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4 言ってしまったものは、仕方ありませんわ

 聖女判定の儀が行われる正確な日時は、クオリ家と神殿の関係者しか知りませんの。


 繊細で神聖な儀式を、妨害されないためでもありますわ。国王陛下はご存じと思いますけれども。

 何故なら、次代の聖女が決定されれば、神殿の外で真っ先に報告を受けるのは、陛下ですもの。


 四大公家にも、当然知らせが回ってきますわよ。お茶会の相手が急に消えたら、不審に思いますもの。

 国民に披露されるのは、正式に就任してからになりますわね。


 私は、クオリ家に呼び出されておりました。スチュワードも一緒に来ましたの。

 (ようや)く外へ出しても良い、とサレジオが判断したのでしょう。

 今日はお茶会ではなく、普通に応接間で待たされましたわ。



 「タマーラ様、ティーナ様。この度は、聖女認定おめでとうございます」


 私は姉妹に挨拶しました。そうなのです。二人とも聖女と判定されたのですわ。

 一度に二人も聖女が出現するなど、史上初です。

 さぞかしお祭り騒ぎかと来てみれば、クオリ家はいつもと変わらぬ静謐さで、姉妹にもはしゃいだ様子はありませんでしたの。


 「ありがとうございます、ヴィットーリア様」


 いかにも双子らしく、お礼の声も動作も揃っておりましたわ。


 「ヴィットーリア様には、神殿へ入る前に、改めてお礼を申し述べたかったのです」


 タマーラが言いました。聖女認定されると、神殿で起居しながら、修行に入らねばなりませんのよ。

 前の聖女様がご健在ならば、その方から指導を受け、一人前と認定されて初めて正式な聖女としてお披露目されますの。


 神殿へ入りますと、特に修行の間は、世俗との関わりを厳しく断たれます。こうして親しくお話しできるのも、これが最後かもしれない、と思うと、寂しさが(つの)りますわ。


 「いいえ。私は何も。お二人と会えなくなるのは、寂しく感じますが、聖女としてのお披露目を楽しみに待っております」


 定番の挨拶を返すと、二人揃って手を振りました。以前よりも、二人の一体感が増したように見えますわ。

 判定前は、むしろ別々の人間だと強調したがっていたようでしたのに。


 「本当に、ヴィットーリア様のお陰ですのよ。これで、引退後は王弟殿下に嫁ぎたいという希望も叶いますわ」


 ティーナが言いました。次代の聖女が立つまで任務を全うした聖女は、引退後に神殿を出ることも許されます。そういう場合、貴族の後妻に収まることが多いのですわ。


 してみると、ティーナのジェレミア殿下への熱は本気で、彼女もまた聖女になる気満々でしたのね。

 姉妹仲良く聖女になれて、良かったと思いますわ。


 「私は、最初の判定で聖女になれなくてホッとしたのですが、二人とも聖女でない、と判定されるよりは、結果としてよほど良かったと思います」


 「どう言うことですの?」


 私は、タマーラこそ、聖女になるのが当然と思っておりましたので、聞き返しましたの。

 ですが、双子が話し始めたのは、聖女判定の儀についてでした。



 聖女判定は、神殿で、特別な道具に手を触れることで行われるそうですの。

 絵本では水晶玉のようでしたが、その辺はぼかされましたわ。本当は、別の物かもしれませんわね。儀式は非公開ですもの。


 初めにタマーラが触れ、即座に聖女でない、と判定されて、いよいよティーナの番となりましたの。

 周囲の大人も私のように、タマーラが聖女に違いないと思っていたようですが、姉妹の間では、ティーナが聖女となることで合意していたようですわ。


 判定前に当人同士で決めるのも変な話ですけれど、望めば神が叶えてくださる感覚だったのかしら。聖女候補には、独自の考えがあるのかもしれませんわね。


 ところが、ティーナもまた、聖女でない、と判定されてしまいました。

 スチュワードが言った通りとなったのですわ。


 「そこでヒロインが登場したのですわね」


 「ヒロイン?」


 「ソフィーア様も、その時は、大層動揺なさっておいででしたわ」


 タマーラもティーナも、戸惑った表情をしました。もしかして、ヒロインという名前かしらとも思ったのですが、そんなことはありませんでしたわ。

 スチュワードに、名前を聞いておくべきでしたわね。


 二人も驚きましたが、ティーナの言うように、周囲の大人は茫然自失の状態でした。

 衝撃のあまり、高齢の司祭長様が、お倒れになったそうですの。


 まずは、司祭長様をお助けせねば、と大人たちは判定具も姉妹も放って、そちらにかかりきりとなったのですわ。

 姉妹からすれば、聖女でないとわかった途端に、見捨てられたような感じになりましたの。


 もちろん、聖女でなくとも、クオリ家の令嬢なら縁談は引きも切らないでしょうし、大人たちとしても、彼女らを見捨てたつもりはなかったでしょうが。


 判定前の持ち上げぶりからの放置は、手のひら返しに思われても仕方がない程の落差ではあったのですわ。

 タマーラは聖女でなくて安堵した口ですけれど、事態の深刻さは理解できましたの。

