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20 閑話休題 スチュワードの見解 前編

 姉とは、横暴な存在である。

 昔から、年上を(かさ)に着て、学校で習った問題を俺に出したり、あれこれ命令したりしてきた。

 幼い俺が問題に答えられないと、馬鹿にするのだ。まだ習っていないのに、答えられる訳がない。


 長じて周囲に聞いてみると、兄姉を持つ者は、多かれ少なかれ同様の被害に遭っていた。

 逆に、弟妹を持つ者は、年上であることを理由に、親から理不尽に我慢を強いられた経験を語るのだ。


 彼らは彼らで苦労があった。それぞれ、上の立場には逆らえないと理解した。

 だからと言って、(しいた)げられた記憶が、塗り替えられはしないのである。


 本を読んで感想を言わされるのも、姉から課された苦行の一つだった。

 後から思えば、体験を共有したかったのだろう。自分が読んで面白かった本を俺に読ませ、内容を質問したり、感想を言わせたりしたのだ。


 幼い俺が読み通すには長すぎる話、読めない漢字だらけの話、その上読了期限まで設けられて、質問に答えられなければ責められる。苦行以外の何物でもなかった。


 そのうちゲーム機器を買ってもらった姉が、本からゲームへ主戦場を移したのは、俺には幸いだった。

 俺は、相変わらず負け続けだが、様々な対戦ゲームに付き合わされた。


 興味の持てない本を読むよりは、よほどましな環境だった。費やす時間が短くて済む。


 「姉弟で仲良く遊ぶのよ」


 という両親からの条件にも(かな)っていた。(もっと)も、当時の俺は、そんな条件があったこと自体を知らなかった。(ずる)い姉が、教えてくれなかったのだ。


 初めは対戦型ゲームで勝って優越感に浸っていた姉は、そのうちRPGゲームにハマった。俺は用済みになった。

 筈だった。


 「ねえ、ちょっと。これ、倒しておいてくれない?」


 「え、何で?」


 いきなり途中から交代させられても、ボタンの使い方すらわからない。俺は、四苦八苦して、姉の求めに応じた。


 RPG型のゲームは、目的を果たすために必要な強さがあって、その強さを得るために、地道な努力が必要なのだった。

 姉は、その努力をする部分をすっ飛ばして、派手な部分だけを味わいたいタイプであった。


 初めは、どうしても倒せない敵を倒すためのレベル上げで済んでいた作業は、すぐに範囲を広げ、俺からしたら、どちらがゲームをクリアしたのかわからないほどの分担割合となった。


 『ダイス 愛と野望の渦』は、そうした代行作業の最後となったゲームである。

 この頃には、ほとんどの部分を俺が担い、姉はストーリーの要所要所を押さえる程度となっていた。


 人に勧められて買ったものの、趣味が合わなかったと見える。その頃の姉は今で言う乙女ゲームにハマっていて、それもイチャイチャラブラブみたいな、激甘系を好んでいた。


 『ダイス』は、もしかしたら男性向けだったかもしれない。恋愛よりも駆け引きが多く、女性キャラの造形が、何となくエロかった。基本的に皆巨乳である。


 割と()()なキャラは、聖女候補の双子姉妹と、お子様の王女ぐらいだった。


 あまりやる気のない姉は、その割に各ルートの詳細を知りたがり、俺は時に怒られながら、クリア寸前までプレイしたのだった。

 もしや(すす)めた人が、男性だったとか? もう真相はわからない。


 『ダイス』の後、姉がスマホゲームにシフトして、俺は今度こそお役目から解放されたのだった。

 反動で、俺はゲームをしない人間になった。


 だから、あれが俺の人生最後にプレイしたゲームと言えば、そうである。そこから死ぬまでに大分期間があったのだが、生きている間、特に思い出すこともなかった。


 前世の記憶を思い出した時、よくもすぐに見分けたものだと、我ながら感心する。



 目の前を、何か光る物が横切った気がした。硬い物が、石畳を跳ねて転がる音も、聞こえたように思う。

 いや。あれは、ダイスの転がる音だったかもしれない。頭の中に、赤い一の目が浮かんだ記憶も、ぼんやり残っている。


 だが俺の視界を奪ったのは、突如現れた美少女だった。

 艶やかな暗色系の髪を長く(なび)かせ、軽やかに駆ける彼女は、地上に舞い降りた天使そのものだった。


 「ヴィットーリア=ピッチェ?」


 口が勝手に動いた。そして、俺はゲーム『ダイス 愛と野望の渦』の世界に転生したことに、気付いたのだった。



 ヴィットーリアは、俺を拾って家に置いてくれた。彼女に会う前、俺がこの世界でどのように生きてきたか、その頃はまるで思い出せなかった。前世の記憶が大量に流れ込み、そちらの処理に手一杯だったのだろう。


