35 婚約解消ですの?
鉱山の事故は、坑道が崩れた、というものでした。
怪我人は出ましたが、幸いにも死者はありませんでしたの。
後からアルフォンソ兄様から聞いた話では、偶々居合わせたソローアモ人たちが、現場の片付けを積極的に手伝い、採掘の中断は短く済みそう、とのことでしたわ。
「おかしい」
野外パーティの帰路から、スチュワードはぶつぶつ言っておりましたの。
ゲームに関する事ですわ。その場にはステラやマルツィオもおりましたから、尋ねることはできませんでした。
スチュワードと二人で話す機会が出来たのは、暫く経ってからのことでした。
野外パーティが中途半端な形で終わってしまったこともあり、改めて王宮で条約締結の祝賀パーティを開くことになった、とお達しがありましたの。
私はドレスを仕立てなければならず、スチュワードも何やら忙しがっていて、なかなかまとまった時間が取れなかったのですわ。
「最近、忙しいのね」
「旦那様のご用を務めているからかな」
「私専属の執事なのに」
「だが雇い主は、旦那様だ」
そう言われると、何も言えませんわ。私は気持ちを切り替えました。
「この間のパーティでは、断罪が起きなかったわね。次のパーティのことは聞いている? それは『ダイス 愛と野望の渦』だと、どういう話になるの?」
「それが、本来のゲームでは、この間のパーティで結果が出てエンディングを迎えるんだ。女帝ルートをクリアした場合、処刑だの何だの陰惨な場面はすっ飛ばして、聖女のお披露目とヒロインの戴冠式まで一挙に行くから、今度のパーティは出てこない。そもそも、そこにアイテムのダイスがあるのに、イベントが起きた事がおかしい」
野外パーティの時にも、おかしい、と言っていましたわね。
「何がおかしいの?」
「鉱山事故だよ。ダイスが出現する特殊イベントはいくつかあって、フィオリ領の鉱山事故は、その一つだった。特殊イベントが起こる期間は決まっている。それぞれの攻略ルートへ入ってから、断罪イベントの直前までだ。シナリオによっては、全く起きないこともある。だから、あんな中途半端な時期に起こる筈がない」
ですが、断罪はなかったのです。次のパーティで断罪が起こるなら、スチュワードが説明した通り、特殊イベントの発生時期に問題はありませんわ。
「でも、事故は起こそうと思って起きるものではないでしょう?」
ゲームの話は置いといて、鉱山での事故は、起こり得るものです。特に今回の現場は、新しく掘った場所ですもの。
勿論、皆さん安全を期して作業している筈ですわ。
「今、その辺のことを調べている。ただ、アルフォンソ様のご担当なんだよな。旦那様も、それは承知で手を打つと仰ったけど‥‥」
ゲームから離れても、話がよく見えませんわ。
騎士団長が事故の調査をするなら、安心の筈ですわ。アルフォンソ兄様は、頑固なくらい真面目ですもの。
フィオリ家が、儲けのために、安全を疎かにしたとも思えませんし、何かの間違いがあって、隠蔽に賄賂を差し出しても、兄様は突っぱねると思いますわ。
「思い出した。今度のパーティは、事故の際、ソローアモ人が救助に協力した礼も兼ねているそうだ。代表してエヴリーヌが、感謝の記念品を受け取るらしい」
「そう言えば、まだいたわね」
ベラムール外務卿は帰国しましたが、エヴリーヌはそのまま残ったのでしたわ。
早くも、王宮を我が物とでも思っているのでしょうか。
「だから、次のパーティで、断罪みたいな事は起きると思う」
スチュワードの歯切れが悪いのは、シナリオ外の話だからですわね。そんな事は、私にだって予想がつきましてよ。
「処刑は、ないわよね?」
断罪されるような事は、何一つしていないのですもの。プリシラのように、エヴリーヌをいじめた事もありませんわ。
「そうならないよう、手を尽くすよ」
スチュワードは微笑んで見せましたが、自信がなさそうでしたわ。
採掘の再開は、事故調査が終わってからということで、まだしばらくかかりそうです。
祝賀パーティの方が、先に終わりそうですわ。再発防止のためには、致し方ありませんね。
お父様から執務室へ呼び出され、そのような会話を交わした後、間が空きました。よほど言いにくい話のようですわ。背後の扉には、執事のサレジオが立っております。
「ヴィットーリアは、ジェレミア殿下と、最近お会いしたか?」
「いいえ」
王弟殿下どころか、婚約者のリベリオ様とも、狩猟以来お会いしておりませんわ。
リベリオ様は、エヴリーヌとのお出かけを、私との定例お茶会として報告でもなさっているかのように、近頃一切お誘いがございませんの。
「リベリオ殿下との婚約を、ジェレミア殿下に付け替えたいとのお話が、内々にあった」
お父様は、苦々しい顔で言いました。私は、頭の中が白くなった気がしましたわ。
ジェレミア殿下は国王陛下の弟君ですわ。王位継承権もお持ちです。
