23 いずれも女傑ですのね
山道を馬で駆けています。私の背中はスチュワードにピッタリくっついて、彼の両腕に挟まれて、すっぽり包まれているみたいですわ。
すぐ後ろから、ステラを前に乗せたマルツィオが、同じように馬で追って来る気配を感じます。危ないから振り向くな、と言われておりますの。
淑女の嗜みで乗馬も致しますが、走らせる場所が違うのと、手綱を預けているのとで、まるで違った体験に感じられますわ。
騎士団で馬と乗馬服を借りまして、私たちはそのまま国境を越えましたの。もちろん、通行証も用意してもらいましたわ。
ジョカルテ王国とフォイエルンド王国の国境は山沿いに引かれておりますから、あちらへ渡るには、山を越えなければなりません。
場所にもよりますけれど、今私たちが駆ける道は、普段から商人も行き来する、比較的なだらかな方ですの。急げば、半日足らずで越すことが出来るとか。
その急ぎ度合いは、戦時のものでしょうね。説明してくださったのは、辺境騎士団の騎士様でしたもの。
ちなみにソローアモ王国とは、海を隔てて隣り合わせておりますのよ。
「端的に申し上げます。ソローアモ外務卿がご息女、エヴリーヌ=ベラムール伯爵令嬢は、ジョカルテ王国の乗っ取りを目論んでおります」
ステラとマルツィオを見張りとして部屋の外へ出した後、スチュワードがいきなり核心を告白したので、バルナバ叔父様以上に、私が驚いてしまいましたわ。
当然ながら叔父様は信ぜず、ひとまず王太子殿下一行を出迎える準備の指示を終えて、団長室へ戻られましたの。
その時、城へも使いを出してくださったのですわね。
私とステラ用に、乗馬服を貸してくださったのは、夫人のヴィオランテ様ですわ。気さくで、とても気の利くお方ですのよ。
最終的に、バルナバ叔父様は、私が頼んだ物を全部用意してくれましたわ。
スチュワードの話については、半信半疑だったと思いますわ。ゲームや転生の話をしていたら、私たちはジョカルテ王国に留まるよう、引き止められたでしょう。
そうでなくとも、誘惑するだけで国家転覆が図れる、などという考えは、殿方には受け入れ難いですものね。
まあ、そこはスチュワードが適当に濁しましたわ。
叔父様の耳にも、エヴリーヌが王都で王族を手玉に取っている噂は聞こえていたようですの。
「たかだか銅鉱石の条約を結ぶのに、それほど時間をかけずとも、とは思っていたが」
実は、ベラムール外務卿は、とっくに帰国されました。今回の滞在で、条約締結には至らなかったのです。
それとは別に、エヴリーヌを後学と親交のためと称して、ジョカルテの王宮に残しましたの。
交渉継続への意欲を示したつもりでしょうか。
エヴリーヌは、まるで手綱の切れた犬みたいに、攻略対象と親睦を深めておりますわ。とりわけ、リベリオ様との距離感は、仲睦まじいと評されるほどですの。
ただの客分、たとえ友人でも、周囲にそのような印象を与えるのは、度を超えておりますわ。
ですから、エヴリーヌの野望はともかく、私が王太子殿下と彼女と顔を合わせたくない、という気持ちは理解してもらえたようです。
私たちの行き先を誤魔化すことはできませんが、なるべく引き留めると約束してくださったのですもの。
国境の検問を通過してフォイエルンド王国へ入ると、山道は下り坂になりました。
上り坂の時よりも、スチュワードの体が私に押し付けられているようで、気恥ずかしかったですわ。ドレスと異なり、乗馬服はピッタリした型の服ですから、余計に密着するように感じたのですわね。
途中、馬に水を飲ませる以外、ほとんど休息なしで駆け通しでしたわ。これほど長く馬に乗り続けたのは、初めてです。お尻が痛いです。
後で、ステラに薬を塗ってもらわなければなりませんわ。やはり、ステラとマルツィオに来てもらって、正解でしたわね。
「このような時間に、ジョカルテの四大公家が前触れもなしに尋ねてくるとは、よほどのことかしらね」
私たちの前に座るのは、フォイエルンド王国のグレンツヴァルト辺境伯夫人ですわ。
顔立ちは整って美しゅうございますけれど、何だか雌牛のような印象を受けますわ。山のように盛り上がるお胸と、それを支えるがっしりした肩のせいでしょうか。
暖炉のゆらめく炎に照らされた部分と濃い影の部分が、くっきりと分たれているせいでしょうか。
夜は気温が下がるのか、暖炉が焚かれていても、特に暑いとも感じませんでしたわ。
「グレンツヴァルト伯爵夫人のお慈悲におすがりしたく、お願いに参りました」
私は乗馬服のままでしたが、精一杯姿勢を正して向き合います。
ステラとマルツィオは、部屋の隅に待機させ、スチュワードだけが、私の側で俯き加減に立っておりました。
これは、予め打ち合わせた立ち位置ですわ。
「伯爵様ではなく、わたくしに、という点に、興味を持った。聞くだけは、聞くわ」
そうなのです。私たちは、辺境伯ではなく、その夫人への紹介状を持参したのですわ。
「我が国に現在、ソローアモ外務卿の娘、エヴリーヌ=ベラムール伯爵令嬢が滞在しております。彼女は、ジョカルテ王家の中枢と、非常に懇意な関係を築き上げました」
私は、慎重に話し始めました。どれだけ気を遣っても、この雌牛のような奥方を激昂させる危険は拭えませんの。
「‥‥私は、彼女が近い将来、我が国を崩壊させると考えておりますの。その過程で、必ずや、グレンツヴァルト辺境伯の武力が利用されるでしょう。どうか、夫人のお力で、ジョカルテ王国への侵攻を、止めていただきたいのです」




