33 肝心なのは、そこではなくってよ
なくなって初めて、大切だったとわかる事がありますわね。私のお胸については、改めてその価値を思い知らされましたわ。
身支度の手伝いに来たステラは、悲鳴を上げて、危うく気絶するところでしたの。当の私でさえ堪えましたのに。
そのせいで屋敷の者が駆けつけて、私のお胸が平らになった事実は、瞬く間に知られてしまいましたわ。
幼な子のようであれば、まだしも、萎れた感のある中途半端な大きさが、一層侍女たちの憐れみをそそったのですの。
同情と慎み深さから隠そうとしても、彼女たちの感情は、手に取るようにわかりましたわ。
そうそう。エヴリーヌから贈られた胸当て。あれが、意外と重宝でしたの。
私は初めて、彼女に感謝しましたわ。
ドレスの選択肢は減りましたけれど、私は既に婚約が決まっております。
必要なのは後継者を作る体であって、お胸ではありませんの。これでピッチェ家の没落や私の破滅が防げるのなら、むしろ安く済んだと言えますわ。
この件で、スチュワードは大分絞られました。
私が寝込んでいる間に、お父様から謹慎を言い渡されて、屋根裏部屋へ押し込められておりましたの。
その前に、お父様とアルフォンソ兄様から折檻も受けたらしいですわ。
私専属でなかったら、藁編みの敷物でぐるぐる巻きにされて、港の深いところへ放り込まれたかも知れませんわね。
グレンツヴァルト辺境伯の隠し子と夫人に知られた以上、当家で彼を始末するのは悪手です。
いつ状況が変わって、スチュワードを返せと要求されるかもわかりません。
「お嬢様。この度は、私の誤った判断により、お嬢様を命の危険に晒し、大変申し訳ございませんでした」
私の前に引き据えられたスチュワードは、膝を折って謝罪させられました。屋根裏から引き出される際にも殴られたと見え、切れた口の端から血が滲んでおりましたわ。
これは、私のお胸の惨状を知った、家の者の仕業ですわね。
「お前は私に従っただけ。お父様たちへの説明が遅れたために、お前に間違った制裁を課された咎は、私にある。スチュワードを放してやって」
両側の支えを失ったスチュワードは、却って苦しそうでした。まだ、あちこちの怪我が治っていないのですわ。
私は彼の手当を周囲に命じると、この陳腐な謝罪劇を見守るお父様に向き直りましたの。
「スチュワードは悪くありませんわ。今後、私の執事を、あのように乱暴に扱わないでくださいまし」
そして、聖女様やカドリ家に迷惑をかけそうになり、その損失を取り戻すために動いたことを、かいつまんで説明しましたの。
自分でも、怪しい言い訳に聞こえたことは否めませんわ。
『ダイス 愛と野望の渦』の話はできませんし、嵐の予知も踏み込まれたくない話です。自然、曖昧な説明にならざるを得ませんでしたの。
「お前の言い分はわかった。だが、彼の雇い主は私だ。王太子殿下の婚約者を危険に晒した者を、そのままにはしておけない」
お父様は、私の萎んだお胸に視線を注ぎました。急なことで、ドレスのサイズが合いませんでしたの。
リベリオ様が、大きなお胸をお好きなことは、周知の事実ですわ。エヴリーヌと初対面から、彼女のお胸に釘付けでしたものね。
「でしたら、先ほどまでの仕打ちで十分ですわ。このままスチュワードを放逐すれば、私はベラムール伯爵令嬢に対抗できません。現に彼女は、彼を欲しがっております」
スチュワードを解雇されるとの焦りから、つい本音を漏らしてしまいましたわ。
お父様は、素早く左右に目を走らせました。スチュワードの手当を命じた際に、大方の召使は去り、その場に残るのは、執事のサレジオだけでしたの。
「良い。そこにいろ」
サレジオが退室しようとしたのでしょう。お父様は、私の向こうへ声をかけました。
「王家が近頃ごたついている話は、私も承知している。ガイオも一向に当てにならん。それで、スチュワードをソローアモのご令嬢が欲しがるとは、どういう意味だ?」
私は、劇場での出来事を話しました。攻略対象である王弟殿下やリベリオ様からの証言は難しくても、誰かしら目撃者が期待できます。
この件に関しては、ゲームシナリオには触れずに済みますわ。
「彼女は、セバスティアーノと名付けた理想の執事を、側に置きたいようですの」
そう付け加えたのは、スチュワードを渡せばエヴリーヌが他の殿方から手を引く、とお父様に誤解させないためですわ。
先ほどの言からして、お父様もまた、彼女が国王陛下やジェレミア殿下、リベリオ様、そして宰相様を手玉に取っていると、気付いているに違いありません。
エヴリーヌの女帝ルートが順調に進捗していることも、間違いないようですわ。
アルフォンソ兄様の恋心は、女帝の取り巻きの一人であっても成就したことになるのでしょうか?