 ティーナの気持ちも思うと、自然に手を取りあう形になりました。


 そこで、私の言葉を思い出したそうですの。ええ、二人とも聖女になれなかったら、と言った方ですわ。

 私が危惧(きぐ)した通り、不吉な言葉が未来を作った、つまりは私のせいだと思われたのです。


 「ごめんなさいね、ヴィットーリア様。私、ティーナのためにも、貴女を告発しようとしましたの」


 仮に私の言葉が原因だとしても、貴族追放かお家取り潰しで責任をとるしかなく、聖女になれない事実は変わらないと思うのですが。


 タマーラのつもりでは、原因が判明すれば、神殿で対処が可能かもしれない、と考えたそうですの。

 この時ティーナの方では、私が、解決するとも言ったことを、思い出していましたの。残念ながら、解決法については思い出せず、タマーラに尋ねようとしたそうです。


 二人とも、動転していて、手を繋いでいることを忘れていたのですわ。

 そして、動きがこんがらがってしまったようですの。二人の繋いだ手が、同時に道具に触れたのです。


 途端に、道具が反応したのだそうですわ。皆がすぐ気付いたそうですから、光ったのではないかしら。


 つまり、正確には聖女が二人と言うよりは、二人で聖女、と呼ぶべきなのですわね。クオリ家が、お祭り騒ぎでない理由の一因が、解けた気もしますわ。

 それでも、聖女が不在となるよりは、よほど良いでしょうね。



 「貴重なお話を、ありがとうございます。お話を伺いましても、お礼を言われる筋合いはございませんわ」


 二人が無事に聖女判定されたのは、偶然と言うことですわよね。


 「いいえ、それは違います」


 ティーナが身を乗り出します。


 「ヴィットーリア様は、あの時、私たちが仲良くすれば、聖女の問題は解決する、と仰いました。貴女は不吉な予言をしたのではなく、来るべき災いに備えよ、と警告してくださったのですわ」


 「判定前とは言え、クオリ家の聖女たる者、予兆を読み解けずに、危うくヴィットーリア様の警告を無駄にしてしまうところでした。本当に、ありがとうございました」


 タマーラが言い、双子姉妹は深々と頭を下げたのでした。



 帰りの馬車の中で、スチュワードが考え込んでいましたの。


 「ねえ。私、最近暴れなくなったでしょう?」


 「あ、ああ。そうですね。お嬢様は、非常に努力なさっておられると思います」


 二人きりなのに、丁寧語で話すのは、上の空だからですわ。


 「スチュワード、敬語禁止」


 スチュワードは、ハッと我に返りました。


 「失礼。一つ尋ねたいが、俺は、お前に双子姉妹の解決策を、教えていないよな?」


 「そうだったかしら? ヒロインが、まるっと解決したって言うから‥‥あら? 私、皆で仲良くする話とまぜこぜにしてしまったのかしら」


 「そうか。俺が悪いのか‥‥それとも、ダイスが回ったか? いずれにしても、これで、クオリ家姉妹の因縁の争いも、ヒロインが解決する見せ場も、ごっそり消えちまうことになる。俺、シナリオに消されないかな」


 スチュワードは、頭を抱えました。シナリオに消されると言う意味がよくわかりませんが、真剣に悩んでいるのは、確かですわ。


 「我がピッチェ家にいる限り、スチュは安全よ。お父様は軍務卿で、叔父様もお兄様たちも、皆強いもの。私は詳しく知らされていないけれど、暗殺にも対応できる人材が揃っている筈よ。だから、ここにいれば大丈夫」


 安心させようとしても、スチュワードの顔は晴れませんの。


 「ヒロインが登場するまでは、どこへ行っても同じだろうからな。一度介入した以上、腹を据えた方が、俺も生き残れるかもしれない」


 「ダメよ、スチュワード」


 思わず強く言いました。スチュワードが、驚いて私を見ます。


 「お前は、私が見つけたの。私に仕えると決めたのだから、ヒロインとやらの元へ行ってはいけないわ」


 スチュワードは優秀な手駒(てごま)です。彼の言う通り、暴れる代わりにメイドとも仲良くできるよう、少しだけ丁寧に応じるようにしただけで、日々暮らしやすくなりましたの。


 家庭教師は相変わらず嫌味で横暴ですが、不思議なことに、メイドたちとの距離が近くなると、どうにか耐えられるようになりましたわ。


 彼を拾い、ここまで磨いた私を置いて、他家へ逃げようなどとは恩知らずも良いところですわ。しかも、何でしたかしら。ヒロインとやらは、私と敵対する予定ですのよね。私の婚約者のリベリオ様を選ぶとか、何様ですの。


 そんな相手に、子飼いの部下を取られて堪るものですか。

 聖女判定の一件は、出鱈目(でたらめ)に当てられるものではありませんわ。


 事情はわかりませんけれども、スチュワードは未来に起こる出来事を知っているのです。

 絶対に、逃してはなりませんわ。


 「まあ、俺は生き残れれば、構わないんだが。お嬢は俺の忠告を聞いてくれるのかな?」


 「聞いているから、こうなったのよ。お前こそ、私の話をきちんと聞きなさい」


 うっかり強く出てしまいましたわ。でも、今更そんなことぐらいで逃げたりしませんわよね。

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