10 着々と、悪役令嬢になりつつあるようですわ
ピッチェ家にエヴリーヌ=ベラムール嬢が来訪してからしばらくして、私は婚約者であるリベリオ様との定例お茶会に呼ばれましたの。
あれからアルフォンソ兄様とベラムール嬢の展開が気になって、リベリオ様のお相手どころではないのですけれども、彼女もお城に滞在しているのでしたわね。良い機会ですわ。
アルフォンソ兄様は、これまで恋愛経験など皆無でしたから、ベラムール嬢に上手く近付けないのでは、と心配なのです。
スチュワードには、警告されましたけれど、兄様が結婚すれば、ピッチェ家は安泰ですもの。
最悪、私だけが破滅したところで、四大公家は盤石ですわ。
もちろん、私も破滅するつもりはありませんのよ。
リベリオ様を待つ席へ案内されるまでに、ベラムール嬢もソローアモの外務卿も、お見かけすることは叶いませんでしたわ。
彼らも、仕事に来訪したのですもの。あちこち忙しく飛び回っているのでしょう。
アルフォンソ兄様とお出かけする暇は、ありませんわね。もしかしたら、仕事では顔を合わせているかもしれませんわ。
兄様は、騎士団長ですもの。護衛のお仕事なら、得意です。
仕事で格好良い部分を見せつけた方が、アルフォンソ兄様の魅力が伝わります。兄様は口下手ですし、女性を射止めるには、そういう方法が向いていますわね。
「過日、エヴリーヌ嬢が、ピッチェ家を訪れたと聞いたが」
開口一番、リベリオ様からベラムール嬢の名を耳にして、気分が悪くなりましたわ。
婚約者がいる身でありながら、他の独身令嬢を名前呼びするなど、王太子としての自覚に欠けますわよ。
もう少しで、口にするところでしたわ。そうしなかったのは、私の感情に驚かされたからですの。
自分でも意外でした。これは、嫉妬というものかしら?
私が、リベリオ様に対して、そのような感情を持つなど、思いもよりませんでしたわ。
リベリオ様は、物語に登場する王子様そのもののような外見です。婚約者として、お側で過ごすうちに、殿下に愛情を抱くようになったのでしょうか。手紙や贈り物もいくつか頂きましたし。
贈り物の品は高価でしたが、手紙から愛情を感じたことも、それほど親しく過ごした思い出も、ないような気がしますけれども。
「はい。左様にございます。騎士団の見学後、団長である兄が、我が家を案内いたしました」
「ほう。して、どのようであったのか?」
リベリオ様は、身を乗り出すようにして、尋ねますの。私の話などに、これほど興味を示したのは、初めてではないかしら。
私は、ここぞとばかりに、ベラムール嬢とアルフォンソ兄様が親しくなる過程を話して差し上げましたわ。
いつものお茶会よりも、よほど楽しく過ごせましたわ。時間の経つのが早く感じましたもの。
リベリオ様は、それは熱心に私の話を聞いてくださいました。私は紅茶が冷めぬうちに、お代わりまでしましたのよ。
「貴女は随分と、他国からの賓客に礼を失した扱いをしたのだな。エヴリーヌ嬢が寛大な女性であったことを、感謝すると良い」
散々、私から話を引き出しておいて、この感想です。リベリオ様の方が、よほど失礼ですわ。
それに、アルフォンソ兄様と同じ事を仰るのですね。
殿方には、私がベラムール嬢に意地悪したように見えるものなのでしょうか?
最後まで良い気分でいられなかったのは残念ですが、いつものことですし、今日は時間が早く過ぎたので、良しとしましょう。
迎えの馬車まで送られる途中で、ベラムール嬢を見かけましたわ。
アルフォンソ兄様とのことをお聞きしたかったのですが、遠くにいらした上に、お話中でしたので、遠慮しましたの。
まして、お相手が、ジェレミア王弟殿下ですもの。
とても楽しそうにお話しされていましたけれど、仕事のお話ではなさそうでしたわ。
遠くから見ても、お二人の距離が近過ぎるように感じられましたの。
仕事のお話でしたら、もう少し互いに畏まるものでしょう?
無論、両国の友誼のため、親しげに話す必要があることは、わかっております。
ですが、王弟殿下の体に気安く触れるのは、どうかと思いますわ。お側付きの者も、咎めないのですわね。
条約交渉が拗れるのを、恐れたのかもしれませんわ。
ティーナのことを思い浮かべると、どうにも落ち着かない気持ちになります。
二人を見かけて間もなく、神殿に行くことになりましたの。
聖女ソフィーア様から、お呼びがかかったのです。聖女様からお声がけをいただくなど、滅多にないことですわ。
こちらから面会をお願いするのが、普通ですの。
「これって、何かのイベントなの?」
私もスチュワードの使うゲーム用語に慣れてきて、つい自分でも使ってしまいます。
この世界がゲーム『ダイス 愛と野望の渦』のシナリオに沿って動いていると知るのは、彼と私だけなのです。
ゲーム用語を使うと、自分が物知りのような気持ちになれますわ。気のせいですわよね。自覚しておりますわ。
「イベントは、ヒロインにしか起こらない。メインストーリーの裏で、サブ以下のキャラに何が起きても、ヒロインに関わらない限り、俺にはわからない」
スチュワードは、不安そうです。彼の持つ知識は、エヴリーヌ=ベラムールの目を通して得たものですもの。偏りは、当然あるでしょうね。
神殿に参拝して顔を上げると、聖女様のお迎えが姿を現しましたの。私たちの到着を知らされて、待ち構えていたのですわ。
神殿に仕える神官には、武術に優れた者もおりますの。私たちを出迎えたのは、彼らでした。
彼らは、私たちを別々に取り囲むようにして、奥へ進みます。その途中、スチュワードだけ別室に案内されてしまいましたの。だから、私たちを別々に囲んだのですわね。
私は、密かに聖女との対面を楽しみにしていた彼の、がっかりとした顔を見送るしかありませんでした。
神殿で神官に逆らうなど、とんでもない事ですわ。まして、服の下から、盛り上がる筋肉が見て取れるような方々ですもの。
更に奥へ案内された私は、そこで彼と引き離された理由がわかりましたわ。
聖女様だけでなく、タマーラとティーナのクオリ姉妹がおりましたの。
二人は聖女見習いですもの。狭い室内で、殿方と席を同じくしてはなりませんの。
パーティに姿を見せた時も、ダンスまではしませんでしたものね。
「この度は、お招きいただき、ありがとう存じます」
まずは、ソフィーア様にご挨拶申し上げます。同席とはいえ、二人に話しかけて良いものか、迷うところがあって、私は微笑みかけるだけに留めました。
「そう、固くならなくても、良いのですよ。よく来てくれました」
ソフィーア様は、優しく語りかけてくださいましたの。普通なら、ここで私が用件を述べるところですが、今は呼ばれた側です。
私は、畏まるより他に、ありませんでしたわ。
「早速ですが、貴女に尋ねたい事があるのです」