38 愛と野望というより、混沌の渦ですわ
エヴリーヌは、一瞬びくりと震えたようでしたが、すぐに立ち直りました。
もし彼女の仕業としても、私と偽って依頼するのに、素顔を晒すほど愚かではないでしょう。
プリシラか王太后様の依頼でしたら、初めから心配もない訳です。私にも覚えはありませんが、拒否すれば、犯人とされてしまいます。
見守る貴族の方々は、少し楽しそうに見えましたの。
時折、罪人の引き回しが行われると、人だかりが起きますが、あれに似ております。処刑も断罪も、良い見せ物なのですわ。
双方の了承と国王陛下の許しを得て、お父様がどこかへ合図を送りました。
すると、両手を縛られた男が、縄に繋がれて、会場へ入って参りました。
煌びやかな会場で、その男の存在は、一点の染みのように浮いておりましたわ。
縄の端を握るのは、アルフォンソ兄様でしたの。顔が強張っておりますわ。
妹が犯罪を犯した、と信じているのでしょうか。
不安なのは、私も同じですわ。エヴリーヌが、あるいはプリシラか誰かが、私に罪をなすりつけるために、どんな工作をしたか知れません。
隣にいるスチュワードや、軍務卿のお父様が落ち着いているので、かろうじて自制したのですわ。
「お前が、ベラムール嬢を襲ったのだな。この中に、依頼者があれば、示せ。直答を許す」
男は不得要領な様子で兄様を振り返りましたの。
陛下のお言葉が、理解できなかったようでしたわ。兄様が、小声で説明すると、キョロキョロと会場を見渡しました。
とは言っても、前に出て顔を晒すのは王族か、エヴリーヌか私、そしてプリシラぐらいでしたわ。
他のご婦人は、物見高い殿方の陰から、成り行きを見守っておりましたの。
「いねえです」
まずは、ほっとしましたわ。それから、少しがっかりしましたの。男がエヴリーヌを指すのではないか、と心の隅で期待してしまいました。
まあ、私が計画したとしても、依頼には人を使いますわ。
縄を握るアルフォンソ兄様も、ほっとした様子でした。すると、ブルーノ兄様が、外へ合図を送りましたの。
近衛兵が、ローブを纏った人物を、連れて来ました。
ローブの上から、縄がぐるぐる巻きでしたわ。その顔は、フードで半ば覆われておりました。
「あっ。あの女です! 口元と顎の感じが、そっくりだ」
男が叫びました。近衛兵が、フードをパッと外しました。
「お前、何ということを!」
エヴリーヌが叫んで、気を失いました。すかさず抱き止めるリベリオ様、そして控えの者たちが介抱に集まります。
思い出しましたわ。ローブの女は、エヴリーヌの侍女でしたの。
「違います! 私は、エヴリーヌ様に命じられただけです」
侍女も負けずに叫び返しましたわ。恐らく本当なのでしょうが、水掛け論になりそうですわ。
気の毒ですが、身分の低い方が不利ですわね。
エヴリーヌが、何故か召使いを使って自分を襲わせる話よりも、不満を持つ召使いが、因縁の貴族を騙って主人を襲わせた話の方が、わかりやすいですもの。
お父様の指示で、襲撃の実行犯とエヴリーヌの侍女は、連れ出されました。アルフォンソ兄様は男を部下に任せて、会場に残りましたわ。
「陛下! 私たちにも証言をさせてくださいまし」
タマーラとティーナが、フィオリ宰相に連れられて、駆け込んできましたわ。
混沌とした状況ですわね。会場の皆様も、完全に見物の態度ですわ。
両陛下とピッチェ家の面々が、真剣な面持ちなのと、対照的ですわね。
「しばし、待て。リベリオ。お前はヴィットーリア嬢の婚約者でありながら、先ほどエヴリーヌ嬢側に立つ宣誓をした。今一度確認する。その立場を変える気はないか?」
「ありません。私の心は‥‥あっエヴリーヌ、気付いたか」
エヴリーヌは、呆然とした顔つきのまま、手探りでダイスを取り出し、床へ落とすように転がしました。
一瞬赤い目が見えて、消えました。エヴリーヌの視線がダイスに注がれ、微笑みが浮かびます。
一以外の目が出たのは確かですわ。彼女の持つダイスは、偽物でしたわよね?
