19 そこに愛はありますの?
私たちは、慌てて席を立ちましたわ。
国王陛下は、構わないと言うように手を振りましたが、まさか座る訳には参りませんわよね。
礼を取って頭を下げましたの。
「陛下。このようなところまで、どうなさいまして?」
王妃陛下が口を開きます。オリーヴィア殿下を見れば、おおよその予想はつきますが、確認と申しましょうか。
国王陛下に説明を求める役は、この方を置いて他に、ございませんものね。
「うむ。オリーヴィアが、エヴリーヌ嬢と遊びたいと申した故、王妃と茶会中であると諭したのだが、聞かずにここまで来てしまった。邪魔をした」
王妃陛下にお答えしたのでしょうが、その目線は、ほぼエヴリーヌのお胸の辺りを彷徨っておられましたわ。
二人の子の父とも思えない美中年は、まだ色恋のくびきから逃れられませんのね。
これも、ゲームのシナリオ強制力でしょうか。
「それでは、私はここで失礼して」
「オリーヴィア。ご一緒して、皆にお茶会の作法を見てもらいましょうか」
辞去の挨拶を言いかけるエヴリーヌを制し、王妃陛下が仰いましたの。その言葉のおわらぬうちに、優秀な女官たちが、王女殿下の席を作りました。殿下は嬉しそうに、着席なさいました。
「姉様のお席は、どちらですか?」
左右の椅子を指し示します。王妃陛下の指示に従い、私とエヴリーヌは着席しました。
そうですの。国王陛下の席が、ございませんの。
わざとですわ。王妃陛下の指示で、女官たちが、わざとお席を用意しなかったのですわ。
私に責任はない筈ですのに、冷たい嫌な汗が、滲むのを感じますわ。
「陛下。ここまでオリーヴィアを送り届けてくださって、ありがとうございました。後は、女同士、仲良く致しますので、陛下は少しでも、体をお休めくださいまし」
ゆったりとした笑みを浮かべる王妃陛下からは、労りしか見えませんけれども、私にはわかります。
怒っておられますわ。
「しかしローザ」
「お父様。女同士の内緒話を邪魔しては、いけませんのよ」
オリーヴィア殿下が止めを刺しましたの。王女殿下も、エヴリーヌさえいれば、国王陛下はご不要のようでした。
娘に見捨てられて、傷ついた顔をなさる陛下を見ましたら、少しだけ同情の念が湧きましたわ。
ですが、陛下も殿下を口実に、女の園へ乱入したのです。おあいこですわね。
オリーヴィア殿下のお陰で、その後のお茶会の苦痛が軽くなりましたわ。
厳しい王太后様の下で、常日頃から立ち居振る舞いを見られる殿下は、お若いながらマナーが完璧でしたの。
私が同じ年齢の頃、とてもこのようには振る舞えませんでした。
所作には問題ありませんけれども、王女殿下のエヴリーヌへの傾倒ぶりは、気になりましたわ。
こちらへいらしたのも、国王陛下ではなく、殿下が彼女を追い求めたのが原因ですわよね。
オリーヴィア殿下を介して、初めはエヴリーヌに悪感情を抱いていらしたと思しき王妃陛下も、段々彼女に心をお許しになられたように感じられましたの。
こうなりますと、王家の方々をこれほど虜にするエヴリーヌに、私の心が一ミリも靡かない事実の方が、不思議ですわ。
ゲーム上、ヒロインから敵認定されると、籠絡できない仕組みにでも、なっているのでしょうか。
そうだとすれば、裏切りの心配だけは、しなくても済みそうですわね。
人を平気で騙すようなヒロインも、嫌ですけれど。舞台でも、主人公が卑怯な振る舞いをしたら、観客に嫌われますわね。
お茶会もお開きになった帰り際、エヴリーヌが私に耳打ちしましたの。
「近々、セバスティアーノが故郷へ戻るかもしれませんわ。彼の後任を探した方がよろしくてよ」
「ですから、セバスティアーノという人は存じませんの」
私が言い返した時にはもう、彼女はオリーヴィア殿下と一緒に離れておりました。
帰宅後、時間を見つけてスチュワードを呼び出しましたわ。
「女性同士でもイベントが発生するなら、教えておくべきだわ。王妃陛下のお茶会にまで、エヴリーヌ嬢がいたのよ」
「とうとう、お前も名前で呼ぶようになったか。王太子ルート攻略が本格化したかな」
スチュワードは呑気な態度です。私は、エヴリーヌが名前で呼べと言うから、努力して口慣らししておりますのよ。名前呼びをしないだけで、冷たくされたと訴えられては、堪りませんもの。
このような小さな過失から足を引っ張られることは、ゲームでなくとも、貴族社会ではよくあることですわ。
「リベリオ様の姿は、全然お見かけしなかったわ。いらしたのは、国王陛下と王女殿下よ」
