11 まだまだ修行が必要ですわね
聖女様から、ご下問が。私は身が強張るのを感じました。
「緊張なさらないで」
「私たちの話を、お確かめになりたいだけですの」
タマーラとティーナが、宥めるように声を掛けてくれました。
嬉しくもありますが、私の緊張を解くには至りませんでしたわ。彼女たちを証人として、一種の尋問が行われるのだ、と気付いてしまったのですもの。
「この二人が」
ソフィーア様は、私の内心を見通されたに違いありませんが、素知らぬ風で話を続けます。
「同時に聖女となることで、力を発揮すると導いてくれたのは、ヴィットーリア嬢と聞いています。どのようにして、貴女はその事を知ったのか、教えてください」
見上げた聖女様の目が、異様に光った気がしましたわ。私はその目から逃れることができませんでしたの。
頭の中が、ぐるぐると回って、部屋もぐるぐると回りだしたのですわ。
二人が同時に聖女となる事は、スチュワードが教えてくれたのです。
ゲームでは、ヒロインが指摘するところを、うっかり私が喋ってしまったせいで、何かシナリオが消滅したとか、言っていましたわ。
そんな失敗を、姉妹の前で打ち明けるのは、恥ずかしいですわ。第一、この世界がゲームだなんて話、私に上手く説明できる自信はありませんもの。
それに、二人とも私のせいにしていますけれども、直接教えた訳ではありませんのよ。
確か、ちょっとした言い間違いを取り繕おうとして、その場凌ぎに口をついて出た言葉を、二人が良いように解釈しただけで、同時に聖女判定がなされたのも、偶然と聞いておりますわ。
「ヴィットーリア様、お気を確かに」
「気が付かれましたか」
いつの間にか、タマーラとティーナが、ソフィーア様の側を離れて、私を支えておりました。
私、僅かの間ですが、気を失っていたようですの。疾しい事をしたみたいで、恥ずかしいですわ。
「もう平気です。ありがとうございます。お見苦しいところを、晒してしまいましたわ」
「お気になさらず。大体の事情は理解しました」
ソフィーア様のお言葉に、私は再び気を失いそうになりましたわ。私、意識を失う間に、何を話しましたの?
それとも、聖女様のお力で、私の心を読み取られたのでしょうか。
タマーラとティーナの様子からすると、スチュワードの話は口にしていないようなのですが。不安ですわ。
「ヴィットーリア嬢は、舞踏会の後、ベラムール伯爵令嬢をお茶に招いたそうですね。差し支えなければ、その時のお話をしてもらえないかしら」
聖女様は、そんな事まで把握していらっしゃるのですね。これは、私がタマーラの密かな想いを裏切った責め苦なのでしょうか。
思わず見たタマーラの表情は、私を責めるよりも、ただ不安な様子でした。こうなっては、致し方ありませんわ。
私は、騎士団を見学した後、アルフォンソ兄様がベラムール嬢を招待した事から始めて、問われるままに、兄様と彼女が距離を縮めたこと、終わってから責められたことまで話してしまいましたわ。
「ヴィットーリア様にまで、あれを贈ったのですか。それは‥‥」
ティーナが呆れたように呟きました。パット、お胸の補強材ですわ。
言いにくいのですが、タマーラとティーナは、少々お胸がなだらかではありますの。でも、その控えめなところが、聖女らしい清々しさを強調して、決して欠点にはなり得ませんわ。
彼女の言葉からは、ベラムール嬢が、二人にもあれを贈ったことがわかります。
もし、聖女にそれが必要な場面があったとしても、初対面の贈り物としては、失礼ですわよね。
「補足しますと、あれはベラムール伯爵令嬢の発案による、新しいタイプの‥‥胸の保護具だそうですわ。ソローアモ商会で売り出す前に、いち早く皆様に試してもらおうと、用意したらしいのです」
