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煌めく、想い  作者: りん
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【第一章:Lesson】⑦

「お前って結構素直なんだな。……あ、いや。生意気だとか太々(ふてぶて)しいヤツだとか思ってたわけじゃないから! ホントに違うからな」

 補習も回を重ね、互いに笑顔で向き合うことにも慣れて軽口も出るようになった頃のこと。

 沖がふと口にした感想をなんとか取り繕おうとして、かえって収拾がつかなくなってしまったらしい。


「先生。なんか言えば言うほど襤褸(ぼろ)出てるよ。──私はもう、今更どう思われたって平気だし。それくらい覚悟してなきゃ、普段からあんな可愛くない態度取れるわけないじゃん」

 怜那が特に自嘲するでもなく告げた言葉に、沖は笑みを消して真剣な声で詫びて来た。


「俺の失言だ。申し訳ない。お前は確かにわかりにくいってか誤解されやすいかもしれないけど、──俺が今まで見てたのは、実際の有坂じゃなかった。自分が勝手にこうだろうって決めつけたお前だったってやっと気づいたんだ」

 教師に頭を下げられたのは初めてだ。

 怜那は問題児ではないが、聞き分けのいい優等生ポジションでは決してないので、叱られたり注意を受けることは普通にある。

 中には教師の思い込みなのか、身に覚えのないことで叱責を受けたこともあるが、たとえ疑いが晴れても曖昧に流されていた。

 己に否のあることで生徒に謝罪するという行為が、教師の威厳を損なうなどという考えは沖にはないのだろう。

 正当化を図らなければ保てない威厳に、どれほどの意味があるのかも不明なのだが。

 実直で、ただ型通りを遵守しているようにしか見えなかった沖。しかし、彼が大事にしているのは『型』だけではないのかもしれない。


「有坂、これ今日の分な」

 沖から渡されたプリントを何気なく受け取り、怜那は今更のようにふと湧いた疑問を彼に投げ掛けた。


「先生、これいつも作ってるんだよね? 授業とは別に、わざわざ私のために」

「んー、まあ作ってはいるけど。定期テストと違って、一から自分で考えるわけじゃないし大した手間じゃない。──さ、集中!」

 それ以上そちらに話が流れないようにか、沖が机に置いたプリントを人差し指で叩く。

 とはいえ怜那にも、「大した手間じゃない」筈がないことぐらい想像はつく。

 生徒に対して、四十人相手の授業だろうが怜那一人の補習だろうが、変わらず手を抜くことなどない沖にとっては、本当に苦労のうちに入らないのかもしれないが。


「……教師の仕事ってさ、『いくら売り上げた!』とか『こんな凄い物作った!』とか、そういうはっきり目に見える成果ってないんだよ。でも、俺はこうやって教えてて、お前ができなかった問題を解けるようになるのが何より嬉しいかな。それだけで、プリント作りの手間なんてどうでもよくなるんだ」

 納得していない怜那の表情に気づいたのか、沖が少し違う角度から話してくれている。


「だから、生徒が教師の負担なんて考えなくていい。もし気になるんなら、その分自分の勉強を頑張ってくれた方がいいな。それが俺の喜びになる」

 教師として、生徒に本音を打ち明けることの是非は怜那には判断できなかった。ただ、沖のこの厚意に応えたいと強く思う。

 自分のための努力が、同時に相手のためにもなるのなら、とてもいい関係なのではないか。


 あくまでも、これは彼の仕事だ。

 いくら高校生の怜那とはいえ、当然理解している。

 それでも沖の、表向きに(つくろ)ったものではない熱意をひしひしと感じる。──彼が心の底から怜那の力になりたいと、全力を尽くしてくれていることを。


 共有する時間が増えるごとに、単に「仕事(ビジネス)」では言い表せない、沖の全身から(ほとばし)る情熱に圧倒される気さえする。

 きっと、以前なら笑い話だった。「何ひとりで熱くなってんの!? 必死になったって給料(おんな)じでしょ?」と冷ややかな目を向けていたに違いない。

 けれど、その深い想いを一心に受け止めた今。怜那は、もう傍観者ではいられないのだ。

 己の立ち位置も、心の()()もあやふやなまま、どこからともなく押し寄せた激情に飲み込まれて行くかのように。


 ──先生に、コイツに教えても無駄だって思われたくない。ダメな奴だってがっかりされたくない。


 補習が終わって帰宅してからも、補習がない日にも、怜那は沖に与えられた課題を必死でこなした。

 こんなに真剣に数学に取り組んだのは初めてだった。高校受験時でさえ、他の教科でカバーすればいいとまともに向き合うことをしなかった怜那が。


 ──沖、先生……。


 補習など、ただ面倒なだけだった。放課後に予定があるわけでもなく、時間を取られて困ることなどないが、授業以外で何故数学などやらなければならないのか、とうんざりしていた。

 それなのに。

 補習の日を、その日が来れば放課後を心待ちにしている自分に、怜那自身が誰よりも戸惑っていたのだ。

 理由を改めて考えたことはなかったのだけれど。


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