22 まずは、現状把握ですわ
「現在、ゲーム『ダイス 愛と野望の渦』において、どういう状況か、まとめてみる」
二人になったところで、スチュワードが説明を始めました。
彼は一応私専属に仕える身の筈ですが、仕事を覚えるためと優秀な働きぶりとで、他の者から頼られるのですわ。
私は私ですることもありますし、二人きりで話す時間を作るのは、結構大変ですの。
「ヒロインのエヴリーヌ=ベラムールは、攻略対象全員を手に入れる女帝ルートを進んでいる、と想定する」
私は紙にペンを走らせながら、耳を傾けます。できれば暗記したいところですけれど、覚え損ねて死ぬよりは、恥ずかしいメモを見られた方がましですわ。
「女帝ルートでは、全てのルートの悪役令嬢が動く。と言っても、必ずしも全員が同時にヒロインに敵対するとは限らない」
「つまり?」
「悪役令嬢同士が争ったり、個人の利益からヒロインの味方をする悪役令嬢が出たりする。まして、同盟を組むとは、期待しない方が良い」
「そうなのね」
と私は言いましたが、内心がっかりでしたわ。皆で協力すれば、エヴリーヌを止められる、とまさに期待していたのですもの。
ですが、ソローアモの一伯爵令嬢が女帝になるとか、彼女が攻略対象を全員手に入れるとか、あなた方は悪役令嬢だとか、そもそもこの世界はゲームのシナリオに従って動いているとか。
つらつら並べただけでも荒唐無稽に聞こえる話を、皆様に信じてもらえるとは思いませんわね。
個別に協力を得るべし、と分かっただけでも良し、としましょう。
「今のところ、双子聖女の問題を解決したクオリ家と、エフェドモン草の栽培に協力したフィオリ家は、お前の味方と考えて良い。残る王家とカドリ家とピッチェ家については‥‥」
「何で、ピッチェ家が出てくるの?」
それは、私の家です。私が私に敵対は、しませんわよね?
「アルフォンソ様は、攻略対象者だ。エヴリーヌと騎士団長次第では、軍務卿や近衛隊長、辺境騎士団長も敵に回る」
「そんな」
百歩譲って、エヴリーヌと幸せに暮らせるならば、アルフォンソ兄様がハーレムとやらに召し上げられても、文句は言いませんわ。
そのような時のために、ブルーノ兄様がいるのですもの。そのブルーノ兄様や、お父様、辺境の叔父様まで私の敵になると言うのですか。
ステラやマルツィオ、サレジオも敵になるとしたら、ピッチェ家に私の居場所がないではありませんか。
「王家については、二人も攻略対象者がいるが、王妃は悪役となるから、こちらの味方になる可能性はある。ちなみに、王太后は王弟かカドリ家、王女はヒロインに付く」
私の嘆きをよそに、スチュワードの説明は続きます。今は、起きてもいない事に怯える時では、ありませんわね。
「さて、カドリ家に関しては、これから重要なイベントがある。エヴリーヌが既に動いているだろうが、こちらでも出来る事はしておこう。それと、もう一つ」
スチュワードと目が合いました。どきり、と胸が動いたのは、真剣な眼差しが怖かったからですわ。
「俺は、エヴリーヌに引き抜かれるかもしれない」
「何ですって?」
私は、ペン先を折りそうになりました。仮にアルフォンソ兄様が私の味方でいてくれても、スチュワードなしに、エヴリーヌに勝てる気はしません。
「これも、対抗してみることは出来るが、間に合う保証はない」
スチュワードは、私を見つめたままです。
「だから、お前が選べ。カドリ家を味方にするか、俺の引き抜きを阻止するか。どちらを選んでも、既に手遅れかもしれない。この二つは、同時に進めることはできない」
「引き抜き阻止」
間髪入れずに答えたので、スチュワードが私の選択を理解するのに、少々時間がかかりましたの。
「いいのか? カドリ家を押さえれば、王太后を味方にできる。お前の勝率が、格段に上がるんだぞ」
「スチュがいなかったら、私は我が儘な令嬢のまま、とっくに滅んでいたわ。スチュなしの私は、あり得ないの」
スチュワードの顔が少し赤らんだのを見て、彼がエヴリーヌの元へ鞍替えしたくなった可能性に思い当たりましたが、一度開いた口は、勝手に次の言葉を繰り出しますの。
「どうせ、カドリ家への工作だって、間に合わないかもしれないのよね? だったら、後悔しない方を選ぶわ。さあ、お前を私のものにしておくには、何をすれば良いの?」
勢いで不穏な表現を使ってしまいました。スチュワードの赤みが増した気がしますわ。
「順当なところでは、ピッチェ家の養子になることかな。ゲームとは関係なく」
いきなり思いもよらない提案が出ましたわ。スチュワードは真面目に答えておりますわね。
するとここは、揶揄う場面ではないのですわ。
「では、早速お父様に」
私も寄り道せず、簡潔に事を進めようとしました。すると、スチュワードの手が上がりました。
「待て。その事は別に置いて、やる事がある。紹介状を書いて欲しい」
