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26 引き立て役なんて、真っ平ですわ

 上天気に恵まれた湖は、日の光を反射して、キラキラと(まばゆ)いほどに輝いていました。

 私の心持ちとは正反対でしたわ。


 「こちらのゲッタイヒ湖は、ジョカルテ王国とフォイエルンド王国の国境付近にあり、両国からそれぞれ湖と呼ばれるうちに、入り混じったような呼び名が定着したと伝えられております」


 得々と解説するのは、アルフォンソ兄様ですわ。王太子殿下とソローアモからの賓客が国境付近を視察するには、特に警護が必要と、王都から仕事を調節して駆けつけたのです。

 この一事を(もっ)てしても、リベリオ様の来訪が如何(いか)に急だったか、わかるというものですわ。


 そして今は、バルナバ叔父様の手を(わずら)わせまいと、自ら案内を買って出たのです。

 兄様も私も、幼い頃からフロンティエラント領をしばしば訪れておりましたから、案内役に適任なのは、確かですのよ。


 「そうなんですのね。あらっ。あそこにボートが繋いでありますわ。あれで湖の真ん中まで漕ぎ出せれば、さぞかし貴重な景観を見られるでしょうね」


 「確認して参ります」


 アルフォンソ兄様が、エヴリーヌの言葉に反応して、駆け出して行きました。

 張り切り過ぎですわ。部下にさせれば良いのです。


 リベリオ様とエヴリーヌを、二人きりで残してしまったではありませんか。

 ええ、もちろん私も側におりますわ。ですが、今の彼らには、路傍(ろぼう)の石ころにも劣る存在なのですわ。


 「折角、アルフォンソ様がボートを借りてくださっても、私、漕げませんの。どうしたら良いかしら」


 「エヴリーヌ、心配は不要だ。私とて、君一人乗せたボートくらいは漕げる」


 「頼もしいですわ、リベリオ」


 私は、咳払いを致しました。

 本当は、昨日の疲れが残っていて、面倒事を起こしたくなかったのですが、皆の手前、婚約者として振る舞う責任がありましたの。


 その場には、王太子殿下の護衛や、兄様の部下、バルナバ叔父様が手配してくださった護衛も、残っておりましたので。


 「リベリオ様は王太子殿下、大切な御身にございます。エヴリーヌ様は騎士団長にお任せして、護衛の方とお乗りになるのが(よろ)しいかと」


 二人の視界に否応なく映り込むべく、近くまで寄り、周囲にも聞こえるよう、声を張り上げましたわ。

 聞こえぬふりだったエヴリーヌも、驚いた様子で私を見返しましたの。


 そう言えば、ゲームのシナリオでは、私がリベリオ様とご一緒したい、と強要するのでしたかしら?

 本来の騎士団長ルートでしたら、兄様と一緒に乗りたい、と駄々をこねるのでしたわよね。


 幼い頃から、この湖でボート遊びをしておりましたもの。今日、このような日にまで乗りたいとは思いませんわ。


 「三人で仲良く乗るのは、如何ですこと?」


 エヴリーヌが唐突に、突拍子もない案を持ち出しましたわ。

 彼女もまた、転生者なのでしたわね。スチュワードと同じように、イベントの内容を、熟知しているのですわ。


 私と彼女とリベリオ様を、無理矢理ボートへ押し込めて、私に罪を被せるつもりですのね。

 湖のイベントは、ヒロインと攻略対象だけで成立するというのに、私を破滅させる気満々ですわ。


 良いでしょう。シナリオ強制力とやらも考慮して、私も悪役令嬢らしく振る舞いますわ。


 「なるほど。リベリオ様も、そのお考えに御賛成ですの?」


 「え? ああ。もちろんだとも。エヴリーヌは心が広い」


 リベリオ様は、三人乗りの漕ぎ手を務める自信がないのに、エヴリーヌの御機嫌取りを優先させましたわ。

 私の妥当な提案は、却下された形です。


 ちなみに、どさくさに紛れて、二人が親しく敬称抜きで呼び合っていることも、承知しておりますわよ。


 「お待たせしました。ボートを借りる手筈を整えました」


 アルフォンソ兄様が戻って参りましたわ。


 「兄様。エヴリーヌ様が、三人で乗られることをご提案されましたの。兄様が、殿下とエヴリーヌ様をお乗せして案内なされば、お二人の護衛も兼ねて、宜しいのではなくて?」


 私はすかさず言いました。兄様の顔が、パッと輝きます。


 「おお。それは良い。さすがはエヴリーヌ嬢」


 「で、でも、それではヴィットーリア様が、お一人になってしまいますわ」


 慌てつつも、さりげなく私を(おとし)めるエヴリーヌも、なかなか大した役者ですこと。女帝を目指すだけのことはありますのね。


 「私は、幼い頃から、この地に馴染みがありますの。ボート遊びも、散々致しましたわ。今日は、病み上がりですので、岸から皆様のご様子を眺めるだけで満足します。どうぞ、ご遠慮なく、ゲッタイヒ湖の景色を楽しんでくださいまし」


