3 まるっと解消されましたのよ
クオリ家のお茶会は、聖女候補の双子姉妹が主催で、私だけでなく、プリシラ=カドリも招待されておりましたの。元々、四大公家の親睦を深めるための催しです。
ええ。フィオリ家の者がおりませんわね。フィオリ家は、現王妃陛下の生家に当たります。同じ年頃の子、と言えば、王太子殿下、つまり私の婚約者なのです。ですから、彼の場合は毎回参加とはいかないのですわ。
「近頃、ソローアモ王国では、透けて見えそうなドレスが流行っているそうですのよ」
「あら。プリシラ様のドレスが、まさに透けて見えそうですわ」
タマーラの指摘に、プリシラが得意げな顔をします。いつもの自慢が始まりますわ。
「お気付きになって? お祖母様が、私のためにソローアモから取り寄せてくださったの」
プリシラの言うお祖母様とは、先代国王の妃、つまり今の王太后様ですの。正確には、王太后様の弟君がプリシラの祖父に当たるのですが、彼女は王太后様に可愛がられておりますのよ。
カドリ家は貿易で財をなしまして、代々外交に強い家柄です。現外務卿もカドリ公が務めていますのよ。そして、プリシラはその娘でもあるのです。
「まあ。最新流行ですのね、素敵」
「えっ、それって、吊るしの服ってことですの?」
ティーナのように、適当に褒めておけば良いものを、私はつい、気になったそのままを口にしてしまいました。
完成したドレスを直すだけで済めば、すぐに手に入ります。それでもソローアモ製なら、十分高価な品ですわ。
「違うわよっ。私の型紙を送って、あちらの有名店に作らせたのよ」
「それは、随分手間のかかったことでしょうね」
タマーラがフォローして、プリシラの機嫌は治りましたの。
私は、そっと彼女に頷いて、感謝の意を表しましたわ。タマーラは、もとから聖女のような人ですの。
ティーナとは双子ですのに、やはり別の人間なのですわね。ティーナが悪女という意味ではありませんわよ。
「そういえば、もうすぐ、聖女判定の儀式が行われるのでしたわね」
私が話を変えると、何となく場の空気がぎこちなくなりましたわ。クオリ家からは代々聖女が出ると決まっているのですから、緊張する要素などないでしょうに。
ああ、そうでした。スチュワードの話が本当なら、二人とも聖女ではない、と判定されるのでしたかしら。でも、ヒロインとやらが登場すれば、解決するのでしたわね。
彼女がいつ登場するのか、せめて名前だけでも聞いておけば良かったですわ。
「ヴィットーリア様は、お幸せでいらっしゃるのね。王太子殿下のご機嫌はいかがでしたの?」
プリシラが訊きます。彼女は、先日の茶会が流れたことを知っていて、尋ねたのですわ。
意地悪なところは、私より、よほど悪役令嬢らしいと思いますわ。
「近頃、お互い忙しいことが続いて、顔を合わせておりませんの。リベリオ様も私も、学ぶことが多いものですから」
婚約者の私は、王太子殿下を名前で呼ぶことができますのよ。プリシラも私の言いたいことに気付いて、悔しげな表情になります。
「私、聖女でなかったら、王弟殿下に嫁ぐかもしれませんわ。そうしましたら、ヴィットーリア様の叔母になりますのね」
ティーナが突然、妄想を語り始めましたわ。この子には、夢見がちな部分があるのです。浮世離れという意味では、民の考える聖女らしくもありますわね。
「王弟殿下は、お若くて独り身でいらっしゃるけれど、それでも私たちよりは、随分年上になりますわよ」
すかさずプリシラが指摘します。ジェレミア殿下は、国王陛下よりもリベリオ様に近い年齢ですが、ここは彼女の言う通りですわ。
「そんな事をおっしゃるなら、フィオリ宰相は、亡くなった奥様を未だに想っていらして、王弟殿下よりも年上ですわよ」
ティーナの反論に、プリシラが顔を赤くします。
四大公家の娘である彼女が、未だ婚約者を決めないのは、クオリ家の判定待ちやら外国との政略やら色々な事情が絡む事ですが、本人は宰相様の後妻を夢見ているのです。ティーナを笑えませんわね。
「でも、もしお二人の夢が叶えば、どちらもヴィットーリア様の叔母様になりますわ。結婚後も三人で仲良くできるなんて、羨ましいですわ」
タマーラが慌てて取り繕いました。慌てる余り、無意識に自分を聖女にしてしまっておりますわね。
それに、ティーナとプリシラを叔母として敬わなければならないのは、私としては、嬉しくありません。
宰相様は王妃陛下の兄君に当たられますから、その妻は一応叔母となるのです。
「プリシラ様はともかくも、お二人とも聖女と判定されなかったら、どうなさるおつもりですの? 王弟殿下はお一人しかいらっしゃいませんわよ」
場が凍って初めて私は、ゲームの話をしてしまった事に気付きましたの。これも、スチュワードが前世とか、おかしな話をするからですわ。
「クオリ家には、代々聖女様がご降臨されるよう、神がお計らいになりましたのよ。そんな事が起こる筈ありませんわ」
珍しくプリシラが、私の言葉を和らげます。
いいえ、私ではなく、タマーラとティーナに気を遣ったのですわね。
確かに、聖女判定を前に不安な気持の姉妹へ、投げかける言葉ではありませんでしたわ。ただでさえ、前例のない双子ということで、注目されていますのに。
それに、もしスチュワードの話が本当に起きてしまったら、私が責任を負わされるかもしれませんわ。不吉な言葉が不吉な事態を招いたとか。
何ということでしょう。
ヒロインか誰かが登場する前に、我がピッチェ家が処罰されることもあり得ますわ。それこそ、スチュワードの予言通りではありませんか。
ヒロインは、どのようにして聖女の不在を解決したのでしたかしら?
全く思い出せませんわ。
スチュワードは、何と言っていましたかしら。まるっと? 丸い‥‥水晶玉か何かでしょうか。
それから、皆仲良くとも言っていましたわね。
「仲良く」
私の言葉に、皆の視線が集まります。
タマーラも先ほど、同じような発言をしていましたわ。でもそれは、彼女を除いた三人で、ということでした。皆ではありませんね。
「皆で仲良く丸くなるのですわ」
「何を仰るの?」
プリシラの目が点になるのが、わかりましたわ。私は構わず、彼女の手を取ります。優秀なクオリ家のメイドが、菓子満載の皿をささーっと動かします。
やはり呆けたタマーラとティーナの手も、ついでに掴んで固めました。これで、何となく丸い物ができましたわ。
「こうすれば、聖女の問題は解決しますわ」
多分ですが。
「タマーラの手は、温かいのね」
「ティーナの手は、冷たくて気持ち良いわ」
「よくわからないのだけれど、貴女たちの手に包まれると安心しますわ。間違いなく、貴女たちは神に選ばれた人と思いますわ」
プリシラも、結構良いことを言いますのね。
誰も私の手について感想を言わないのは、少々気にかかりますが。
これで万が一、聖女判定の儀で異変が起きたとしても、私が全責任を負わされたりはしませんわね。一応の解決法を示しましたし、少なくとも皆さんと仲良くしたいと思っていることは、伝わった筈ですわ。