【第二章:Problem】①
「沖先生が好きなんだよな?」
「──好き」
大翔に訊かれて、怜那は混乱の末に自覚できていなかった感情を口にしていた。
声に出した瞬間。
それまであやふやだった、怜那の中にあった何かに、名前と形が生まれたのだ。
◇ ◇ ◇
大翔と一緒に受ける、沖の補習は楽しい。
沖には言えないが、やはり数学など嫌いだし全然面白くもなかった。
それでも彼が自分だけのために熱心にしてくれる説明はわかりやすかった。そして「大好きな先生」を独り占めできるその時間は、怜那にとって何にも代えがたい宝物だった。
自分のために骨を折ってくれて、必要もないのに補習に付き合ってくれている幼馴染み。
彼をその場だけとはいえ完全に意識からも視界からも締め出しているのは、本当に申し訳ないとは感じてはいた。一応は。
なるべく喜びを表さないように、などと誓ったことは、もう怜那の中ではすっかり意味を為していなかった。
もちろん、補習の最中にはしゃいだり騒いだりはしたこともないが、きっと表情には沖への恋慕が出てしまっていると思う。
怜那はそれさえ自覚していたが、自分を抑えることはできなかった。
ある日の補習で、終わった途端に大翔が席を立った。生徒会の話し合いがあるのだと言う。
「なんだ、予定があるなら最初から言えばいいのに。授業じゃないんだし二人だけなんだから、それくらいいくらでも臨機応変に対応できるよ」
「ありがとうございます。でも終わってすぐ行ったら、時間通りなんで大丈夫ですよ」
そう言いながらも彼は、素早く荷物を纏めたかと思うと大急ぎでその場から立ち去った。
突然、沖と二人きりで残される羽目になった怜那は、想定外の事態に戸惑う。
そして何気なく沖のほうを見て、目と目が合った、その瞬間。
「沖先生、あの──」
決して言葉にするつもりなどなかった秘めた想いを、何故だかいま伝えたい、と感じてしまった。
「私、──先生が好き、なんです」
勇気を振り絞った怜那の告白に、沖は押し黙る。
「……それは、聞かなかったことにするから」
少しの沈黙の後、沖は重い口を開いた。
「お前たちの年頃にはよくあるんだよ、そういう勘違いって。教師に憧れて、その気持ちを恋愛感情だと思い込んだりするのは。だからあんまり思い詰めたりしない方がいい。しばらく考えないでいたら、そのうち忘れるから」
感情を乗せない沖の諭すような台詞は、怜那にはただの拒絶にしか聞こえなかった。