16 あらあら、嫉妬はみっともないですわよ
「両陛下が、貴女を連れて行くよう命じたのだ」
リベリオ様が、渋い顔で私に言い訳しました。
私たちは、馬車に乗って、フィオリ家の領地へ向かっておりましたの。
ソローアモ王国と取引する、貴重な鉱石の出る山を視察せよ、との陛下の仰せですわ。
「お声がけいただいて、嬉しいですわ。鉱山を見るのは、初めてですもの」
私は、敢えて婚約者の言葉を無視して笑顔で返しましたわ。
リベリオ様が、ベラムール嬢とお出かけしたかったのは、聞くまでもありませんでした。この視察ならば、取引相手の彼女を誘っても、自然ですものね。
両陛下は、王太子殿下の下心に気付いて、牽制したのかもしれませんわ。
そのお心遣いは、ありがたいことです。ですが、肝心のリベリオ様のお心は、他所へ行っておられますので、道中の馬車では気まずかったですわ。
今日は王家の御用なので、お供は全て王宮の人なのです。
鉱山は、すでに採掘が始まっており、鉱石を運び出すための道も整っておりました。
ですから私たちは、馬車で山道の大部分を登ることができましたの。山歩き用に、歩きやすい靴や服を身につけてきた私は、少し拍子抜けしましたわ。
それでも、剥き出しの土を均しただけの道は、小さな凸凹と小石の散らばった歩きにくさで、磨かれた大理石の床や、敷き詰められた石畳とは違いましたの。
馬車を降りた時、他にも馬車があったことには気付いておりましたが、現場に到着して、ベラムール嬢の姿を見出した時には、声を上げるところでしたわ。
彼女は宰相様に招待されたようでしたの。他に、外務卿の娘であるプリシラ=カドリも一緒でした。プリシラが、私を見てほっとした顔をしたのも、意外でしたわね。
「エヴリーヌ嬢、先日は‥‥ここでお会いできるとは、思わなかった」
リベリオ様の不機嫌は、一瞬にして晴れましたわ。
ベラムール嬢は、このような山中でも、お胸の開いたドレスを着ていたのです。プリシラでさえ、かなり地味ななりをしていたというのに。
三人の令嬢が並ぶと、まるで私たちは、ベラムール嬢の引き立て役でしたわ。そのむっちりとした白い双丘が、虫に喰われて痒くなれば良いのですわ。
「リベリオ殿下も、ご視察ですのね」
ベラムール嬢は、どさくさに紛れて、私の婚約者を名前呼びしましたの。プリシラが、ハッと私を見て、慌てて目を逸らしましたわ。
私、何か顔色に出しましたかしら?
この間のお忍びデートとやらで、二人が接近した様子から、互いに名前で呼び合うくらいのことは、予想しておりましたわよ。
大胆にも、婚約者と第三者の面前で呼び交わすほど、頭がお花畑とは思っておりませんでしたが。
この分では、二人きりの時には、エヴィとか、リオ様とか、その他ムカムカするような呼び方をしているかもしれませんわね。
せめて、人前では控えて欲しいものですわ。
「ようこそ、王太子ご夫妻」
そこへ割り込んできたのは、ガイオ=フィオリ宰相でした。彼は、ベラムール嬢の背中に手を回すようにして、私たちの前に立ちましたの。
「まだ、婚約中だぞ、ガイオ」
リベリオ様のご機嫌は、またも下降しました。宰相様とベラムール嬢の距離が、お気に召さなかったようですわ。
「うっかりしました。いずれ近いうちに、そうお呼びするつもりでしたので」
宰相様は、しれっと言い放ちましたの。若干、王太子殿下に対する敬意が欠ける気はしますけれども、リベリオ様の物言いや態度を、さりげなくたしなめたと考えれば、納得ですわ。
「本日は、将来の国王の元、ジョカルテとソローアモ両国の交渉が円滑に進むことを願って、皆様を招待いたしました。どうぞ、存分にご覧になってください」
宰相様は、そう仰いましたが、鉱山の見所は、さほど多くありませんの。それがわかったことは、収穫ですわね。
鉱石を掘り出すために山を削っているので、景観の楽しみはありません。坑道を降りるのは、危険ですので、外から人が出入りするのを、眺めるより他ないのです。
掘り出した鉱石の違いは、素人目にはわかりませんわ。
「景観の回復を願って、エヴリーヌ嬢が植樹を申し出てくださったのですよ。末永いお付き合いを考えてのご提案に、感謝しております」
宰相様は、うっとりとベラムール嬢を見つめながら、褒め称えます。お胸から懸命に視線を外そうとなさる努力が感じられて、そこは好感が持てますわね。
「育つまでの手入れは、こっちで担うのよね」
プリシラが小声で毒づきましたが、宰相様にもベラムール嬢にも届かなかったようです。
「エヴリーヌ嬢、そちらに段差がございます。お気を付けください」
「ありがとうございます、ガイオ、あっ、宰相様」
「どうぞ、ガイオとお呼びください」
案内を務める宰相様は、ベラムール嬢を一番気にかけているように見えましたわ。
彼女が転ばないよう、手取り足取り、側に付ききりでしたもの。
そもそも、彼女の格好が山歩きには向いていないのですわ。たとえそぐわない服装で訪れたとしても、外国からの賓客に、怪我をさせては大問題です。
「フィオリ様、あちらの煙は、何ですの?」
プリシラの声には、苛立ちが隠せません。無理もないことです。
彼女は、宰相様の後妻を夢見ているのですもの。亡くなった奥様を想って独り身を通す彼を尊重して、遠くから見守っているのに、目の前で他の令嬢と親しげにされては、面白くありませんわね。
「ガイオ。この距離で見えるということは、相当な量が上がっているのではないか。周囲の環境や、働き手の体に悪影響が出そうだぞ」
ここにも機嫌の悪い方がおりますわ。
リベリオ様です。
初めのうちは、ベラムール嬢の揺れるお胸を堪能しつつ、どうにかご自分を抑えていらしたのですが、宰相様があまりに彼女の世話を焼きすぎるので、我慢できなくなってしまったようですわ。
二人きりの時ならともかく、第三者の目がある場で、婚約者を前に取るべき態度ではありませんわよね。
感情を露わにし過ぎですわ。
幸いにも、宰相様もプリシラも、それぞれのお相手に夢中で、リベリオ様の機嫌には頓着なさいませんでしたわ。
ええ。はっきり言って、宰相様は、ベラムール嬢に惹かれておいででした。
そして、私の婚約者もまた、彼女に傾倒しておりましたの。
これが、ヒロインの力なのですね。
悪役令嬢の力の方は、ちっとも感じませんのに、不公平なことですわ。
帰宅して、スチュワードに視察の話をしたら、驚かれてしまいましたの。
「銅鉱山のイベントは、宰相ルートの筈だ。悪役令嬢になるプリシラもいた訳だし」
「リベリオ様から、乗り換えたとか?」
「一旦ルートに入ったら、他ルートのイベントなんか入り込む余地は‥‥まさか」
「まさか?」
「いや、まだわからない。しかし、ヒロインも転生者なら、あるいは」
スチュワードは、一人でぶつぶつ呟きます。私は彼を覗き込みました。
「あるいは?」
「うおっ。近過ぎるぞ。お前、胸筋が発達しているんだから、距離に気をつけろ」
スチュワードは勢いよく飛び退きましたの。なかなか素早い動きでしたわ。護衛の訓練も、着々と身につけているようですわね。