【第二章:Problem】②
◇ ◇ ◇
「あらぁ、大翔くん。どうぞ、怜那は部屋にいるから」
「はい、お邪魔します」
通信アプリのメッセージに既読が付かず、心配した大翔は怜那の家に押し掛けて来た。
怜那とはまるで双子の兄妹のように育った大翔を、彼女の親は笑顔で迎え娘に了解を取ることもなく家に上げてくれる。
「大翔くん、いつでもご飯食べに来てね。お母さんお忙しいでしょ? まぁ大翔くんは料理も得意だから、一人でも困ることはないかもしれないけど」
「ありがとうございます。また是非」
双方の子どもが生まれる前からの隣同士。
もともと互いの母親の気が合い親しく付き合っていたこともあって、乳幼児の頃から日常的に行き来していた。
幼稚園時代、大翔の母親が病気で一か月ほど入院した際などは、その間怜那の家で寝起きするレベルで世話になっていたこともある。
遠くの親戚より近くの他人、と十年以上経っても母は未だに感謝を口にするほどだった。
その上、父親の食事まで面倒を掛けていたのだ。
「いや、アンタは自分でなんとかしろよ。いくらなんでも甘え過ぎだろ」
今ならそう思うのだが、当時はそれさえ当然のように受け取っていた。
もちろん逆も然りで、たとえば怜那の母が急に実家に行く用があった際などは、怜那の面倒は大翔の家で見ていた。
血縁はないが、まさしく親戚に近いような関係だったのだ。
気分的には、相手の親にとっても「息子」であり「娘」なのかもしれない。
勝手知ったるでそのまま怜那の私室の前までやって来た大翔は、それでもドアをノックしてしばらく待った。
いくら兄妹同然でも、……いや、実際に妹だったとしても、勝手に部屋に入るのはあり得ないだろう。
しかし返事どころか、室内からは何の物音も聞こえない。躊躇はしたものの、再度ノックして「入るぞ!」と声を掛ける。
思い切ってドアを開けた大翔が見たのは、ベッドで布団を被って丸くなっている怜那だった。スマートフォンは机の上に無造作に置かれている。
──帰ってから放りっぱなしで、チェックもしてないんだろうな……。
「どうした、あれからなんかあったのか?」
大翔は嘆息して怜那の勉強机の椅子を引いて腰掛け、彼女に声を掛けた。
少なくとも、大翔が生徒会室に向かうのに出て行くまでは、あの場には何の変わりもなかった。
何かが起きたとしたらそのあとだろう。不可抗力で、沖と怜那が久しぶりに二人きりになってしまったあの空間で……。
「……もう学校行かない」
「何言ってんだ! 行かなくてどうすんだよ!?」
顔を見せることもなく、弱音を吐いた彼女の言葉に反論する。
「行けないんだよ。──沖先生に嫌われた」
──怜那、とうとう行動に出たってことか? いったい何したんだよ。
怜那が沖に特別な感情を抱いていることに、大翔はすぐに気づいた。
初めは驚き、呆れた。そして、同時に衝撃も受けた。
物心つく前から常に傍にいた、愛しい幼馴染み。
彼女が自分以外に、自分以上に心を預ける相手など、家族を除けば居なかった。
隠してもきっとわかる、それほど近かった。すべてにおいて。
……ずっと彼女に恋していると思っていた。
大翔が今までの人生で、『好きだ』と感じた他人は怜那だけだった。だから所謂初恋も怜那になるのだろう。
我が道を行く怜那を理解して受け止められるのは、自分だけだとまで自惚れていた。
何を置いても守らなければ、と気負っていたのだ。彼女がただ守られているような人間ではないことなど、誰よりも熟知していた筈なのに。
補習の帰り道。
大翔に対してさえ、基本的には感情面でフラットな怜那が浮かべる嬉しそうな表情。その口から紡がれる沖の名前。
沖を、……自分ではない『誰か』を想う笑顔も、何も変わらず可愛い。──愛しい。
──俺は怜那を愛してる。見返りなんか要らない。……これは多分、恋じゃない。