37 お義姉様ですって?
リベリオ様は、勢い込んで話し始めましたわ。
「ピッチェ公爵令嬢は確かに私の婚約者でしたが、以前より交流はほとんどありませんでした。婚約者としての義務を果たすことを厭い、辺境まで逃亡したこともありました。エヴリーヌ嬢の協力を得て、フロンティエラントへ迎えに行った際、彼女が更にフォイエルンドへ逃げ込んだことを、確認しております。両家、ひいては国の繁栄を願って結んだ婚約ではありますが、残念ながら彼女は王太子妃に相応しくありません。私は、ジョカルテ王国の王太子として、エヴリーヌ嬢の訴えが真実であることを誓います」
暗記でもしたように、一気にまくし立てたのです。
あまりの言い草に、私は顎が下がりましたわ。
王妃陛下は、話の途中から、上を向いてしまわれましたの。その傍にいらしたオリーヴィア王女殿下は、キラキラした瞳で、エヴリーヌを見つめておられました。
殿下にとっても、彼女は物語のヒロインなのですわ。
母君の様子は、眼中になさそうですのね。王弟殿下は、逆に心配そうな眼差しでした。心配の相手が、甥のリベリオ様か、恋しいエヴリーヌかは、見た目から判断できませんでしたわ。
「このような場で、裁判の真似事は似つかわしくないが、ソローアモ代表の訴えを放置もしかねる。ヴィットーリア=ピッチェ公爵令嬢。告発に対し、反論があれば述べよ」
国王陛下は、何やら諦めた様子に見受けられますわね。お父様の視線が痛いですわ。あれは、激励なのでしょうか。
私はスチュワードから少し離れると、一礼して口を開きました。
「発言をお許しいただきましたので、申し上げます。率爾ながら、エヴリーヌ=ベラムール伯爵令嬢の告発は、悉く誤りにございます」
「悉く?」
「はい。悉く」
私は、にっこりと笑いました。陛下が言葉尻を捉えようとされても、無駄ですわ。王太后様ご推薦の、カミッラ=カデンツァに、嫌というほど鍛えられましたもの。
「同様に、王太子殿下の証言も、証拠として取り上げるには、妥当性を欠くと申し上げねばなりません。逐一ご説明申し上げると長くなりますし、高貴な方の名誉を損なうおそれがございますので、ここでは申しませんが、お調べの際には全てお話しします。ただ一つだけ。私は国に反旗を翻す行いはしておりませんわ。全く身に覚えのないことでございます」
堂々と主張を述べましたわ。私の言葉に真実味を感じてくださったのでしょう。会場のあちこちから、同調するような声が上がりましたの。
「ですが、そこのスチュワードは、確かにフォイエルンド辺境伯の血筋です。足の付け根のほくろが証拠です」
エヴリーヌが、焦ったように声を強めて訴えました。
会場が、ざわつきました。えっ、と素っ頓狂な声を上げた方までおられましたわ。
貴族の未婚女性が、殿方の足の付け根を見た、と公言したのですもの。しかも相手を、歴とした貴族と名指しております。
エヴリーヌに『ダイス 愛と野望の渦』の知識があると知らなければ、私も彼女を、身持ちの悪い人と断じますわ。
エヴリーヌが、貴族の間で評判を落とすのは勝手ですが、スチュワードまで巻き込むのは、許せません。
私は、抗議しようと足を踏み出しましたの。
「ベラムール外務卿のご息女は、我がフォイエルンド王国が、ジョカルテ王国に侵攻する、と主張しておられる。それは、ソローアモ王国としての正式な発言ですかな?」
力強い声と共に人垣が割れ、グレンツヴァルト辺境伯が進み出ました。夫人のゴルジーネ様も、付き従っております。
エヴリーヌは、辺境伯夫妻の来場を把握していなかったようで、固まっておりましたわ。
「ジョカルテ王国とフォイエルンド王国は、地続きの隣人だ。歴史的に、古くから交流が続いている。隣国から嫁いだ者など、両国いずれにも貴賤を問わず、大勢いる。そこの彼が我が国の出自だとしても、それ故を以て隣国に害をなすと決めつけるのは、偏見が過ぎる。むしろ、ご自身に邪な念がある故、他人も同様と考えたように思えますな」
グレンツヴァルト辺境伯は、ここで国王陛下へ顔を向けましたの。
「発言を、お許しください。フォイエルンド王国から参りました。グレンツヴァルト伯爵家当主のノアと申します。これは妻のゴルジーネ」
本当なら、先に両陛下へご挨拶に伺うところを、エヴリーヌの告発のせいで、今になってしまったのですわ。
国王陛下は、出席者を全員把握しておられると見えて、鷹揚に頷きましたの。それを発言の許可と捉え、辺境伯は続けます。
「ベラムール伯爵令嬢とは、本日この場が初対面の筈ですのに、何故かお顔に見覚えがありますな。もしや、私が失念しただけで、我が城へお越しくださったことがありましたかな?」
尋ねた先は、傍に控える辺境伯夫人で、雌牛のようなお胸を張って、即答しましたの。
「いいえ。ベラムール伯爵令嬢を当家に招待したこともございませんし、公式にも非公式にもご来訪いただいた記録はございませんわ。ですが」
エヴリーヌを制するように、口早に続けます。
「雇った覚えのない侍女風情が、数日城内を彷徨いていたことが、近頃判明いたしました。目撃した者の話によると、ソローアモ出身と思われる若い女だったとか」
