25 酒池肉林、でしたかしら?
「お嬢様は、少々体調を崩しておられます。只今は、ご容赦ください」
「だから婚約者として、こうして見舞いに来てやったのだ」
「まあまあ、リベリオ。落ち着いて。そういえば、セバスティアーノはいないの?」
「セバスティアーノとは、どなたですか? あいにく、存じ上げませんな」
ハッと目が覚めましたわ。
扉の外で揉めているのは、マルツィオとリベリオ様。それに、エヴリーヌもいますわね。
布団の重みに目を向けると、ステラが掛け布団に突っ伏しておりましたの。
グレンツヴァルト辺境伯爵夫人と協定を結んだ私たちは、その足でフォイエルンド王国からとって返しましたの。
本来、辺境伯にご挨拶するのが筋ですが、スチュワードを実の父に会わせたくない、夫人の意向に従ったのですわ。
帰りはマルツィオが乗せてくれました。スチュワードは、足の付け根を焼いたばかりで、乗馬に自信がない、とマルツィオに私を託しましたの。
そういう彼も、ステラを前に乗せて走ったのですけれど。真夜中の出立で、往きよりもスピードを落として走らざるを得ませんでした。
スチュワードの怪我を思えば、ちょうど良かったのですわ。それに、私のお尻も限界でしたの。馬車ですら痛むのですもの。
手当する間もない馬での往復は、大打撃でしたわ。
無事にフロンティエラントまで帰り着くと、バルナバ叔父様の奥方ヴィオランテ様自ら、あれこれ指示してくださって、私たちはともかく寝床へ入ったのですわ。
マルツィオもステラも、私と同じくらい起き続けでしたのに、もう仕事を始めているとは、立派なものですわね。
尤も、ステラは再びの眠りに落ちておりますが。それに、スチュワードはどうしたのかしら?
私は、ステラを揺り起こしました。
「はっ。お嬢様。お目覚めになられましたか」
あれだけ人声がする中で、気付かず眠れるステラも肝が太いですわね。それほどまでに、疲れていた、とも言えます。
「扉を開けて、マルツィオを入れてくれる? もしかしたら、リベリオ様が、まだその辺りにいらっしゃるかもしれない。気をつけて」
ステラは、瞼を擦りながら扉へ向かいました。まだ寝ぼけているようですわ。
リベリオ様とエヴリーヌが潜んでいたら、簡単に侵入されそうです。
ですが、杞憂に終わりましたわ。ステラが開けた扉からは、マルツィオだけが顔を出しましたの。
彼は、私の手招きに応じて、入ってきました。
「あなたたちも疲れていたでしょうに、私を守ってくれてありがとう。少しは眠れたのかしら?」
「ありがたいお言葉に、新たな力が湧きます。ご婦人を馬でお運びするくらい、演習に比べたって、何でもありませんよ。辺境伯夫人のお陰で、快適な寝床をご用意いただき、十分に休息を取れました」
マルツィオは、言葉通り元気そうで、安心しましたわ。ステラも改めて見れば、大体普段の通りでした。
「リベリオ様が、いらしていたようね。ここへは、いつ頃到着されたか、知っている?」
そして、私はどれくらい眠っていたのかしら? スチュワードは? 気になる事は多くありますが、まずは、エヴリーヌの動きを把握しなければなりません。
「昨日の夕方には、到着されたそうです」
危なかったですわ。ぐずぐずしていたら、フォイエルンド行きを阻止されたに違いありません。
マルツィオが聞いたところでは、ヴィオランテ様が歓迎の宴を開き、リベリオ様とエヴリーヌ様に、高価なお酒を惜しみなく提供したそうですの。そして、騎士団の選りすぐりの騎士様も、接待に駆り出されたとか。
「メイドたちが言うには、美形三人衆とあだ名される方々全員が出席して、エヴリーヌ様の側につききりだったそうです」
「あら。私の聞いたところでは、フロンティエラント城の三大癒しが、王太子殿下につききりでお世話したとか」
ステラが横から口を出しました。二人の話を合わせ聞くと、ヴィオランテ様はお酒と美男美女で、リベリオ様とエヴリーヌを引き留めたのですわね。
そのような酒宴を、東方のパエセスト辺りでは、何とやらと呼んでおりましたわね。
王都へ戻りましたら、フォイエルンドの皆様には、改めてお礼の品を送りましょう。
リベリオ様たちは、夜半まで浮かれ騒いだ後、昼過ぎまでお寝みになり、起きて支度をした後、私の部屋まで来られたようですの。
婚約者として見舞った、と仰っておられましたが、エヴリーヌに唆されて偵察に来たに決まっていますわ。
私が流行病に倒れた時でさえ、手紙も出し渋ったほどですもの。
「スチュワードは、どうしているの?」
途端に、マルツィオとステラの顔色が曇りました。互いに肘でつつき合って、相手に言わせようとしておりますわ。
もう、大方の予想は付きましたけれども、それよりこの二人は、これほど気安い間柄でしたかしら?
