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12 そんな風に使うものでしたのね

 聖女様との面会を終えて間もなく、今度はプリシラ=カドリに呼ばれましたわ。貴族は忙しいのですわ。


 カドリ家にお邪魔したのですが、珍しく二人きりのお茶会でしたの。タマーラとティーナが神殿へ上がってからは、賑やかしのお友達を呼んでおりましたのに。


 それに、邸内の私室のような部屋ですのに、布を羽織(はお)って、外出するような格好でおりましたの。


 「ヴィットーリア様は、その従僕をお連れなさったのですね。スチュワードでしたかしら?」


 スチュワードを見て、意味ありげに微笑みますの。何だか不気味ですわ。スチュワードも、さぞかし落ち着かないのではないかしら。


 「ええ。近頃では、護衛の鍛錬と、執事の勉強もしているのよ。リベリオ様と結婚した後、王宮に置けるものか、根回ししようと思っているところですの」


 私が拾った子供は、優秀でした。本当に、良い拾いものをしましたわ。


 「侍女は連れて入れるけれど、王太子妃のお付きに執事など、寡聞(かぶん)にして聞きませんわね」


 プリシラは同意して、急に席を立ちましたの。私も急いで(なら)おうとするのを押し留めます。


 「はしたないと仰らないでね。ヴィットーリア様だから、お見せしますのよ」


 羽織った布を外しますと、下からイブニング仕様のドレスが現れました。それも、大胆に胸元が開けられたデザインで、今にもプリシラの胸が(こぼ)れそうですの。

 プリシラの胸は、これほど盛り上がっていたかしら?


 ふと見ると、スチュワードが横を向いておりましたわ。昼間から肌を大胆に露出させられて、目のやり場に困ったのですわ。


 気付けば私は席を立って、プリシラの側へ寄り、まじまじと胸元を眺めておりました。この度は、彼女も制止しませんでしたのよ。


 「このドレス。ソローアモの新作かしら?」


 「実は、そうですの。ヴィットーリア様なら、見抜いてくださると思っておりましたわ」


 得意げにプリシラが胸を張ります。私は、胸がぽろりと落ちてしまうのではないか、とひやひやしましたが、そのような事は起こりませんでしたわ。


 「このドレスは、エヴリーヌ様の発明された、胸当てを付けて、初めて着られるのですよ」


 「もしかして」


 私は即座に思い出しました。アルフォンソ兄様の手に握られた、ふんにゃりとしたパットの存在を。

 ベラムール嬢は、プリシラにもあれを贈っていたのですわ。それも、名前呼びするほど親しくなっているようでした。


 「もしかして、ヴィットーリア様も、お気付きになられなかったのですか?」


 プリシラは、勝ち誇った笑みを浮かべました。私は、彼女に負けたことを悟りましたの。


 「まだ、わかりませんわ。どうか、教えてくださらない?」


 悔しい思いはありますが、それよりも、どう挽回(ばんかい)するかの方が重要ですわ。わからないことは素直に認めて、敵に頭を下げることも厭わない。

 我ながら、大袈裟(おおげさ)ですわね。


 「このドレスの下には、エヴリーヌ様の胸当てを付けておりますの。特別配合の膏薬(こうやく)と布を合わせた品で、お肌にピッタリつきますから、見せたくない場所を隠したまま、思う形に仕上がりますのよ」


 「ヌーブら?」


 私はスチュワードを振り返りました。彼は、明後日の方向へ顔を背けたままでしたわ。


 「プリシラ様。差し支えなければ、その、中身がどのようになっているのか、拝見したいのですが」


 彼女の笑みはそのままに、ほんのり頬を赤らめました。


 「残念ですが、ヴィットーリア様のお願いでも、それは難しいですわ。ご帰宅後にお試しなされば、ご理解いただけますわ。もし、膏薬が乾いてしまったら、水で湿らせれば復活するそうですのよ。それから、ダンスのように激しい動きには、まだ対応できないそうですから、お気をつけ遊ばしませ」


 そう言って、布を羽織ってしまいましたの。


 それからお茶をご馳走になりましたけれども、プリシラがしょっちゅう肩布を直して、その度に盛り上がった胸が露わになって、スチュワードが目を逸らしますので、落ち着かない場でしたわ。


 プリシラは、相変わらず王太后様の元へお呼ばれしているようで、王宮の噂なども話してくれましたの。

 最近、国王陛下とジェレミア殿下が珍しく言い争ったとか、王妃陛下のご機嫌が麗しくないとか、些細な事を大袈裟に話すのが常ですわ。


 「そうそう。宰相様が、エフェドモン草の販売を、当家に任せてくださったの。これで次の流行期には、薬を一気に行き渡らせて、がっぽり儲け‥‥被害を食い止めることができますわ」


 「フィオリ宰相も、次への備えが固まって、さぞかしプリシラ様に感謝なさったことでしょう」


 そのアイデアは、私が彼女に示唆したことですが、行動に移した事は、褒められるべきですわ。


 「そうだったかしら。あっ。ガイオ様の領地で見つかった鉱石も、ソローアモへ輸出となると、港まで運ばなければなりませんわね。その辺りの契約も、ソローアモとなさるのかしら」


 プリシラは、どさくさに紛れて宰相様を名前で呼びましたけれども、きっとご本人とはそのような仲ではない筈です。


 彼は、若くして亡くなった奥方一筋で、再婚の話も断っているのですから。彼女が好きな人の名前を口にするだけで幸せそうになるのを見て、私は揶揄(からか)うのを止めましたわ。


