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にわ


  ――薄暗く奇妙な石室。

 その部屋には、一人の少女と五人の男性が集まっていた。その中心には、細々とした呪文と複雑な幾何学模様があしらわれている一つの円が描かれている。それは俗に『魔法陣』と呼ばれる物の一つだった。

 少女が魔法陣に向かって祈りを捧げている間、周りの男性は静かにそれを見守りながらも、来たる時に備えて結界を張り、万全な状態を保っている。


「――――」


 祈りも終盤に差し掛かる。それに呼応するかのように、魔法陣は石室を蒼く照らした。


「――救済の願いを聞き届けし勇者よ、我らを勝利へと導き給え」


 少女によって行われていたのは『勇者召喚の儀式』。魔族との戦争における人々の希望の光であった。



 ◇



 どれほどの時間が経ったのだろうか、自由落下に逆らいゆっくりと穴を降りていく。既に日の光も無くなり、延々と暗闇の中を墜ちていくのは気がおかしくなりそうだ。このまま降りていけば地面に着くのは当分先になりそうだが、そこから地上に上がれるだけの魔力が回復するのを待っていたら餓死するだろう。どうせ戻ったところで俺の居場所もない。どうあがいても詰みか。


 自らで望んだとは言え、いよいよ現実味を帯びてきた死、それは戦死ではなく衰弱死とはやりきれないものだが、己の信念もなく手を血で汚し続けた俺にはお似合いだ。だがアイツは信念の上戦い続けた。その上で手を汚すことなく国を背負っているのだ。散り様は勇者らしい華のある物であってほしい。生き様も散り様も華のあるのが勇者という者だろう。


「ふ、我ながら勝手すぎる押し付けだな」


 やはり長く続く闇の中で可笑しくなっているのか、人の一生に思いを馳せるなどらしくもない。


 しばらく自嘲していると俺のものではない濃い魔力の奔流を感じた。無意味だと閉じていた瞼を開くと、久しく光をみていなかったせいか遠い光に目を細めた。


 ――た……て。


 光の方から呼ばれた気がする。いよいよ幻聴まで聞こえるようになったのかと自嘲するが、そもそもこんな地下深くに強い魔力が存在する事がおかしい。実際に呼ばれている可能性も有るのではないかと思い、降下する軌道をそちらへとずらす。


 ――勇者様。


 もう一度、そして今度ははっきりと知らない女性の声が聞こえた。疑心が確信に変わり落下速度を上げる。近づくにつれて強くなる魔力、浮かび上がる輪郭。魔力の発生源は既に廃れた術式の敷設による魔法の行使による余波。音を届ける魔法……いや、これは――


「――召喚魔法の術式円……か、面白い。どこへ飛ばされるかわからないが行く宛もなく朽ちるのを待つ身だ、賭けに出るのも悪くない」


 術式円に触れると、無作為に放出されていた魔力が俺を包み込んだ。目の前が白く塗りつぶされると共に、奇妙な浮遊感が襲いかかり、意識を手放した。



 ◇



 魔法陣が光り始めてから数分が経った今も、その光は衰えることなく輝き続けている。

 集中の途切れは失敗に繋がる為、呼吸以外の音が一切しない部屋。

 魔力風の吹き荒れる中でも祈りに集中出来ているのは、周りの男性達が結界を貼っているからだろう。

 少女の額に汗がにじみ始めた頃、光は徐々に収まっていった。しかし、魔法陣の上には何かが出てくる気配はない。

 ――失敗。その二文字が頭をよぎる。

 だが、本当に失敗だったとして誰が少女を責めれるのだろうか。ダメで元々。成功すれば儲け物。そもそも自分たちの命運を他者に委ねることが間違いだったのだ。

 誰もがそう諦めかけたときに、光はいっそう強さを増し、数秒の後に今度こそ消えた。

 代わりとばかりにそこ立っていたのは、白い貴族服を着た少年。――勇者召喚は成功したのだ。

 儀式の成功に感動するのも束の間のこと。目を丸くして現状が理解できていないであろう勇者に事情を説明しなければならない。


「初めまして勇者さま。突然呼ばれて困惑しているでしょうが、ひとまず落ち着いて聞いてください――」


 ……話が長がかったので割愛させて頂く。纏めるとこうだ。

 俺が召喚されたこの世界は『ベルフィール』。そしてここはその中にある『アレジア』という国だという。

 魔族と人間は戦争をしていて、手っ取り早く『魔王』を倒すためにはお噺に出てくるような『勇者』が必要だった。

 その勇者を探して召喚魔法を行った結果、呼ばれたのが俺だったということだ。


「現状で不明な点はございますか?」

「特にはない」


 会話が終わったからか、背を向ける少女。黙って付いてこいということか。


 ◇


 少女達に連れられた先は……所謂、謁見の間とか言われる場所だろう。実に広々とした部屋だ。横には甲胄を装備している兵士と思わしき人物も数名控えている。

 壁の装飾はいずれもが煌びやかで、その象徴たる玉座も必要以上と思うほどの意匠を凝らした一品。廊下ですら豪華だったが、この部屋は特にそれが顕著だ。

 謁見の間は権威を示す場とも言われるらしいので当然といえば当然か。どこの国も変わらない……俺の家も似たようなものだしな。


「勇者よ、よくぞ参られた」


 玉座に座る人物が口を開く。『アレジア』の国王だろうか。ただ一言だけだがハッキリと感じる威厳。数年戦場に入り浸っていたせいか久しく感じる上に立つものの威圧感。ふと周りを見れば誰もが跪いている。いや、王を前に立っていられるのは近しい力を持つものか余程のバカくらいだろうか。俺は王に次ぐ権力を持つ貴族の生まれだし、数年は国を背負う勇者だったのだ。常人の対応など心得ていない。……今も勇者か、ならばこのままでいいだろう。今までは子供だから許されていたのかもしれないが、そんなことは俺の知ったことではない。

