21 閑話休題 スチュワードの見解 後編
ある意味、荒んだ生活を送っていたヴィットーリアでも、俺の忠告を聞き入れる耳は残っていた。
きっと、執事のサレジオや、侍女のステラを中心に、彼女を理解する人々が、根気強く支えてくれたお陰だろう。
それとも、この判断にもダイスが回ったのか?
『ダイス 愛と野望の渦』とある通り、ゲームにはサイコロが登場する。
主にイベントで振られ、出た目によって、ゲーム進行が様々な影響を受ける仕組みだ。
大まかには、一が最悪、六が幸運といったところである。苦労してイベントに漕ぎ着けても、一の目が出て失敗すること数知れず。
前世でプレイした時には、この出目に随分と泣かされた。失敗した姉に、やり直しをさせられたのだ。
転生者の俺には、時折ダイスの回る音が、聞こえる時がある。
ヴィットーリアが、クオリ家の茶会に招かれた日も、そうだった。
俺の脳裏に、真っ赤な一の目が浮かぶ。これは、警告だ。
しかし、この時はまだ、ゲームが始まる前であった。ヴィットーリアは癇癪を抑え、使用人への態度を改め、周囲から受け入れられるようになっていた。
何の問題が起きるかわからず、欠席させるほどの力も持たない俺は、彼女をそのまま茶会へ行かせた。
特に何も起こらなかった、と安堵していたところ、クオリ家の聖女イベント先取りが起きてしまったのだった。
あの日、ヴィットーリアが漏らした言葉が原因で。
俺は既に、フィオリ家のエフェドモン草イベントまで、彼女に話してしまっていた。
最初はゲームストーリーに影響が出ない範囲で、ヴィットーリアが破滅に至らない程度に収まれば、との思いで口出ししたのだが、彼女が思いの外素直に受け取って成長するのを見て、打ち明ける基準を緩めてしまっていた。
俺も大概、ヴィットーリアに甘い。
これはもう、腹を括って、彼女を助けるしかなかった。
なんだ、あの乳は。二次元が三次元になっただけで、これほどまでに魅力を増すのか。
ゲームが開幕し、初めてエヴリーヌ=ベラムールを見た感想である。
年月を経て、ヴィットーリアの胸も悪役令嬢らしく立派に成長したが、ヒロインの輝きには敵わなかった。
攻略対象キャラの視線を一手に集める揺れ具合である。加えて美貌が振り撒く笑顔に、モブの俺が心を射抜かれたって、誰も責められない筈だ。
一介の召使いに過ぎない俺は、会場に入ることも許されず、遠くからヒロインを覗き見るだけで終わった。
ヴィットーリアに拾ってもらえたからこそ、ゲームのオープニングイベントを生で見られたのだ。モブ転生者には、十分な恩恵だった。
次に俺がダイスの音を聞いたのは、ヴィットーリアと王太子が観劇に出かけた日だった。
浮かんだ目は六。最高値である。
俺は、てっきり王太子の心がヴィットーリアに戻ったと思い込み、すっかり油断していた。
この観劇デートも、王太子からの誘いなのだ。まさか、彼がヒロインに嫉妬させるため、我が主人をダシに使うとは、思ってもみなかった。
ゲームシナリオでは、王太子が誘うのは、ヒロインである。
今思えば、ヴィットーリアの方が、よほど冷静だった。彼女は王太子の魂胆を見抜いていたのだ。
そして、俺はこの世界に転生して初めて、ヒロインのエヴリーヌ=ベラムールと言葉を交わしたのだった。
「あなた、悪役令嬢なんかの側で、何しているのよ!」
俺に気付いたエヴリーヌが、猛然と走り寄ってきた時、感じたのは恐怖だった。
あの揺れる巨乳も、美貌も、俺の警戒を解くのに、何の役にも立たなかった。
体は、勝手にヴィットーリアを庇っていた。彼女が俺を目掛けて来たのは、一目瞭然だったのに。
殺されるのでなくて、本当に良かった。危うく主人を巻き込むところだった。
俺は、ダイスの回る音を聞いた。
この時、数字は浮かばなかった。
代わりに、エヴリーヌが小さく舌打ちした。彼女の頭上にも、ダイスが存在するに違いない。
今の音は、彼女の運命だったかもしれない。あるいは、俺と彼女で出目勝負がなされたか。
いずれにしても、この勝負、エヴリーヌは敗れたのだ。
彼女が転生者であるのは、明らかだった。
何しろ、悪役令嬢、と発言したのだ。この世界で、その単語は小説にも演劇にも使われていない。
もちろん、実生活においても。
「お初にお目にかかります」
俺は、スチュワードとして、初対面の挨拶をした。嘘はついていない。