「国王が?」
スチュワードが顔を強張らせました。王太子、騎士団長、宰相、王弟、と口に出しつつ、指折り数えます。
私は、エヴリーヌの嫌味も教えてやりましたわ。すると、スチュワードは青くなりましたの。
「マジでやる気か、あの女」
私は、スチュワードがエヴリーヌをあの女呼ばわりしたことに、スッと胸がすく思いがしましたの。いけませんわね。淑女らしくありませんわ。
彼が私の元を去る心配が、どうしても抜けなかったのです。ですから、彼がエヴリーヌをどのように考えているかを知って、安心したのですわ。
「彼女は、何をするつもりなの?」
私は安心感から、気軽に尋ねました。スチュワードは、相変わらず青い顔をしたまま、こちらを向きました。
その目に宿る影は、私を再び不安に陥れました。
「エヴリーヌ=ベラムールは、女帝ルートを攻略している。これが達成されると、俺は多分、褒美としてヒロインに差し出される」
「何ですの、それ?」
スチュワードが言うには、攻略対象全部を手に入れる、女帝ルートがあるそうなのです。
先ほど指折り数えた、国王陛下、王弟殿下、王太子殿下、宰相様にアルフォンソ兄様、つまり騎士団長のことですわ。
彼らを従えて、ヒロインが頂点に君臨する結末ですのよ。王配が複数いる状態でしょうか。東洋の風習になぞらえて、逆ハーレムとも呼ぶそうです。
そして、ヒロインが女帝ルートをクリアすると、お助けキャラクターであったセバスティアーノが、実は高貴の生まれであったことが発覚し、攻略済み扱いで手に入れることができるとか。成功報酬とか言っておりましたわね。
エヴリーヌの主張では、スチュワードは本来セバスティアーノになる筈だったので、女帝達成の暁には、彼女の元へ行かねばならない、かもしれないのです。
よくわからなくて何度か聞き返したのですが、女帝ルートの最後で、ヒロインが誰を結婚相手に選ぶかによって、結末のエンディング場面というものが変わってくるのだそうですの。
確かに、国王陛下を伴侶にするのと、騎士団長を伴侶にするのとでは、その後の生活はずいぶん違うでしょうが‥‥そのような話は、どうでも良いのですわ。
女王でなく、いきなり女帝ですって?
「簡単に言えば、王族と結婚すればジョカルテ王国が継続するが、それ以外だと国の名前が変わる」
「それは、内乱なのでは?」
思わず声を顰め、周囲を窺ってしまいましたわ。
大丈夫、誰も聞いていない筈です。もし聞いていても、ステラやマルツィオは、忠実な召使いですし、私たちの会話にも慣れています。
王宮へ注進に及ぶことはないでしょう。多分。
「そういうことだ。そして、女帝ルートの場合、お前と王妃は死ぬ。ほぼ、処刑だ」
スチュワードは、淡々と語りましたが、顔色は青いままでしたわ。
「離婚とか、婚約解消とかでは、ないの?」
王の離婚など、聞いたこともありませんが、殺されるくらいなら、王妃陛下も離婚を承知するでしょう。
私にしても、リベリオ様自身や王太子妃の地位に、未練はありませんわ。他へ嫁ぐでも、修道院入りでも、お父様の指示に従うつもりです。
婚約者が邪魔なら、解消でも破棄でもすれば良いのに、殺すのですか?
「その、女帝ルートを達成させなければ、王妃陛下も私も死なずに済むのですよね?」
「女帝ルートは難易度が高い分、複雑なんだ。ヒロインがルートクリアできずとも、達成度や条件によっては、エンドの時点で死人が出ることは、あり得る」
要するに、攻略対象者を一人見逃した程度でしたら、私が死ぬ未来は変わらない、という意味ですわよね。
「では、確実にエヴリーヌ嬢を潰さなければ。スチュワード、私に協力してくれる? 女帝の婿になりたいなら、今のうちに退職‥‥」
結婚は契約ですもの。スチュワードがエヴリーヌを嫌いでも、夫となって権力を振るうことはできますわ。ここで主人として、度量の広いところを見せておけば、最後に死なずに済むかもしれませんもの。
「俺は残るよ。ヴィットーリア=ピッチェ」
スチュワードが言いました。
「俺がセバスティアーノなら、最後まで死ぬことはない。だから、好きな方に付くさ。あのヒロインの中身は、気に入らない。おっ、大丈夫か? 顔が赤くなってきたぞ。茶会で疲れたか」
「心配ないわ」
きっと、安心して気が緩んだのですわ。それに、好きな方というのは、恋愛的な意味ではありませんわね。
これから生死を賭けた戦いをするのに、愛だの恋だのに囚われては、判断を誤りますわ。