ひまわり
「なあ、相模。言葉遊びしようぜ」
体育の授業中。四キロ半という長い道のりを走り終え、トラックを歩いていると稲城が話しかけてきた。僕はその姿に首を傾げる。
「お前、僕より一周早く走り終わってたよな」
歩く距離は一周という決まりだ。稲城は持久走中に僕を一度抜いたのだから、後ろから話しかけてくるのは明らかにおかしい。
「まあ、気にすんな。それよりお題は、うん、ひまわりにしよう」
僕の指摘を無視し、校庭の隅の雑草を見てそう言った。不思議な思考回路だが、僕はそこはスルーし、その遊びに乗ることにした。
「それで、言葉遊びって何するんだ?」
「ひまわりに漢字を当てはめるんだ。お互い三つずつ出して一番上手い案を出せた方の勝ちな」
「それ、お互い自分のを推したらどうするんだ」
「……さあ、始めようか」
稲城が強引に開始する。こうして、重大な欠陥を抱えたまま言葉遊びが始まったのだった。
「じゃあ、俺から行くぜ。燃える火に回るで火回りだ。俺たちは校庭回りだがな」
どや顔をする稲城。だが全然上手くない。
「じゃあ俺か。暇人の暇に割るで暇割り。この遊びは俺たちの暇な時に割って入った娯楽だ」
そう言ってはみたが、自分でも何を言っているのかよく分からなかった。
「むっ、ひま切りとはなかなかやるな」
ただ稲城はなぜか悔しそうに唸っていた。どのへんに唸る要素があったのだろうか。
「ふー、落ち着け、俺。……閃いた。割り箸と麻痺をかけて割り麻痺だ。麻痺して箸が上手く発音できず麻痺になる。我ながら天才だぜ」
説明を聞いてもさっぱり分からない。そもそもそれ以前に、
「並べ替えはずるくないか」
その指摘に稲城はにやりと口角を上げた。
「並べ替えが禁止とは一言も言ってないぜ」
腹立たしい顔で笑う稲城。しかし何を思ったのかすぐに真顔になる。
「それと、やっぱ二つずつな」
「なんで?」
「終わりが近づいてきた」
「たしかに……」
いつの間にか僕らは一周の四分の三を通過していた。
「ちなみに一周したら時間切れな」
卑怯である。すがすがしいくらいに。
僕は焦りながら頭を動かす。だが、さっぱり思いつかない。
「俺の勝ちか」
稲城が横から茶々を入れてくる。割り麻痺のくせに。……あっ、思いついた。
「割り増しと麻痺をかけて割り麻痺だ。あとは、言わなくても分かるよな?」
稲城はぐっと目を見開き、それからがくりと肩を落とした。
「俺の負けだ」
こうして言葉遊びは終わりを告げたのであった。