【第二章:Problem】⑦
それからの三日間。沖は迷い、悩み続けた。
三日三晩、とは言わない。
沖には教員としての責務がある。少なくとも日中は私事で悩む余裕などある筈もなかった。
それでもこの間、夜一人の家に帰るたびに怜那のことを考えているのだ。
ドアを開けて、一人暮らしのマンションの部屋に足を踏み入れた瞬間から、沖の思考タイムは始まる。
着替えて、買ってきた弁当を味もよくわからないままに食べながら。
空き容器を捨てて、三点ユニットの狭いバスタブの中で立ってシャワーを浴びながら。
翌日の仕事を思い、眠気もないまま潜り込んだベッドで延々と寝返りを打ちながら。
沖はずっと、自分に恋心を突きつけて来た生徒のことだけ考えていた。
あの、二人きりの補習。
普段とは段違いに近い、少し手を伸ばせば触れ合える距離で向かい合って、沖が教えて怜那が問題を解く。
教室で教員に対しては滅多に見せない笑顔も、沖にはもうすっかり見慣れるほどに向けてくれていた。
説明する沖を、真剣な顔で見つめる怜那。
俯き加減でプリントに数字を書き入れて行く彼女の、少しやりにくそうにも見える左利きの手元ではなく、伏せた目元をじっと見ていた、沖。
考えて、考えて。
……彼女の想いが決して一方通行ではないことから、目を背けていられなくなるまで。ずっと。
「好き、なんです」
怜那の、落ち着いたアルトの声。
年より幼く見える可愛らしい笑顔には、不釣り合いに感じるほどだ。
その声で紡がれた台詞が、繰り返し脳内で再生されていた。
そして正直なところ、無表情で無感動な印象が強過ぎて彼女の容姿に纏わる話を聞いてもピンと来ていなかったのだが。
一度気づいてしまえば、目を奪われて逸らせないほどに整った綺麗な顔立ちも。背中を覆い隠すほどの真っ直ぐな黒髪が靡く残像も。
沖の脳裏から、一瞬たりとも消えることはなかった。
無意識に逃げ腰になる自分の気持ちを必死で引き戻しつつ、ただ只管に彼女のことだけを。
彼女の言葉の、意味を。──重みを。
──俺はまた、有坂を突き放して傷つけている。あの子の勇気を、覚悟を、俺は自分の保身だけでなかったことにしようとしたんだ。