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「いつかのヒーロー」




 ここは、やがて墓標となる電波塔。




 少女はただ立ち(すく)んでいた。


 ついさっきまでは楽しいお出かけだった。しかし、今ではその面影もない。


 華々しい展望台は、今では黒く焼け焦げた燃え残りと化し、街を俯瞰する絶景は、立ち込める黒煙と異常な騒々しさを見せている。


 どうしてこうなったのか。少女は考えることもできなかった。


 少女にできたのは、ただこの景色が夢であることを願うだけだった。





 ふと、少女は思った。


 お母さんはどこだろう。


 この惨状ではとても母親が無事だとは思えない。


 少女はやっと涙を流した。


 大切な、唯一の家族すら失ってしまったら、きっともう立ち直ることはできない。


 少女は泣いた。嗚咽(おえつ)を漏らし、誰にぶつけるでもない嘆きを叫んだ。


 ひとしきり泣いた後、周りに落ちている()()()()()に母親の影を探した。いや、母の影がないことを祈った。


 

 

 きっと、少女が動いてしまったからだろう。


 少女は背後に忍び寄る異形の影に気付かなかった。


 ついに少女は振り向いた。死の気配が近づくことに本能が気付いたのだろう。


 少女は、二度と母の顔を見れないことを察した。


 少女の身体は小刻みに震え、息は止まり、心の中で最後の願いを叫んだ。





 たすけて



 

 きっと、この世界に神がいるとすれば、それは慈愛に満ちているだろう。


 



 少女が死ぬであろうその数瞬前。一陣の、爽やかな風が異形と少女の間を吹き抜けた。


 その風は、異形の怪物を一瞬にして吹き飛ばした。


 数秒経って、少女は理解した。


 

 わたしはすくわれた


 

 数回の(まばた)きの後に風の主が姿を現した。


 風の主は、少女に手を差し出して、にこやかな顔をしてこう言った。



 「もう大丈夫だよ、お嬢さん」



 少女に差し伸べられたその手はとても大きく、少女に掛けられた声はとても低く、それでいて暖かい。


 少女は涙でぐじゃぐじゃの顔を、少し緩ませた。


 「お嬢さん、名前は?」


 優しい声は、絶望に凍った少女の心を暖める。


 「…………ことは。ありす、ことは」


 少女は凍てついた喉を精一杯動かして、優しい声に応える。


 「……!そうか、琴葉ちゃんか。それじゃあ、お母さんの所に帰ろうか」


 そう言うと、優しい声は少女を抱える。


 「いいかい。しっかり捕まってるんだぞ」


 「え、うん……」


 そう言うや否や、男は少女を抱えたまま壊れた展望台を飛び出して空を舞った。


 展望台の高さは優に400mを超える。


 この高さからのダイビングなんて大人ですら怖気付く。


 それでも、少女は怖くなかった。


 きっと、この下には、愛して止まない日常が待っていると思えたから。


 



 少女の涙は、風で乾いていた。


 



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