どうやら俺は、本来セバスティアーノとして、ヒロインの側に付くべきキャラクターだったらしい。
言われてみれば、モブにしては、能力が高い。勿論、前世の俺よりも、今の俺の方が、外見も中身も高スペックである。
そしてサイコロの出目の解釈は、ヒロイン側の評価に基づいているようだ。ゲームプレイヤーのためのダイスなのだ。当然、そうあるべきだった。うっかりしていた。
恐らく今日出た六という目は、エヴリーヌが俺と出会う幸運を意味していたのだ。
悪役令嬢側につく俺にとっては、一と同じである。
エヴリーヌと対面した辺りから、薄々懸念していたことが、ついに確信と変わってしまった。
女帝ルートである。乙女ゲームだと、逆ハーレムと呼ばれる状態だ。
そんな国家転覆みたいな結末を目指すのは、転生者ぐらいだろう。それも、相当ゲームをやりこんでいなければ、達成するのは難しい。
『ダイス』は、ヒロインのバッドエンドが、ちゃんと存在するゲームだ。
ハッピーエンドで悪役令嬢が断罪されるように、バッドエンドではヒロインが断罪される。
リスクを承知の上で目指すのだから、相当な自信がある筈だ。
お助けキャラの、セバスティアーノもいないのに。尤もあれは、自分で言うのも何だが、初心者向けのサポートキャラで、やり込み勢には不要な存在だったりする。
ヒロインが女帝ルートをクリアすると、我が主人ヴィットーリアは、確実に処刑される。
それも困るのだが、個人的に嫌なのは、セバスティアーノが逆ハーレムに、強制参加させられることである。
ここでの俺は、ヴィットーリアに拾われてスチュワードとなった。真正のセバスティアーノは、存在しない。
エヴリーヌ側に、代わりがいるかどうかは不明である。
彼女が女帝を達成した時、逆ハーレムには誰も追加されないのか、現在エヴリーヌに仕える代わりの存在がセバスティアーノの運命を辿るのか、俺が召喚されるのか、その時になってみなければわからなかった。
その時になって、嫌だと言っても遅いのである。
モブと思い込んで好き勝手やってきた俺が、急に役付きと明かされて、戸惑ったのは、言うまでもない。
これまで平静であったヴィットーリアも、エヴリーヌが女帝になると聞いて、不安になったらしい。何と、俺にヒロインへの鞍替えを勧めてきた。
あの、我が儘ヒス悪役令嬢だった彼女が、部下だけでも助けよう、と利他の精神を発揮したのだ。俺は感動した。
即座に断った。
義侠心とは、言うまい。
この頃には、家庭教師のカミッラもお役御免となって、ピッチェ家の居心地は快適だった。
仕事に慣れて、もう少しで執事として認められるところまで出世した。ジョカルテ国内の転職ならともかく、ソローアモへ渡って、新人からやり直すのも面倒臭い。
執事とそれ以外では、待遇が全然違うのだ。
一番の理由は、劇場で会った時の、エヴリーヌに感じた恐怖だった。
理屈で言えば、ヒロインで転生者の側に付けば、人生楽勝である。相手は逆ハー狙いでもあるし、恋仲にならずとも問題なさそうだ。
でも、一度感じた恐怖は取り除けない。
情けない、と言わば言え。
本能には勝てないのだ。
そんな手前勝手な理由で、偶々ピッチェ家に残ると宣言しただけなのだが。
俺の答えを聞いたヴィットーリアの頬が、ぽっと赤くなったのだ。
か、可愛い。
照れ隠しで、疲れが出たのだろう、などと言ってしまったが、あれは俺が裏切らないと明言した嬉しさからだ、と直感した。
この世界では彼女の方が年上のようだが、前世からの経験を加えれば、俺の方が遥かに年上である。主人を可愛いと思ったって、良いではないか。
勘違いしてはいけない。
ヴィットーリアは貴族で主人、俺は孤児で下僕。二人の間には、厳然たる身分差が存在する。
前世と同じ感覚で、考えてはいけない。
だが、俺がセバスティアーノだったら、何処かの貴族だったことになるのだったか?
いかん、いかん。まるで、俺が貴族だったら、ヴィットーリアと付き合えるかも、みたいな思考の流れじゃないか。
今は、そんな事を考える暇はない。
俺の後継者を探しておけ、とエヴリーヌは言ったのだったな。
今の所、ヴィットーリアや俺を転生者と疑ってはいなさそうだが、俺の助言が主人を助けていると睨んだか。
さては、女帝ルートのクリアを待たずに引き剥がすつもりか。どうやって?
くうっ。エヴリーヌの中身は、なかなか賢そうだ。
何とか抵抗しなくては。