それとも、見えないところで、ゲームのダイスが回ったのでしょうか。
スチュワードを見上げてみましたが、彼は冷淡に彼女を眺めるだけでしたの。
エヴリーヌはダイスを回収すると、ゆっくりと身を起こしました。彼女の失神は、貴婦人の嗜みだったようですわね。
「ありがとうございます。リベリオ様。私は大丈夫ですわ」
お付きが気を利かせて運んだ椅子へ、腰掛けます。リベリオ様は、その脇へ立ちました。
すっかり婚約者の扱いですわ。解消の話を知る私は平気ですけれども、事情を知らない貴族の皆様は、呆れていらっしゃるのではないかしら。
王弟殿下が、痛ましい表情で二人を見つめておりますわ。あれがエヴリーヌへの未練だとしたら、私の結婚生活の先行きは、暗いままですわね。
両陛下は、既に何かしらの覚悟を決めたようでした。これまでで一番落ち着いて見えましたわ。
「両聖女殿。お待たせした。証言とやらについて、お聞かせ願おう」
「ベラムール嬢は、私たちを利用したのですわ」
「いくらソローアモからのお客様でも、許し難いことですわ。神を冒涜する行為ですわ」
タマーラとティーナは、待たされた間に興奮が高まったようで、堰を切ったように話し出しました。ですが、興奮し過ぎて、話の内容がわかりにくいのです。何分にも、聖女になったばかりですものね。
ソフィーア様が引退されたと知らない方もいらしたようで、会場も二人に戸惑っておりましたの。
「聖女様方。まずは、鉱山の事故について、騎士団長から説明してもらいましょうか?」
見かねたフィオリ宰相が、間に入りました。
宰相様は、入られた折りに、リベリオ様とエヴリーヌが寄り添うのを一瞥したきり、そちらへ目を向けることはありませんでした。二人の婚約について、話を聞いているのかも知れませんわ。
「事故調査は、騎士団長の担当だったな。事故が両聖女殿の証言とどのように関わるのか、簡潔に申せ」
国王陛下の命に、アルフォンソ兄様は、困惑した様子でしたわ。
「陛下。両聖女様の証言は、この場にて初めて聞きました。従って、お二方のお話と事故との関わりは、現在申し上げる段階にありません。それ故、鉱山事故の原因について、ご報告申し上げます」
兄様は、タマーラとティーナからは、話を聞かなかったのですわね。まさか、鉱山に聖女様が関係するとは、思わなかったのでしょう。
こうなると、一見無関係でも、神殿には足を運ぶべきでしたわ。
「鉱山の坑道が崩落した原因は、地盤の緩い箇所に坑道を作ったことによるものです。坑道を掘った部分は固い地層だったのですが、穴が空いたことにより、天井部分に残った固い地層の強度が低くなり、上に載った地盤の重みで、徐々に崩壊しつつあったと考えられます」
「穴を掘ったのですわ。記念に植樹すると言って。わざわざ、その場所に」
タマーラが、アルフォンソ兄様へ、訴えるような目を向けました。彼女は兄様を密かに想っているのでしたわね。 これは、ゲームを知るスチュワードからの話ですから、迂闊に言えませんわ。
「先に、雨を降らせたのですわ。土を掘りやすくするために。植樹など、しておりませんのよ。騎士団長様も、あの辺りの土をお調べになったでしょう?」
ティーナが付け加えました。彼女の方が、少しばかり落ち着いているようですわね。
「確かに、若木は見当たりませんでしたが。しかし、薄いと言っても、一度雨を降らした程度で一挙に崩壊するほどではありませんよ」
「火薬を使ったのですわ」
アルフォンソ兄様の言葉へ被せるように、タマーラが言いましたの。
兄様は、知っていたようでしたわ。
犯人に自白させるために、取っておいたのかも知れませんわね。
「それと、エヴリーヌと何の関係があるのだ?」
リベリオ様でした。遂に、敬称も省略しましたわ。そこはもう勝手にしてもらうことにして、殿下の言い分には理がありました。
タマーラの発言だけを聞けば、彼女こそが犯人とも受け取れますもの。
「地面を掘らせたのも、火薬を仕掛けたのも、ベラムール嬢の指示ですわ」
タマーラが言い返しました。
「あの日まで、ソローアモ側の人員が大勢いたのは、直前まで作業をしていたからですわ。彼らは、事故が起こることを知っていたのです」
ティーナがちょっと動いたかと思うと、ぐるぐる巻きにされた人が数人、床を転がってきましたの。段々狭まっていた人垣が、さあっと引きましたわ。
続いて入ってきたのは、神殿に仕える神官でした。そう言えば、神殿にも、武官が存在するのでしたわね。
「ソローアモの方々です。これまでのお話を伺いました」
しれっと、ティーナが言いました。聖女の貫禄十分ですわ。
転がった人たちは、気を失っているようでした。聞き取りの手法は、想像しない方が良さそうですわ。
「事故を起こして、採掘条件を有利に変更しようとしたのですか? 確か、条約にそのような文言がありましたね」
カドリ外務卿が、尋ねました。交渉の当事者は、条文が頭に入っているのですわね。
「そんな‥‥人が死ぬかも知れないのに」
リベリオ様が、エヴリーヌから後退りました。
「違う。だから、少しでも土を減らして死なないように‥‥」
エヴリーヌの言葉が途切れました。自白したも同然、と気付いたのでしょうね。