 そうでした。私たちがフォイエルンドへ出国し、すぐに戻った事実は隠しようもありません。


 叔父様とも相談の上、気まぐれで遊びに出かけたものの、体調を崩して戻る途中、スチュワードまで具合が悪くなった、という話に仕立てたのでした。

 ここでも利用させてもらいますわ。その方が、話の信ぴょう性も増すというものです。


 「そうであった。外の空気が療養に良いと思って誘ったが、ボートに乗るには体力が要る。無理せずとも良い。さあ、アルフォンソ。案内を頼む」


 リベリオ様の言葉で、その場は決しましたわ。これもまた、どさくさに紛れて肩を抱くリベリオ様に、エヴリーヌの勝ち誇った顔は、見えなかったと思いますわ。


 嫉妬と戸惑いを隠しきれないまま、二人を先導するアルフォンソ兄様に、同情を覚えます。

 兄様の戸惑いが、一部私にも向けられているのは、知っておりますとも。何故、婚約者の私が、王太子殿下をお諌めしないのか。


 遠回しに、忠告は致しましたわ。リベリオ様は、もとより私の言など、耳に入れませんもの。

 しつこく言い募ったところで、私の我が儘と思われるだけですわ。



 リベリオ様とアルフォンソ兄様で、エヴリーヌを挟むようにして、ボートへ乗り込みます。そして、ゲッタイヒ湖の真ん中へと、漕ぎ出しました。


 櫂を操るのは、殿方二人。滑るように、ボートが動きます。

 意外と息の合った動きですわね。兄様が、合わせているのでしょう。


 リベリオ様とエヴリーヌの明るい髪色が、日の光に照らされて、一層明るく(きら)めきます。

 湖面の反射に囲まれたボートは、おとぎ話の世界に浮かぶようにも見えましたわ。


 私は、ボートを注視しておりました。スチュワードから聞いて、何が起きるかを知っておりました。ですが、どのようにして起きるかまでは、彼も知り得なかったのです。


 (しばら)く湖の真ん中に留まったボートは、向きを変え始めました。アルフォンソ兄様とリベリオ様が、慎重に(かい)を操ります。


 あっ。エヴリーヌが、湖面を指差しましたわ。


 ちょうど、ボートの揺れで傾きが大きくなったところでしたの。

 リベリオ様が、うっかり櫂から手を離してしまわれました。櫂は、あっという間に水面下へ姿を消しましたわ。


 まだ、もう一本、アルフォンソ兄様の分と合わせたら、三本残っております。ですが、エヴリーヌは、消えた櫂の方へ、さらに手を伸ばしましたの。


 自然な演技でしたわ。それとも、本当に、咄嗟(とっさ)に手を伸ばしたのかしら。

 エヴリーヌは、ボートを大きく傾けながら、湖へ落ちましたの。



 白い水飛沫(みずしぶき)が、立て続けに上がりましたわ。

 アルフォンソ兄様が、すぐに飛び込みましたの。


 ボートはどうにか転覆を免れましたわ。リベリオ様が、残った櫂を確保しつつ、湖面を見つめます。

 内心焦っておられるでしょうが、落ち着いた風に見せておりますわ。

 私の周囲は、大騒ぎです。


 「ボートを寄せろ!」


 「待て、近付き過ぎるな!」


 「城に伝令を!」


 「毛布を用意しろ!」


 「ロープはあるか?」


 護衛のため、遠巻きに見守っていたボートが、中心に向かって進み出します。

 一定の距離まで進むと、それ以上は近付きませんでしたわ。

 エヴリーヌやアルフォンソ兄様が、頭を出す時、邪魔にならないよう配慮したのですわね。


 そのボートからも、何人かが飛び込みました。

 緊張しましたわ。ヒロインのエヴリーヌと、攻略対象のアルフォンソ兄様は助かると思っておりましたが、部下の方々の行方までは、話に聞いておりませんもの。


 何でも、モブとかいう端役の人々は、ゲームでは虫ケラのように扱われるとか。それでは、演劇以下ですわね。


 「ぷはっ」


 「げほげほっ」


 二人が、水面に顔を出しました!

 私は、ほっと息をつきましたわ。


 たちまちボートが二人を取り囲みます。エヴリーヌは、護衛の乗るボートへ引き上げられ、岸へ向かいました。アルフォンソ兄様も一緒です。


 リベリオ様も、護衛の方に促され、ボートに囲まれて岸まで戻りましたわ。

 私は、桟橋で準備をして待ち構えておりましたの。


 「息はありますの?」


 「ある。気を失っているだけだ」


 ずぶ濡れのアルフォンソ兄様は、駆け寄った部下から毛布を受け取り、エヴリーヌに巻き付けます。


 「私が、そこの小屋で服を脱がせますわ。そのままでは、体温が下がって命が危険です」


 護衛は、殿方ばかりで、女性といえば、私とエヴリーヌと侍女のステラだけでしたの。エヴリーヌも、こうなることが分かっていた筈ですのに、侍女も置いてきたのは、攻略対象を誘惑するためですわね。


 「水を飲んでいるかもしれない。吐かせなければ」


 リベリオ様が、傍から言添えます。エヴリーヌに触れたいのを、懸命に我慢する様は、私の婚約者でなかったら、健気(けなげ)ですわ。


 「では私が吸い出して‥‥」


 「それも、私が致しますわ。兄様は、小屋までエヴリーヌ様をお連れしてくださいませ。そこで濡れた服を脱がせてから、馬車へ乗せます」


 「ゲホッ、ゲホッ。は、早く帰りたい」


 私の大声に、エヴリーヌが意識を取り戻しましたの。

 まさか、演技ではありませんわよね?


 兄様は、エヴリーヌを抱き上げると、早足で馬車へ運び込みましたわ。自分も湖へ飛び込んでずぶ濡れですのに、どこにそのような力が残っていたものやら。これも、愛の力かしら。


 どうやら私は、アルフォンソ兄様の口付けの機会を奪ってしまいましたわね。兄様の恋を応援したい気持ちはありますけれど、妹の目の前で口付けされるのは、救助のためであっても、見たくないものですわ。



 湖へ飛び込んだ部下の方々もご無事に戻ったのを見届け、私もフロンティエラント城へ帰りましたの。

 ゲームイベントは成功してしまいましたが、兄様との距離が縮まったのですし、私のせいにされずに済んだのですから、悪くはないと思いますわ。

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