 国と国との契約に、プリシラが首を突っ込む余地はありませんわ。カドリ家で鉱石の輸送を担うとしても、そこは当主同士で話をつけるでしょう。


 「スチュ。パットの件なら、ステラと色々試してみるから、心配ないわ」


 帰りの馬車で、スチュワードが沈んだ様子でしたの。てっきり、ベラムール嬢からの贈り物の価値を、見抜けなかった後悔と思いましたの。

 女性用の下着について、彼が知らなくとも、恥ではありません。無論、勉強している者もおりますけれど。


 「そうではなくて。お嬢様、これまでベラムール伯爵令嬢と、二人きりで話したことは、ありませんね?」


 「ないわ。スチュ、敬語禁止」


 「失礼しました。今後、ベラムール伯爵令嬢から、転生者の話題が出ても、俺の事は黙っていて欲しい」


 思いもかけない話を持ち出されて、私は混乱しましたわ。何故、ベラムール嬢から転生者の話が出るのでしょうか?


 「ゲームのヒロインが転生者というパターンは、よくあるんだ。そして、悪役令嬢が転生者という話は、もはやテンプレだ。もちろん、お前は違う訳だが」


 スチュワードは、話を続けますが、余計にわかりませんわ。私には、前世の記憶など、ありませんことよ。テンプレって何ですの?


 「つまり、ベラムール伯爵令嬢が転生者かもしれない、という話」


 「まあっ。それなら、彼女も『ダイス 愛と野望の渦』のシナリオを知っているのね。皆が幸せになれるように頼めるわ」


 スチュワードと彼女を引き合わせれば、万事解決です。私は嬉しくなって、馬車の中で立ち上がるところでしたわ。


 ですが、スチュワードは首を振りました。


 「そう簡単にはいかない。ヴィットーリアは、本来悪役令嬢だ。俺は、お前の味方をして、既にシナリオを改変してしまった。それによって、ヒロインは見せ場を失っている。彼女にとって、俺とお前は敵だ。それに、ヒロインの人生がかかっている。誰でも好きな結婚相手が選べる立場にいるのに、敵の頼みを聞いて、大して好きでもない男と結婚するお人好しはいない」


 「アルフォンソ兄様は、良い夫になれますわ」


 貴族の結婚に、本来は恋愛要素など入り込む余地はないのです。結婚は、家と家との契約なのですから。伴侶となる相手が、美形だったり優しかったりすれば、儲け物なのですわ。


 ベラムール嬢の場合、攻略対象を夫候補と読み替えても良いでしょう。国王陛下には正妃、王太子殿下には婚約者がいて、宰相様には後妻の口ですわ。

 王弟殿下と騎士団長のアルフォンソ兄様では、兄様が一見不利ですね。


 ですが、王弟殿下はあくまでも陛下の陰にある立場に対し、兄様はピッチェ家次期当主なのです。四大公家の夫人として、表立って活躍できますわ。子供を作るにも、遠慮は要りません。


 スチュワードは異世界から転生してきて、この世界の常識をまだまだわかっていないのですね。


 「だから、向こうが、お前の言うなりになる義理は、ないんだって」


 スチュワードもまた、私に教え(さと)すように言いました。私も、今一度考え直して見ましたわ。

 仮に、スチュワードとベラムール嬢がゲームの話で意気投合したとして、彼が脇役の悪役令嬢からヒロインへ鞍替えしないとも限りません。


 それに、先ほどスチュワードが言ったように、私はヒロインがまるっと解決する筈だった、クオリ姉妹の問題を、先取りする失敗をしてしまいました。

 解決したのは彼女たちですけれど。ベラムール嬢が、私の主張を素直に聞いてくれる保証は、ありませんもの。


 あの贈り物の説明をしてくれなかったのも、シナリオ通り、私に意地悪をさせるためだった、とも考えられますわ。

 あちらが既に敵認定を済ませたなら、こちらの手の内を明かすのは、愚の骨頂(こっちょう)ですわね。

 ここは、彼の言う事に従って、引き続き味方につけておくべきですわね。


 「わかったわ。どうすれば、良いのかしら?」


 私は改めて、スチュワードに教えを請いましたの。


 「俺が転生者であることは、秘密にする。『ダイス 愛と野望の渦』というゲームは知らない。攻略対象、イベントという単語を使わない。ヒロインや悪役令嬢は、小説や演劇の話で誤魔化せるから、あまり意識しない程度で良い。過剰に反応する方が、怪しまれる。少なくとも、エヴリーヌが誰かと結婚するまでは、これを守って欲しい」


 スチュワードは、具体的に教えてくれましたわ。でも、気になる事がありますの。


 「ベラムール伯爵令嬢が、アルフォンソ兄様と結婚したいと思ってくれたら、応援しても大丈夫よね?」


 スチュワードは、私の期待に反して、首を捻りました。


 「どうだろうな。邪魔をした方が、感謝されるかもしれない。アルフォンソ様には嫌われるとしても」


 兄様に嫌われるなどとは、想像もつきませんわ。ですが、この間のお茶会のように、二人を近付けようと協力したつもりでも、意地悪と思われるのでしたら、何をしても一緒ですわね。

 好きなようにさせてもらいましょう。

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