【第一章:Lesson】①
授業の始まるチャイムと同時に、クラス担任であり数学の教科担当でもある沖が、授業のために教室に入って来る。
教卓にどさっと置いた荷物の一番上は、おそらくは先日の──。
「中間テストの採点終わったから返すぞ! 順番に取りに来なさい。まず有坂」
予想的中。
出席番号一番の有坂 怜那は机に手をついて立ち上がり、教卓まで悠々と歩いて行った。
「……有坂、これ」
目の前に突き出された答案用紙の、右上の赤い数字は二十七。及第ラインの四十点を明確に下回っている。
いまどき悪い結果を大勢の前であげつらうような教員はいない。沖も何か言いたげな表情で、今にも口が動きそうではあったが、その場では特段お叱りもなかった。
怜那は、身長差のある沖の顔に視線だけを向けて、無言で赤点の答案を受け取る。
自席に戻るためくるりと踵を返すと、反動で背中に垂らした長い黒髪が宙に弧を描いた。
「次、安藤」
沖 一彦は、怜那がこの高校に入学するのと同時に新任でやって来た。今年二年目の、校内で最も若い教員だ。
見た目は優しそうな男前で背も高く、実際に親切で面倒見もいい。──多少、暑苦しいのも否めないけれど。
女子生徒にもそこそこ人気はあった。
……何故そこそこかというと、如何にも四角四面で堅苦しい雰囲気を敬遠する層も少なくはないからだ。
あくまでも噂だが、ふざけてだか本気でだか彼に抱き着くように腕を組もうとした女子生徒がいたらしい。
彼女が沖に「年頃の女の子なんだから、教師相手でもそんなはしたないことはしちゃいけない。恥じらいを持ちなさい」と真顔で説教されたという話が、一部女子生徒の間では実しやかに囁かれていた。
真偽はともかく、沖はまさしく「あの先生ならあり得る」と皆が即納得してしまうような存在なのだ。
「『はしたない』って! しかも『恥じらい』! 死語じゃん。あんな若いのにさ。彼女いても『結婚するまで清いお付き合いを〜』とか言ってんじゃないのぉ」
「やだー、瀬里奈ってばあ」
「ホントだったら気持ち悪いよ〜!」
きゃらきゃらと笑い合う、派手目な女の子たち。
髪型は多少違うが、同じようなヘアアクセサリーで全体の雰囲気が近い。完全に膝の出た短いスカートもお揃いのようだ。
この学校は基本的に校則は緩く、それを目当てに入学する生徒も少なくなかった。
染髪や化粧、ピアス等の装身具こそ禁止だが、パーマ程度は許されている。セットによる巻き髪も髪飾りも、常識の範囲を超えて華美なものでなければ注意されることもない。
制服も同じくだ。
スカート丈にも一応基準はあるが、所謂服装検査などは皆無だった。式と名の付く正式な場でさえ既定の品を身に着けていれば、普段は男子のネクタイや女子のリボンを任意のものに変えていても黙認状態だ。
怜那のように、入学時に採寸して購入したそのままの制服の方が少数派かもしれなかった。怜那の場合はルールを守る意識からではなく、単に必要性を感じないからではあったが。