、ガイオ=フィオリ宰相、騎士団長アルフォンソ=ピッチェに、隠しキャラとかでアレサンドロ国王陛下まで含まれますの。
ええ、アルフォンソは私の長兄ですのよ。
仕事に夢中で、跡取りなのに縁談を断りまくって、頭の中まで筋肉とか陰口を叩かれますが、本当は優しい兄様ですわ。
エヴリーヌの人柄によっては、兄様と結婚してくださるのなら、喜んでピッチェ家にお迎えしたいと思いますの。
ジェレミア殿下と恋に落ちたら、ティーナが黙っていないでしょうね。きっとヒロインは若いでしょうから、後妻も狙えませんもの。
フィオリ宰相がお相手でしたら、プリシラが邪魔をするでしょう。悪役令嬢とかいう存在になるのですわ。
それにしても、王太子殿下や国王陛下を狙うなんて、非常識にも程がありますわ。
百歩譲って、王太子殿下とは婚約に過ぎないとして、陛下には王妃陛下がご健在ですもの。その場合、側室扱いになるのかしら?
歴代、ジョカルテ王国に、側室として扱われた方は存在しませんわ。
そういえば、ヒロインが陛下と恋に落ちたら、悪役王妃がお出ましになるらしいですわ。兄様を除いて、どの攻略対象を選んでも、悪役が出現するよう目配りしているように感じます。
そこが、ゲームらしくもありますわね。現実には、ただの悪趣味ですわ。
スチュワードによれば、アルフォンソ兄様とヒロインが恋に落ちた場合、私とタマーラが敵に回るそうですの。
タマーラですって?
いや、まさか。
だから、聖女に気乗りしなかったのですね。タマーラが義姉でしたら、私も喜んで迎えましたのに。
想いを胸に秘めたまま、神殿に入るとは、健気ですわ。ここは、聞かなかったことにしましょう。
もし、お勤めが終わって叶うものなら、その時は協力するつもりですわ。
でも、ヒロインと兄様が結婚して、円満でしたら‥‥その時は、諦めてもらうしかありませんわね。
ピッチェ家の安泰のために。
あら。私、確かに悪役令嬢みたいですわ。ゲームで求められる役割も、このような感じなのかしら。
スチュワードによれば、悪役令嬢の役回りを担わされたら、破滅の運命が待っているのだそうですわ。
ゲーム通りなら、ヒロインが攻略対象と恋を始めれば、嫌でも役を務めることになるのですって。
私が悪役令嬢とならずに済むには、ヒロインがジェレミア殿下かフィオリ宰相か、国王陛下と恋に落ちれば良い理屈になりますわね。
ですが、そうなると、クオリ家かカドリ家かフィオリ家が危機に陥るのです。
これは、ジョカルテ王国の危機ではありませんこと?
恋愛にばかり目がいって、うっかりしておりましたわ。
王国を支える四大公家の一角が崩れたら、国としての安定も損なわれますもの。
何ということでしょう。
どうにか、ヒロインを止められないものでしょうか。
殺す、というのは、あんまりですわよね。
ヒロインだって、好んでヒロインに生まれついたのでもないでしょう。
彼女が誰とも‥‥少なくとも攻略対象者と恋に落ちなければ、全員が幸せになれるのではないかしら?
スチュワードに訊いてみましたら、それはバッドエンドだ、と言われました。
バッドエンドになると、ヒロインが破滅するらしいですわ。
ちなみに、お姉様のゲームを手伝っていた彼に、失敗は許されなかったのです。
実際問題、恋路の邪魔はできても、恋に落ちることは、止められないようにも思います。
だって恋って、そういうものなのでしょう?
それに、シナリオ強制力というものも、あるらしいですわ。
物語に沿うよう、出来事を修正していく力だそうですの。この世の神の思し召しとは、シナリオのことかもしれませんわね。
とにかく、思いつくことは試してみましょう。
私とピッチェ家が破滅するのも嫌ですけれど、国が崩壊してしまっては、四大公家もあったものではございませんわ。
ところで、ゲーム名にあるダイス、とは六面体のサイコロですのよ。ゲーム上のイベント、つまり事件ですわね、それが起こる時に、サイコロが振られるのだそうです。
サイコロの目によって、同じ事件でも、少しずつ違った要素が入り、結末が変わることもあるとか。
先の聖女判定の時も、きっとサイコロが私に都合の良い目を出したのですわ。
スチュワードは、ゲーム開始前の出来事を理由に懐疑的でしたが。
そうなのです。ゲームの主役は、エヴリーヌ=ベラムールです。
彼女が登場して、初めてゲームのシナリオが進み始めるのですわ。今は、ゲーム前の時間なのです。
それならば、好きなように動いても構いませんわよね。