 彼女を覚えていたのは、ゲームの悪役のうち、最も出現率が高かったからである。

 メインルートの王太子の婚約者で、同じく攻略対象である騎士団長の妹なのだ。他の攻略対象も王弟や宰相、隠しルートでも相手が国王だから、基本的にどこにでも現れると思って良い。


 王太子と騎士団長ルートのように、メインで悪役を張らなくとも、他の悪役令嬢に加勢して、ヒロインの邪魔をするのであった。

 見た目こそ美しくても、性格は最悪、という設定である。


 初対面は、ゲームが開幕する以前であった。俺の主人となったヴィットーリアは、既に悪役の片鱗(へんりん)を見せていた。


 大体が、街の裏通りにある私の居場所にまで出張ってきたのは、王太子から贈られた装飾品をぶち壊したからなのである。


 繊細な造りとはいえ、金属製品だ。簡単に壊れるような代物ではあるまい。

 彼女はヒステリックで、乱暴で、我が儘なお嬢様として、多くの召使には恐怖の対象であった。



 ピッチェ家に引き取られ、ヴィットーリアを間近で観察する機会に恵まれると、彼女が荒れる原因が見えてきた。


 まず、彼女は生まれて程なく、母を失っていた。ピッチェ家は軍人家系で、男尊女卑の気風が特に強い。

 彼女の上には兄が二人、家族は男ばかりとなった。


 父のアキレオは再婚せず、ヴィットーリアの家庭教師として、王太后の推薦したカミッラ=カデンツァをつけた。 彼女は四大公家の一つ、カドリ家の係累(けいるい)であり、厳しい指導で知られていた。


 軍務卿のアキレオは、新入りの軍人を鍛えるような感覚で、家庭教師を選んだのだろう。乳母は母親の死と共に、退職していた。どちらの意向だったかは、不明である。


 カミッラは、ヴィットーリアを導く唯一の存在であると同時に、彼女にとって最も身近な絶対の権力者となったのである。


 幼いヴィットーリアには、はっきり言って不向きな人選だった。

 初めて習う事どもを、最初から完璧にこなせないのは、当たり前である。失敗を繰り返して、徐々に覚えていくものだ。


 カミッラは、初回であろうと、完璧以外を認めなかった。

 大小問わず、失敗には罰を与えた。その結果上手く出来たとしても、当然のこととして、褒めない。


 王太后の推薦という鳴物入りで、王太子妃となる四大公家の家庭教師に就任したのである。カミッラにも気負いがあったと思われる。


 ついでながら独身の彼女は、次男のブルーノ=ピッチェに思慕を抱いていた。彼は、近衛隊長を務める眉目秀麗な男である。

 ブルーノには既にマリア=カディスという婚約者がおり、彼女もまたカドリ家に連なる家柄で、カミッラとも知り合いだった。


 マリアとブルーノは淡白な関係だが、信頼し合っているのは、俺から見ても分かる。またブルーノは、よそ見をするタイプでもない。


 婚約者同士の交流が行われる度に、カミッラの嫉妬心は(あお)られた。

 そういう日は、ヴィットーリアに特に厳しく当たるので、屋敷に仕える者は、彼女の思慕に気付いていただろう。


 ヴィットーリアがカミッラを見習って、気に入らなければ荒れるようになるのも、道理であった。

 ピッチェ家には、彼女の普段の生活を監督し、必要に応じて諌める立場の人間が、存在しなかった。


 子育て経験のない俺でさえ予想できる不良娘コースのテンプレに、彼女は(はま)りつつあった。

 行き着く先は、処刑やお家断絶である。


 ゲームをプレイしている時には、ヒロインの恋を盛り上げる彩り程度に考えていたが、実際目の当たりにすると、結末を知りながら見過ごす罪悪感が、芽生えてきた。

 それに、一家滅亡となったら、俺にも被害が及ぶ。


 そこで俺は、前世を引き合いに忠告したのだった。

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