ソフィーア様が、その場の雰囲気を察し、ベラムール嬢の弁護をします。彼女はこの場にいないというのに、公正なお方ですわ。
「そもそも、舞踏会に見習いの私たちが参加したのが、間違いだったのですわ。慣例にないことを、すべきではなかったのです。あの場にいなければ、あのような」
タマーラが、悲しげに言葉を切りましたのは、アルフォンソ兄様が、勇んでベラムール嬢へダンスの申し込みに出向いたところを思い出したせいですわね。
彼女への同情と、裏切ったという思いで、胸が痛みますわ。
そこで、はた、と気付きましたの。
「舞踏会に、見習い聖女の方は出席なさらないのが、慣例なのですか?」
聞くまでもありませんでした。聖女も見習いのうちは、世俗との関わりを極力絶たねばならないのです。
聖女様が舞踏会へお越しになるのも、珍しいこととは思いましたが、見習いの事まで考えておりませんでした。
「そうですわね。ソローアモ側から、多大なお心遣いがありましたので、神官長も無碍にできなかったのですね。タマーラとティーナが、ベラムール嬢と年が近いということもありましたので」
ソフィーア様は、苦々しいお心をにじませながら、内情をポロリとこぼしてくださいましたの。よほど、腹に据えかねたのでしょうね。聖女の後継者は、姪でもあるのです。
一方で、神官長が外務卿の要望を無視できなかったのも、わからないではありませんわ。
神殿も祈祷や聖女像などから収入を得ておりますけれど、寄付に頼るところも大きいのは、周知のことですもの。
まして、相手は国益に関わる外国の賓客。国際問題になっても、困ります。
「ベラムール伯爵令嬢は、神殿や聖女の事をよく勉強していらして、私たちに会いたいと思われた理由も、納得できましたわ」
聖女様は、神官長を批判したように取られては心外と思われたのか、ベラムール嬢を庇う発言をなさいました。
お立場上、公平な見方を保ったのでしょうが、見習いにその心を押し測るのは、難しかったようですわ。
「でも叔母様、いえソフィーア様。彼女の熱心さは、信仰心というよりも、好奇心からですわ」
思わず、と言った調子でタマーラが口を開けば、ティーナも同調します。
「そうですわ。私たちが聖女見習いになるのは、早過ぎるのではないかとか、同時に二人共聖女に選ばれるのは、普通では考えられない、どんな方法を使ったのかとか。ソローアモに聖女がいなくても、外務卿のお供としていらしたのですよね。言うべきでない事ぐらい、ご存知でしょうに」
姉妹は、二人で協力して聖女の役割を果たすことになっております。それを、一人では力が足りないから、などと揶揄する者は、残念ながら存在するのです。
彼女たちの耳にも、入ってしまっていたのですね。
ベラムール嬢が敢えて姉妹に聞かせた狙いはわかりませんが、外交上の作戦なのでしょう。ソフィーア様には、その辺りの事情もご存知のようです。
「まあまあ、二人とも。ベラムール伯爵令嬢は、きっと熱心が過ぎてしまっただけでしょう。ソローアモは、情熱を崇める国ですから。外務卿も、未だ情熱衰えない様子でいらっしゃるのですもの。ご息女が夢中になりやすい性質も、父方から受け継いだものと見えます。わざとではないのですよ」
二人を宥めましたの。悔しいでしょうが、姉妹が聖女となるには、まだまだ力不足なことは、明らかでしたわ。
どうやら私がお呼ばれしたのは、ソローアモ側から聖女候補の異例さを指摘されて、今一度、聖女判定の儀を洗い直すためのようでしたわね。
理由はどうあれ、タマーラとティーナが、元気で務めを果たす姿を間近に見られて、嬉しかったですわ。
聖女様との会見を終えると、待ちくたびれた様子のスチュワードが、慌てて帰りの支度をして出迎えるところを、目撃してしまいました。
こちらも従者として、まだもう少し修養が必要なようですわね。