 それにしても、参られた、ね。


「……生きるために仕方なくだがな」

「貴様――」

「よい」


 隣に居た兵士が立ち上がる、大方俺を注意するためだろう。その手は腰の剣にあったので、もしかしなくても注意では済まなかっただろうが。すぐに王が制止したが、制止しなければ――どちらがとは言わないが――死んでいたかもしれない。別に俺はそれでも構わないけどな。


「で、俺を召喚()んでどうしたいんだ? 先に言っておくが、既に勇者の称号は捨てた。いや、元々から俺にはその資格がなかったのかな。ただの人殺しに成り下がった俺が、今更勇者として人の役に立てるとは思わないがな」


 若干早口で告げると、周囲がざわつきはじめた。無理もないだろう、救世主だと思っていた人物が実はただの人殺しだったなんて信じたくないのだ。

 だが、王だけは違った。何を考えているのかわからないが、こちらをじっと見つめている。嘘か真かを見定めているのかもしれない。だが、俺はこんなしょうもないことで嘘はつかない。


「少なくともお前の中で嘘は言っていないようだな」


 ざわついていた兵士も一瞬で静まる。そして、取り囲む空気が変わった。血に汚れた勇者など信用に値しないということか。肌に纏わりつく威圧感、これが殺気というやつだとしたら、あまりにも温い。


「近衛とは言っても、所詮は温室育ちか」

「そう身構えるな、別に人殺しでもいいじゃないか。奴らが現れるまでは我々も人類間の戦争が絶えなかった」

「……言いたいことは分かった。どうせ召喚に応じた時点で拒否権など有って無いようなものだからな」


 結局のところ、正義だろうが悪だろうが御しきれる力なら最終的には使い潰すつもりなのだ。なら逆に開き直ればいい。今まで通り勇者(・・)として過ごす。先ほどまでそう過ごしてきたのだ、今更生き方を変える必要も無いだろう。

 降りた席に再び座ることに違和感がないわけでは無いが、望まれているのならば割り切るしかない。それが国の運命を他者に投げつけた俺に架せられた十字ならば甘んじて受け入れよう。


「まあまあそう焦るな。お前の考えは当たらずとも遠からずだが、なにも絶望だけとは限らんだろう? それに、俺とて召喚に応じたから勇者だとは思ってはおらんよ」

「なにがいいたい」

「勇者にふさわしいかどうか決めるは俺でもお前でも、ましては民衆でもない。――世界が決める」


 静まり返った空間に妙に王の声が響きわたり、微かに魔力の残滓を感じた。そして理解した、この世界の理に沿った魔法が行使されたこと。行使された魔法の効果、発動に必要なパーツを。……なかなかに複雑な術式を組んでくれる。


「どうすればいいんだ?」


 我ながら間抜けなことを聞いている。既に理解している事を聞き直す。それも確認ではなくただの茶番だ。

 だが、時に道化を演じるのも悪くないだろう。それもまた必要な力だ。


「己の状態を確認すればいい。確認したいという考えの下、口に出すだけのことよ」


 この場合は聞いておいて正解だった。元の世界とこの世界の体系の違い……いや、“魔法に対する認識の違い”が解ったのだから。元の世界では言葉を連ねるように単語を理解し、それを組み合わせて発動するものだが、この世界の人々は魔法そのものを認識し、無意識に組み合わせるらしい。でなければ王の言うことに矛盾が生じる。


「――《ステータス》」


 《自己》を《対象》とし、《世界》と《繋げ》、《書庫》から《情報を引き出し》、《得た情報》を《可視化》する。状態確認するだけの魔法でもこれだけのパーツを滞りなく起動するように組み合わせ無くてはならないのだ。

 それを無意識に成し遂げる。それでいて術式円も完璧に行使可能となると次元の差というものを感じざるを得ない。

 だが、俺もボローク最強と謳われた魔法使いだ。既に拾い集めたパーツを組み合わせる事など朝飯前だ。


 確かに感じた手応えに伏せた目を開くと、目の前には黒い半透明な板が出現していた。ブロックを並べたような白色の文字。項目は、名前、年齢、性別、種族、筋力、耐久、敏捷、魔力の八項目。後半の四つはアルファベット一文字で表記されている。


「魔力以外はオールBか」


 何気なく呟いた一言だが、周囲は驚愕に包まれた。Bが高いのか低いのかはわからないが、全て同じ値ということはよく言えば万能だが、悪く言えば器用貧乏ということだろう。魔力の値はEXという高いのか低いのか判断つかない表記だが、魔力が桁違いに多い事は誰にいわれるでもなく自分で知っているので、最高評価って事でいいのだろう。


「典型的な魔法使い……」

「魔法使い? まさか。やはりお前は勇者だよ。まあ、魔法に特化しているのは確かだ。手頃なダンジョンにでも行って近接戦闘の経験を積むといい。ちょうどいい所にダンジョンも発見されたことだしな」


 王が右手を上げると俺の足元に魔法陣が描かれた。……俺の是非は問わないらしい。いや、逃げたいなら逃げればいいという慈悲なのかもしれないが、どちらにしろ俺に帰る場所などない。

 

 覚悟を決めるのを待っていたのか、偶然か。どちらかはわからないが、突然の浮遊感に襲われる。


「勇者に幸あれ」


 嫌味か。と口に出す前に目の前が光に包まれて意識が暗転した。

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