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──開店準備──
白い着物の女性がドアを開けると、奥の机には長身の男性が座って書き物をしていた。忙しなく紙の上を走る万年筆は、軽快な音とともに、黒く重みのある字を次々と生産していく。その美しい手際は、思わず見惚れ、声をかけるのを躊躇ってしまうほどだ。
しかし彼女は、それが単なる暇つぶしであり、中断されることをむしろ歓迎するであろうことを知っていた。冷気を吹きかけないよう留意しつつ、躊躇いなく机の男性にに声をかける。
「おはようございます、怪祖さん」
怪祖と呼ばれた男性は、万年筆を走らせるのを止めて顔を上げた。右目の片眼鏡に、柔らかく微笑む女性の姿が写る。
「おはよう、冷君」
女性を冷と呼び、男性も挨拶を返す。二人分の声を聞いた虎柄の猫が、机の上で首を動かした。いつも通りの朝。
妖屋の平和な風景である。
次の更新から、妖怪とかいろいろ出してやっていきます。