街中なのに、馬が多いですわ。馬車に繋がれた馬でなく、鞍を乗せた馬ですの。
私とスチュワードは、フォイエルンド王国との境にある街へ来ておりました。
辺境伯とその騎士団の本拠地であり、バルナバ叔父様の住む街ですわ。叔父様は、辺境騎士団を率いる伯爵ですのよ。
「書状を預けてくだされば、それで済みましたのに」
馬車の中で、スチュワードがぼやきます。ステラとマルツィオも同乗しているので、通常の主従関係に戻っているのですわ。
「大事な事は、顔を合わせてするものですわ」
私は、澄まして返しました。本当は、彼の言い分が正しいと知っていました。
スチュワードだけなら、単騎で素早く移動ができたところ、私が同行するために、ステラとマルツィオが加わり、馬車を使う羽目になったのですから。
これでも、荷物を含め、最小限に絞ったのです。
スチュワードを一人で行かせたら、戻って来ない気がしたのですもの。
彼を疑うのではなく、エヴリーヌが誘拐するとか、襲撃するとか、そちらの心配ですわ。
ですが、私たちが一緒に行った場合の危険の方が、大きいのですわね。
ええ。わかっておりますとも。
お父様には、環境を変えて心を落ち着ける、と説明しましたの。
リベリオ様とのお茶会が、何度も流れていること、その間にエヴリーヌとの面会や外出が増えていることは、お父様も把握しておりましたわ。
「もっと、積極的に王太子殿下と過ごす機会を増やしてはどうか」
などと言いはしましたけれども、アルフォンソ兄様とも距離を置きたい、と打ち明けましたら、それ以上責められませんでしたわ。
ゲームで言う、攻略対象がヒロインを総出で追いかける状況で、兄様が出遅れていること、私を邪魔と思っていることも、ご承知でしたのね。
エヴリーヌは王宮住みですから、王家の三人と、王宮にお勤めの宰相様が、彼女に近付きやすいのは、言うまでもありません。騎士団長で現場を渡り歩く兄様は、不利な立場です。
長年、婚約を拒否してきた長男が、ようやく結婚する気になった相手を、お父様も諦め切れないのですわ。
私だって、アルフォンソ兄様とエヴリーヌが結婚する未来を夢見ておりましたもの。いいえ。今でも可能性があれば、協力したいですわ。
こうして抵抗するのは、単に、破滅したくないだけですの。
「せめて、先触れを出してくれれば、歓迎の宴を開いてやれたのに。ヴィオランテが残念がっていたぞ」
騎士団の本部で、私たちは、バルナバ叔父様からお小言を喰らいましたの。ヴィオランテ叔母様は、叔父様の奥様ですわ。婿の叔父様を立ててくださる、気さくで感じの良い方です。
「急ぎの用でしたの」
お父様も、私が許可を得てすぐ出発するとは、思っていなかったでしょうね。後から伝令まで飛ばしましたのに、私たち、ほとんど同時に着いたのですわ。
「静養が?」
「はい」
私は、部屋を見回しました。団長室には、私たちと叔父様だけがおりました。
ステラとマルツィオに席を外させるべきか、悩みますわ。スチュワードは、もともと一人でこの先まで行くつもりだったのですもの。
叔父様の仲介を提案したのは、私でした。
コンコンコン。ノックの音がして、騎士の方が入室されました。
「ご歓談中、失礼します。只今、王宮から伝令が到着しまして」
スチュワードが息を呑む気配が伝わりました。悪い予感がしますわ。
「王太子殿下が、急遽お忍びで、こちらへいらっしゃるので、ご滞在の準備を整えるように、とのご伝言にございます。なお、ソローアモ王国の外務卿のご息女をご案内するとも」
早い。早過ぎますわ。いいえ。スチュワードの考えを蹴って、私が無理に同行したせいで、遅れてしまったのです。
「本当に、急な話だな。なるほど、それで‥‥まず、城へ今の話を伝達しろ。伯爵夫人の耳へすぐに入れるように。城方面の準備は、夫人の指示に従え。動ける隊長を、集めろ。会議室だ。私もすぐに行く」
もう、叔父様は席を立っています。ここで逃したら、エヴリーヌが到着するまで会えないでしょう。私は焦って立ち上がりました。
「叔父様。フォイエルンド王国への通行証を出してください。できれば、グレンツヴァルト伯への紹介状も。それから、王太子殿下ご一行には、私たちがどこへ向かったか、できるだけ誤魔化してください」
「無駄だ。どうせバレている」
スチュワードが小声で呟きました。部屋を出ようとしていた叔父様が、振り向きました。
「どういう意味だ?」
その言葉は、私を通り越して、スチュワードに刺さったように聞こえましたわ。その証拠に、彼も前へ進み出て、頭を下げましたの。
「申し遅れました。ヴィットーリア様の専属執事を務めます、スチュワードと申します。僭越ながら、私から事情をご説明申し上げるお許しをいただければ、と存じます」
その態度は立派に執事に見えましたわ。ですが、私、スチュワードが専属執事になったとは、聞いておりませんわよ。いつの間に?




