30 これでも、反省しておりますのよ
「なんてこった。まさか、エヴリーヌはここまで見越して仕掛けたのか。プレイヤー目線ならスカッとするところだけれど、やられた方からすれば、エグいよな」
スチュワードが使う聞き慣れない単語も、何となくの意味はわかるようになりました。
わからないとしても、今はそれどころではありません。
「どうしよう。ピッチェ家も巻き込んでしまうし、聖女様の威信を損ねてクオリ家にも迷惑をかける。何より、カドリ家の人達が大勢死んでしまう。もう、私は確実に破滅だわ」
私は泣き喚きたい気持ちでしたわ。
ですが、このような時に、王太子妃教育が要らぬ力を発揮して、感情を抑えるのです。
泣いても喚いても、誰も助けてはくれない。事態を見極め、解決を探るべし。
あら、要らない教育でも、ありませんでしたわね。
「船に連絡を取る方法はないかしら?」
「この時代設定だと電信もないからな。第一、嵐の発生する正確な日付が思い出せない」
「港湾事務所で、船の予定航路や出航日の変遷はわかる筈よ。難破したおよその場所がわかれば、初めの出航計画から嵐の日程を割り出せるかもしれない。それに、王太后様と船長の変更によって、最終的にどの程度ずれたのかも」
必死になると、人間は考える力が増すのですね。自分でも驚きましたわ。
スチュワードも、私が具体的な案を出したことで、やる気を取り戻したようです。
「それで、間に合いそうなら、寄港予定地まで伝令を飛ばそう。後は神頼みになるが」
「ゲームの知識で、使えそうなものはないの?」
エヴリーヌが欲しがったスチュワードの中には、まだ知られざる秘密が眠っているかもしれません。
「タマーラかティーナに頼んで、嵐の原因となる雲から、先に雨を降らせてしまえば、カドリ商会の船が差し掛かる頃には、勢力が弱まる」
「そんな事、可能なのかしら?」
以前、スチュワードが、クオリ姉妹の能力は、雨乞いなどと言っていた記憶はありますが、嵐とは、そのような理屈で避けられるものなのでしょうか。
「わからない。彼女たちはまだ見習いで、経験が少ない。微調整どころか、実際に雨を降らせた事もないかもしれない。でも、この間ソフィーアの力が弱まったと認めていたから、能力だけはあると思う」
「では、ソフィーア様に打ち明けてお願いするしかないわね」
どのみち、お告げの捏造のような形になってしまった事を、お詫びせねばなりませんもの。気が重いですが、自ら蒔いた種ですわ。
「もう一つ。神頼みというか、魔女頼みを試してみる」
「魔女って、あの魔女?」
つい、聞き返してしまいましたわ。お伽噺に出てくる、魔法を使う人ですわよね。
実際にも、魔女と呼ばれる人はおりますけれど、占いや呪いに使う小物を売る人が、雰囲気作りのために扮装しているのですわ。お店や召使でいうお仕着せと同じですわね。
「知っているのか?」
スチュワードが身を乗り出すので、説明しますと、がっかりされました。
「なるほど。この世界では、そういう位置付けなのか」
ですが、彼の説明を聞くと、やはり呪い小物を売る人を指すのです。
「アイテムを手に入れて、運命を少しでも良い方へ変える」
『ダイス 愛と野望の渦』のダイスは、真四角の箱の一つ一つに、一から六までの数が刻まれた、サイコロですわ。私も療養中に、召使いを相手に遊びましたわ。ゲームでは、イベントやエピソードの度に転がり、出た目によって結果が少し変わるそうですの。目の数が多いほど、良い方向へ進むとか。
「アイテムを使うと、攻略対象の好感度が下がる。俺の見たところ、エヴリーヌはアイテムを使っていない。色々とリスクがあって、これまで手出ししなかったんだが‥‥」
「やるわ」
お呪いだろうと、占いだろうと、今は何にでも縋りたい気持ちですの。
「わかった。じゃあ、ニシンの塩漬けと空樽を一つ用意するから、置き場を確保してくれないか」
いきなり話が変わって戸惑いましたけれど、私はスチュワードに要求された通り、敷地内に樽置き場を用意しましたわ。
スチュワードが調べたところ、カドリ商会のパエセスト行きの船は、最初の予定より四日前に出航したことがわかりましたの。
これは王太后様が、手始めに一週間もの前倒しを命じたからですの。準備期間を七日間も縮められては、長期の航海に不安が生じます。
船長が神殿へ助言を求めに行ったのは、聖女様なら、王太后様の命令にも逆らえる、と期待してのことだったらしいですわ。
私たちは、こうした経緯を、神殿でも聞きましたの。
謝罪に赴いた神殿では、聖女様の椅子に、タマーラとティーナが並んで座っておりました。ソフィーア様の姿は、見えませんでしたわ。
「失礼しました。私は、席を外します」
「そのままで良いですわ。執事さん」
「私たち、聖女を引き継ぎましたの」
慌てて立ち去ろうとするスチュワードを、二人は引き留めました。
お披露目の式典は、王宮との相談で後日執り行うこととして、先日正式にタマーラとティーナが聖女に就任したのだそうです。
「それは、おめでとうございます」
ソフィーア様は引退後、ひとまず神殿の奥で祈りの日々を送られるそうですわ。お会いするのは難しいとのこと。私は、謝罪の機会を逸してしまいました。ですが、事は私とソフィーア様個人に止まりません。
「まあ。そのような事がありましたのね。ヴィットーリア様の気に病まれることではありませんわ。人々の声に神のお告げを聞いて、誰に告げるのかは、聖女の仕事ですもの」
「それは、王弟殿下を通じて王太后様を操ろうとした、ベラムール嬢が不敬なのですわ。ソローアモの方が、ジョカルテの仕事に口出しすべきではありませんわ」
ソフィーア様との面談でお願いしたことを打ち明けると、二人は口々に慰めてくれました。それには、ソフィーア様のご助言によって、結果的には王太后様の顔を潰さない程度に、船長も受忍できる範囲で、嵐の直撃を免れる日に出航できたことが大きかったのですわ。これこそが神の采配なのでしょうか。
ですが、天気は変わるものです。手紙の警告は伝令を使っても間に合いそうもありませんし、今後の参考にも、姉妹の能力を知っておきたいところですわ。
「タマーラ様とティーナ様は、もしや雨雲から、嵐の力を取り除くことができるのではありませんこと?」
「どういう意味ですの?」
私は、スチュワードの案を話しました。二人は顔を見合わせましたわ。
「なるほど。そのようにして、嵐を避ける方法もあるのですね。素晴らしいお考えですわ。ですが、私たちは、その土地へ赴いて直接空にお願いしますので、今回その方法を選べませんわ」
タマーラが、残念そうに告げました。
「それでも、地図で場所がわかれば、少しはお役に立てるかもしれませんわ。後ほど、位置や日時を確かめた上で、試してみますわね。それにしても、嵐の予想はともかくとして、私たちの力までご存じとは、ヴィットーリア様のお耳は大層長いのですわね」
ティーナの言葉に、どきりとしましたが、素直に感嘆する風でしたので、私は笑顔で曖昧に頷きましたの。その辺りの事情を詳しく追及されても、説明できませんもの。




