【第一章:Lesson】②
「沖先生って、『いい人なんだけど~』って言われて終わるタイプってカンジじゃない? 恋愛ドラマの当て馬? みたいな」
「うーん、でもさぁ。結婚相手にはああいう人がよさそうって気もする。浮気とかしそうにないしぃ」
「は? 美彩、それ女子高生のセリフじゃねーよ! なんで結婚まで飛んでんのさ」
想定外の答えだったのか、リーダー格の瀬里奈が呆れたような声を上げた。
そのついでのように、彼女は一番近くにいた怜那にも問い掛けて来る。
「ねー、怜那はどう思う? 沖先生みたいな、面白くないけど真面目で誠実! って男」
休み時間で自席に座ったままだった怜那には、すぐ傍で騒いでいた彼女たちから突然飛び火してきた話題は厄介でしかない。
とはいえ、さすがに無視する気はないので素っ気なく返した。
「あー、……あんまりそーいうの興味ないんだ」
「──そっかぁ」
もともと気にしない怜那はともかく、相手が気まずそうにしているのが手に取るようにわかる。
──だからさぁ、なんで私に振るんだよ。こういうのに乗らないくらい、もうわかってんでしょーが。
「あたしはやっぱ、宮崎先生の方がいいなぁ。顔とか背だけなら沖先生の方がちょっと上かもしんないけど。付き合うとしたら、楽しい人の方がよくない? 恋愛と結婚は別だって言うしさ」
「美彩、人生何周目だよ……」
「でもぉ、瀬里奈はそういうこと全然考えない?」
「あ、あたしも宮崎先生好き! なんかカワイイよね。──あーあ、このクラスの英語も宮崎先生だったらよかったのにー」
──美彩、とりあえずありがと。
おそらくは故意に、怜那から視線を逸らしてくれたのだろう彼女。……もし違っていたとしても、結果は同じだ。
進級に伴うクラス替えから、もう二か月。
こういったやり取りは珍しくもない。ただ、互いに相容れないのは事実ではあるものの、敵対するほどのこともなかった。
タイプの似通った、──あるいは似せた仲間内で固まって、一見排他的なグループ。
しかし、話してみれば案外と気のいい面々は、明るく表面的に会話を繋ぐのも上手かったりする。
何かと背伸びしたがる彼女たちには、高校生にもなって意地悪したり仲間外れにしたりなんて「幼稚で格好が悪い」という共通認識があるらしい。
特に瀬里奈は一年生時、クラスの大人しい子に聞こえよがしに嫌味を言ってコソコソ笑い合っていたような連中に「みっともないことやめな!」といった場面に遭遇したことがあった。
怜那はクラスも違い、たまたま通り掛かっただけだったのだ。
しかし、陰ならいいというわけではなくとも、誰が通るかもわからない廊下で堂々とやる愚かさにまず呆れたものだ。
「なによ! アンタだって……!」
その子たちが悔し紛れに言い掛けたのに、瀬里奈が「あたしははっきり言うよ、今みたいにね。『イイ女』はせこいイジメなんてしねーんだよ!」と啖呵を切って黙らせたのは確かに格好よかった。
どう考えても、ノリが悪い、場の空気を乱すと相手を不快にさせても仕方のない対応だと、怜那自身わかってはいた。
しかし、教師にも、恋愛ごと自体にも何の関心もないというのが、嘘偽りのない本音なのだ。
和気藹々とした輪の中に入れないことを、気に病むような性格でもない。
それどころか、怜那は基本的に他人を気にせず単独行動を取っていた。
何でも一緒が美徳のような少女たちの中では、異端視されているのは間違いないだろう。
むしろ、こんな自分にも絡んで来ようとする彼女たちの社交性には、感嘆を覚えているくらいだった。
別に憧れはしないけれど、凄いスキルだとは認めざるを得ない。