「おお、そうだった。その艶かしい侍女は、何と私にジョカルテ王国との国境を押し広げる提案をしてきおった。同時期、隣接するフロンティエラント領に、ベラムール伯爵令嬢がご滞在なさっていた、とお聞きしましたぞ。今、改めて拝見すると、貴女はその侍女と、よく似ておられますな」
辺境伯夫人は、ご自身の知るところを、夫君に明かしたのですわ。それで、先ほどスチュワードをしげしげと見つめていたのですわね。
夫人側が隠し子の現在を明らかにすることは、私との密約にも違背しませんし、辺境伯も隠し事が消えて、心が軽くなったのではないでしょうか。
うっかり偽侍女を褒めて、夫人につねられたのを、見てしまいましたわ。
確か、ゲームでは、エヴリーヌが辺境伯を誘惑して、失敗した場合に、隠し子を脅しに使うのでしたかしら。
隣国を攻めるなどと、直接には口にしなかったでしょうが、ここでその部分を否定すると、侍女が自分であったと認めることになります。さぞかし、もどかしいでしょう。
「あり得ない。エヴリーヌ嬢は、湖に落ちて寝込んでいた。騎士団長が看病したのだ」
ここでリベリオ様が、口を挟みました。いつの間にかエヴリーヌの側へ寄り、肩へ手を回しておりましたの。まだ、婚約解消前ですのに、気が早いことですわ。
バルナバ叔父様が、手を挙げて陛下に許しを得ました。
「王太子殿下がご出立なさる頃には、すっかりご回復なさっておられました。ご滞在願ったのは、念の為です。それに、こちらで調べましたところ、ベラムール伯爵令嬢は、ご自身が連れてきた侍女を身代わりに、城を抜け出しておられました」
「そ、それは、外気に当たるためですわ」
リベリオ様の援護に、励まされたのでしょうか。エヴリーヌがようやく口を開きましたわ。苦しい言い訳ですわね。
ですが、グレンツヴァルト辺境伯も、エヴリーヌと断言しておりませんし、決定的な罪とまでは言えませんわ。
国として、戦争に結び付く工作を、一人で行わせる事は、通常あり得ません。
ゲームでは、何故か成功してしまうようですが。
「発言を、お許しください」
スチュワードが、手を挙げました。一介の執事が、主人を差し置いて、何を言い出しますの?
私はとりついた腕を引きましたが、びくともしませんでしたわ。
その間に、国王陛下がよろしい、と頷きましたの。彼は、単なる私の執事ですが?
「グレンツヴァルト辺境伯爵殿のお話で、少なくともヴィットーリア=ピッチェが侍女として潜り込んだり、反乱協力を求める工作を行なった形跡がなかったりしたことは、皆さん納得いただけたかと思います」
貴族顔負けの堂々たる態度でしたわ。私は、名前を呼び捨てにされたことをうっかり聞き流して、見惚れてしまいましたの。
「ついでながら、私スチュワードは、先日ピッチェ家の養子となりまして、今後はジョカルテ王家への忠誠を誓う身であることを、皆様にお知らせしたく存じます」
えええっ! そうですの?
「えっ、何でセバスが」
私の心の声を、エヴリーヌがほぼ代弁しましたわ。セバスティアーノではなく、スチュワードですけれども。
「先日、正式な申請を受け、私が裁可した」
エヴリーヌの声に応えた形で、国王陛下が仰いました。もちろん、陛下の許可が必要ですわ。お父様の許可も。
お父様もスチュワードも、わざと私に内緒にしたのですわね。
スチュワードは私を見て、片方の頬だけでニヤリと笑って見せましたわ。
「よろしく、お義姉様」
前世の記憶もあって、年上のように感じておりましたけれど、実は年下でしたわね。姉呼びに慣れるまで、時間がかかりそうですわ。
「ですから私もまた、身分を投げ捨てる反乱を、企てる理由はありません。ところで、先ほどの告発にもありましたが、ベラムール伯爵令嬢を襲ったという賊の一人が、捕えられたと聞きました。その者は、ヴィットーリア=ピッチェから依頼を受けた、と申し立ているそうですね?」
スチュワードが同意を求めたのは、軍務卿のお父様でしたわ。本来の担当である騎士団長のアルフォンソ兄様は、どうやら会場にいないようですの。
そういえば、フィオリ宰相も姿が見えませんわね。
「いくら私に嫉妬したからって‥‥」
エヴリーヌが思わず、といった調子で声を上げ、リベリオ様に寄りかかりましたの。
リベリオ様は、そんな彼女を守るように、ますます体を引き寄せます。
私には、もはや見慣れた光景ではありますが、会場の皆様の空気は不穏ですわ。
私もスチュワードの側におりますけれども、片や義弟、片や婚約者のいる王太子殿下ですもの。
近々あの二人が婚約すると知るのは、王族を含む当事者ばかりです。
エヴリーヌとリベリオ様が、道を踏み外す様を目の当たりにさせられて、不快なのですわ。
そして、それを静観する両陛下にも、そろそろ不審の眼差しが向けられつつありました。
「一つ、犯人をここへ引き出して、依頼者と対面させてみては? その結果、確かにヴィットーリアが依頼者と判明すれば、ベラムール伯爵令嬢にも有力な証拠となりますよ。まさか、拒否はなさいませんね?」
スチュワードが提案しました。