「死にかけ?」
「とんでもございません!」
ステラが慌てて説明を始めましたわ。やはり、火傷を負わせた脚で馬に乗ったのが、拙かったようですの。熱を出して寝込んでいるそうですわ。
「辺境伯様が、騎士団の方のお医者様を呼んでくださって、奥方様も、看護に人手を割いてくださいました。皆様、とても手慣れていらっしゃいました」
国境では、戦とまではいかずとも、小競り合いが起きることもあるそうですわ。王都の警備とは、また違った緊張感があるのでしょうね。
「命に別状はないそうです。ご安心ください」
最後にマルツィオが、私の質問に答えました。
その日は夕食会が開かれたのですが、私は病み上がりということで、部屋で簡単な食事を取らせてもらいましたわ。
リベリオ様とエヴリーヌは、婚約者同士のように振る舞われたようですわよ。
スチュワードの様子を見に行きたかったのですが、我慢しましたの。
私という例外ができれば、王太子殿下の見舞いを断れなくなりますもの。リベリオ様がスチュワードを気にすることはなくとも、エヴリーヌが何をするかわかりませんわ。
翌朝。ベッドで朝食を取っていると、スチュワードが顔を出しましたの。
「もう治ったの?」
「熱は下がりました。ご心配をおかけしました」
私はステラを下がらせました。
「お嬢様。お出かけのお支度がございますので、お早めに」
彼女はそう言いつつも、嬉しそうに扉の向こうへ消えました。扉の前には、マルツィオがいるのです。
「無理をさせたわね」
「破滅するよりはマシだ。上手く回ると良いが」
ゲーム『ダイス 愛と野望の渦』では、エヴリーヌがセバスティアーノの存在を公にする、とグランツヴァルト辺境伯を脅して、フロンティエラント領を襲撃させるのです。
辺境伯は、隠し子が公になることよりもむしろ、伯爵夫人に知られることを恐れていましたの。
ですが、実際には夫人はとうに母子の存在を知り、抹殺したつもりでいたのですわ。
セバスティアーノになる筈だったスチュワードは、伯爵夫人が辺境伯に知らせることを期待して、存在を明かしたのです。既に知られているなら、辺境伯が脅される理由もなくなりますもの。
エヴリーヌが腹いせにスチュワードの出自を公開しようとした時に備えて、脚の付け根にあるホクロを焼いたのですわ。これには、伯爵夫人への誠意を示す意味もありました。
エヴリーヌが隠し子を持ち出さなくとも、辺境伯が彼女の頼みを容れる可能性もあります。
それで、私は夫人の嫉妬を煽るため、二人が浮気すると仄めかしたのですわ。
夫人は、どうやら嫉妬深い性質と見受けられましたの。
スチュワードは、これらを全て一人で請け負うつもりでしたが、私が一緒に行って良かったと思いますわ。
伯爵夫人の苛烈な性格では、帰り道に再び山賊を仕向けられたのではないかしら。
ここまでしても、国境が侵される事態を防げる、と断言できないところは、辛いですわね。しかしながら、時間稼ぎにはなるでしょう。
「ところで、これから湖へ行くことになっているの。リベリオ様と、もう一人とで。お前はその間、部屋で休んでいるといいわ。これも、イベントというものに含まれるの?」
私が尋ねると、スチュワードが渋い顔をしましたの。
「休めるのはありがたいが、大丈夫か? 本来、それは騎士団長ルートのイベントだ。向こうは着実に女帝ルートを辿っている」
「では、アルフォンソ兄様が来てくださるのね。それなら安心だわ。マルツィオも連れて行くもの」
私は嬉しい気持ちになり、自分に戸惑ってしまいました。
この期に及んで、まだ私はエヴリーヌをピッチェ家に迎え入れようと思っているのですわ。
いいえ。アルフォンソ兄様の恋を応援したいだけですの。
コツコツコツ。
「お嬢様。そろそろ支度にかかりませんと、間に合いませんよ。それから、アルフォンソ様がご到着なさったようです」
遠慮がちに、ステラが顔を覗かせました。