「旦那様が執事としてお認めになられたように、スチュワードは優秀な人材です。護衛を兼ねられるよう、努力も厭いません。当初から、所作などに高貴の振る舞いが見られました。あれほど短期間で、従僕から執事の仕事まで覚えたのも、それなりの下地があったと考えられます。あるいは、知られざる出自を秘めている可能性もございます」
お父様の視線に応じ、サレジオが援護してくれましたの。ありがたいですが、出自の辺りは心臓に悪いですわ。
まさか、サレジオはスチュワードの身元を知らないですわよね?
「ふむ」
サレジオの言葉に、お父様は考え込みました。これでスチュワードが解雇されたら、もう私の個人資産で雇いますわ。最初から、そうすれば良かったのです。
ですが、今はまだお父様の雇用です。勝手な引き抜きは出来ませんわね。
「わかった。スチュワードへの処分は、先の謹慎で済んだものとする。さて、ヴィットーリア。近々狩猟パーティがある。相応の衣装を整えておくように」
「承知しました」
お父様から解放された私は、スチュワードを見舞おうとしました。彼は執事として個室を持っておりますが、それは使用人の区画にあります。ステラに止められて、断念しましたわ。
すると程なく、スチュワードが参上しましたの。
「動いても大丈夫なの?」
「痛いが、動ける」
口の端に膏薬を貼られて、喋りにくそうでしたわ。
ステラは気を利かせて、部屋から出ておりました。
「無理をさせて悪かった。戻す方法を探すよ」
スチュワードの目が、遠慮がちにお胸に刺さりました。彼もまた、舞踏会ではエヴリーヌのお胸に釘付けでしたわね。殿方は全員、大きなお胸が好きなのですわね。
「私が決めた事よ。それより、あれの使い方を教えて」
「身につけている間だけ、効果がある」
「あの趣味の悪い物を?」
合わせるドレスも思いつきませんわ。
「髪に挿す必要はない。持ち歩いても良いが、紐を通して首から下げれば落とす心配が減る。ただし、それがプラスかマイナスか、効果を確認できていない」
「どういうこと?」
髪飾りには、ゲーム中で振られるダイスの目を修正する効果があるのです。
それも、目の数を増やす効果を持つ髪飾りと、減らす効果を持つ髪飾りの二種類があって、見た目で区別がつかないそうなのです。
求める品ではなかった場合、事態を悪化させる可能性もある訳ですわ。
「つまり、無駄になるかもしれない、ということかしら?」
私の声は、怒気を含んでいたようです。スチュワードが目を伏せました。
「アイテムは一つしか存在しないから、ヒロインの手に渡るのを防ぐ意味合いでは、無駄にはならない」
詭弁ですわ。ここでスチュワードに当たっても、私のお胸は戻りませんわ。
彼は責任を感じているようですから、元に戻す方法を探してもらいましょう。
まあ、どうしても必要、という訳でもありませんもの。
「影響が小さいうちに、効果を確かめる方法はあるの?」
「身につけてもらわないと、どこで発動するかわからない。運が良ければ、アルフォンソ様と顔を合わせた時に、わかるかもしれない」
「わかった」
私はその場で髪飾りに有り合わせの紐を通し、首から下げましたわ。もちろん、あの趣味の悪い部分は服の中へ隠しましたの。
今はこれで良いとして、ドレスの採寸には困りますわよね。もう観念して、屋敷にいる間は髪に挿すより他ないですわ。
それとも、髪の中へ埋もれるよう、髪型をステラに相談しようかしら。
結局、アルフォンソ兄様が帰宅しても、髪飾りの効果はわかりませんでしたわ。
兄様は、まだスチュワードに怒っておりました。治りかけた彼の傷が、また開いてしまいましたの。
私が止めなかったら、寝込むほどの怪我を負わせるところでしたわ。
騎士団長を務めるほどの力があるのです。加減を考えるべきですわ。
髪飾り問題については、ステラがうまい具合に髪を結ってくれて、解決しましたの。ドレスのサイズ直しと採寸が終わるまでは、この髪型で過ごしますわ。
それから程なくして、ソローアモとジョカルテ両国の間で、フィオリ領から産出する鉱物の輸出に関する条約が締結されましたの。
お父様が言っていた狩猟パーティは、この祝賀会ですのね。
ドレスはどうにか間に合いましたわ。ですが、髪飾りを試す機会は訪れませんでしたの。
王家主催のパーティに、あの趣味の悪い髪飾りを持ち込むべきかどうか、悩みますわ。