ですが、リベリオ様の次の順位なのです。王弟妃も将来の王妃も変わらないようでいて、全然立場が違いますわ。
王妃は次代の王を産む存在です。王弟妃は、状況によっては子を諦めなくてはなりません。
私の好みとして、リベリオ様とジェレミア殿下のいずれを選ぶかと聞かれれば、分別のありそうな後者を選びます。
ですが、お父様とて四大公家として、王妃から外れる婚姻は避けたい筈ですわ。
「何を仰いますの?」
口に出してから、しまったと首をすくめましたが、お父様は叱りませんでした。
王家からのお話でしたわ。ピッチェ家の本意ではありません。
「ベラムール伯爵令嬢と、リベリオ様がご婚約なさるのですか」
質問ではなく、確認ですわね。お父様が頷きます。
「先方と、国王陛下以外の王族がお望みだ。ジェレミア殿下は、お前の心情を心配されていた」
陛下と王弟殿下は、攻略対象ですもの。ご自身が、エヴリーヌと結ばれたかったのですわ。
女帝ルートと言っても、エヴリーヌがすぐに即位する訳ではないのですね。
確かに、王太子妃となるのが、王位への近道ですわ。王妃陛下は、エヴリーヌが息子の妻になれば、国王陛下が手を出せない、と考えたかもしれませんわね。
「ソローアモ側は、すぐにでも婚約を発表したいが、王家が当家に配慮して、ひとまず祝賀パーティを終えた後に、婚約解消手続きを行うこととなった」
既に、決定事項なのですわ。不思議と平静な気持ちでした。
私は、リベリオ様に恋着もせず、王太子妃の地位に執着もしていなかったのでした。
「承知いたしました」
「苦労をかける」
「国際関係が優先ですわ。先日の事故の影響もありそうです」
条約で取り決めた量を確保できず、条項を補足するに当たって、ソローアモ側の要求を拒めなかったとも考えられます。
当人同士が乗り気であることも、後押しとなったでしょうね。
「事故についてもだが、ここしばらくの間にあった、きな臭い動きについて、スチュワードも使って洗い出している。煙たがられようとも、ピッチェ家としての責務は、果たすつもりだ」
お父様、結構怒っておいでですの?
確かにピッチェ家は軽んじられた形になりましたが、王家もジョカルテ王国の軍備を担う当家を敵に回すほど愚かではない、筈ですわ。
祝賀パーティ当日。
私は、三つ目の髪飾りを髪の毛に隠し、なだらかになったお胸を補正部品で隠し、王宮へ向かいましたの。
エヴリーヌ謹製の下着は使いませんでしたわ。あれは、長時間の着用には耐えませんの。昼間のことですから、露出の少ないドレスで問題ありませんわ。
今日のエスコートはスチュワードです。
エヴリーヌが来てから、リベリオ様にエスコートされる機会は激減したのですけれど、これまでは、アルフォンソ兄様やお父様がしてくださったのに、とうとう執事に任されてしまいました。
スチュワードが嫌、という意味では、ありませんのよ。
「ピッチェ家、スチュワード様、ヴィットーリア様」
今日の読み上げ係は、新人なのかしら。スチュワードを先に呼びましたわ。いちいち咎めたりはしませんが。
「ヴィットーリア。しばらくぶりね」
「ヴィオランテ叔母様。その節は、大層お世話になりました」
フロンティエラント辺境伯夫人ヴィオランテ様が、声をかけてくださいました。バルナバ叔父様も一緒です。
「少しやつれたみたいだな。もう、あまり無理をするのではないよ」
叔父様方の視線が、胸の辺りを掠めたのは、わかりましたわ。既に婚約解消の話をご存知で、それが原因と誤解したようにも思えました。私は敢えて頷くだけにしましたの。
「ちょうど良い。隣接するフォイエルンドのグレンツヴァルト辺境伯夫妻を紹介しよう。こちらは、ピッチェ家のヴィットーリアとスチュワードです」
「お初にお目にかかります」
もちろん、互いに初対面でないことは、承知しておりますわ。私たちは、グレンツヴァルト辺境伯の前で、暗黙のうちに密約を確認したのです。
「おお。これはこれは、立派に育って‥‥ピッチェ家の勇猛果敢な伝説は、バルナバからも聞いている。今後ともよろしく」
グレンツヴァルト辺境伯は気さくに手を出しましたが、普通は私が手を差し伸べるかどうかといった場面ですわ。
戸惑う私に、スチュワードが大胆にも、辺境伯の手を握り返してくれました。
私は、どきりとしました。隣に立つ夫人も、表情に翳りが出たように思えます。
「我が領とグレンツヴァルト領は隣り合わせで、普段から親交があるのだよ」
バルナバ叔父様が、二人の間へ入るようにして、話しかけました。
グレンツヴァルト辺境伯は、ハッとしたように手を離しましたの。
スチュワードは、さりげなく私の後ろへ引っ込みました。本来の立ち位置を、思い出したのですわね。ですが先ほどは、私を助けるためだったと考えて、許すことにしましたわ。
「ヴィットーリア。今度は女同士で遊びましょう。こちらのゴルジーネ様のお話は、とても刺激的で勉強になるわ」
ヴィオランテ叔母様が、とりなすように言いました。




