【第二章:Problem】⑥
しかし沖はその時、咄嗟に怜那がクラスメイトに責められることを心配して、浅慮にも彼女に補習の中止だけを通告してしまった。
自分の言動を教え子がどう受け止めるかまで、考えが及ばなかったのだ。
むしろ怜那を思い、心配りができたつもりでさえいた。
自己満足に浸っていた、愚かな沖の目を覚まさせてくれたのも宮崎だった。
「それはお前の独り善がりだ」
明白に切り込まれて、沖は返す言葉もなかった。あるわけがない。
「有坂が、自分の出来が悪いから先生に愛想尽かされたと思ってたら? お前に見捨てられたと感じてるかもしれない彼女の気持ちを少しでも考えたのか?」
普段とは声音さえ違う、宮崎の真摯な言葉は今も沖の胸にある。
黙り込んでしまった沖に、宮崎は急に思い出したかのように話を変えて来た。沈んだ空気を払拭する意図もあるのだろう。
「最近はまた違うと思うけど。女子高だと、卒業直後に結婚して在学中からの交際が発覚っていうのもそこまで珍しくなかったらしいよ。大学の同期に聞いたんだけど。あ、そいつの勤務先の伝統みたいな、……伝統ってのも変か。かつてはそうだったって話」
そこから、女子高はやっぱりちょっと怖いような、男子高ってどうなんだろう、などと話が逸れて行ってしまった。
おそらくは、宮崎の目論見通りに。
◇ ◇ ◇
宮崎と別れてひとりになった沖は、今日の教え子からの『告白』について考えている。
怜那が真剣だったのだけは疑っていない。
短い時間でも、すぐ傍で彼女をずっと見ていてそれは確信していた。
趣味の悪い揶揄いだとは微塵も思わなかったが、そうでなくても彼女は「ちょっと言ってみただけ」程度の軽い気持ちで、ああいうことを口にできる子ではないと沖は捉えていた。
そこまでわかっていながら、あんな風に逃げを打ったのは沖の弱さだ。
正面から怜那の真っ直ぐな気持ちを受け止める気概がなかった、ただそれだけの。
教師と生徒。
成人した自分と、十八歳未満の彼女。
職業を抜きにしても、簡単に受け入れられるものではない。
断るのが当然だ。いや、拒絶するのが義務だ。──相手は、子どもなのだから。
自分は正しいことをした。その、筈だ。
なのに、何故。性懲りもなく、同じことばかり考えている?
──何故、俺は。俺、は……。
何故、悩んで、──迷っている? そんな必要は、どこにもないのに。