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いちわ


 近く戦が有ったのだろう草原が踏み荒らされた跡地。屍を除ける者が居ないのだろうか、血に濡れた残骸が否応無く視界に入る。

 死の香りが濃く漂うこの地に生者は二人。片や殺気を向け、片や無防備に立ち、向かい合っていた。


「さあ、最後の戦い(ラストステージ)と洒落こもうか」


 銀髪の青年が身構えること無く句を告げる。死屍累々の現状に見会わぬ白を基調とした貴族服を着た彼は、数ある大国の中でも力の強いボローク帝国の猛者の頂点に君臨する勇者(力の象徴)。名はシンラ・アルフォント。


「ラストステージ? 洒落こむ? ふざけるのは大概にしてくれ」


 シンラの口上に先ほどよりも殺気を強めて返す彼は帝国と戦争中の大国、シルジア共和国の勇者(平和の象徴)。名は鈴音(スズノネ) 海渡(カイト)といい、彼もまたこの場に似合わぬ、返り血の一つも付いてない、青を基調に豪華な刻印が刻まれた鎧を身に包んでいる。


「戦争を終わらせるにはそれぞれの象徴(担がれた犠牲者)が戦うのが最も犠牲が少なくてすむ。それが両国が出した答えで間違いないか?」

「そうさ、だから早く決着を付けよう。この戦争に終止符を打つために」


 互いの認識の齟齬がないかを確かめるように、静かに笑いながらシンラが問い、海渡は愚問だと言わんばかりの無表情のまま携えた剣を構えた。

 だが、シンラはその結論こそが無意味だと吐き捨てる。


「勇者なんて肩書きに見事に踊らされて、お前もめでたい奴だな。たとえ今、ここで俺達が殺しあったところで戦争は終わらない。いや、終わったとしても犠牲者はあまり減らないさ」

「……何が言いたい」

「とうの昔に勇者が死んだところで大人しく矛を納められる段階は越えてるんだ。むしろ勇者(抑止力)が死ぬことによって虐殺や略奪が蔓延るのは目に見えてる」

「だったらこのままお互いに手ぶらで帰るのかよ」


 海渡の言葉には純粋な殺気だけではなく、明らかな怒気を孕んでいた。

 だがそれも当然だろう。平和の象徴として担がれ、自身もまた平和のためとこの戦場に赴いたのだ。今更無意味だと言われて納得できるはずもないし、たとえ無意味だとしても抜いた矛を納める事などできはしないのだから。

 シンラとて好き好んで戦争を続けているわけではない。いや、誰だってそうだろう。続けていれば自分だけではない、大切なものが犠牲になるのだ。

 

 ――だとしても、既に払った犠牲は帰ってくるものではないのだ。だから戦う。奪われたものを奪い返すために。

 

「……そういうわけにもいかない」

「じゃあどうすればいいんだよ! もう悲しむ人は見たくない、たとえ俺が死ぬことになってもだ!」

「いっそ、俺達が手を取り合って……それこそもう遅いか」


 幾度と考えた象徴(勇者)同士の同盟。しかし、長期化した戦争はそれを許すことなどしないだろう。世界は彼らを裏切りの象徴(魔王)として討ち、新たな象徴(勇者)が立てられ同じことが繰り返される。

 食うか食われるか、弱った獲物が目の前にいるのだから尚のこと引き下がれない。


「お前も構えろよ。たとえお前の言う様な未来が待っていても、このまま消耗し続けるのはもっと酷い未来なんだ」

「……結局、殺し会うことでしか人は生きていけないのかもな。――いいだろう、お互いが背負うモノを守るために」


 既に壇上に上がってしまった演者(勇者)が演じること無く舞台を降りることなど言語道断。平和のために殺し会う矛盾を知っても、もとより降りることなどできはしないのだ。


「哀れな演者に捧ぐ最後の慈悲だ。()()で相手をしてやろう」

「……より多くを殺す事を選んだお前に俺は負けない。負ける訳にはいかないんだ! ――なっ!?」


 ――衝突。渾身の力を持って斬りかかった筈の剣は目に見えぬ壁に阻まれシンラの目の前で止まった。

 聖剣と呼ばれる業物を持ってしてもシンラには届かない。


「手ぬるいな。殺す気の無い太刀筋、その上そんな子供騙しの玩具で俺に勝てるとでも思ったか?」

「リブティルシューレが子供騙し……だと? よくそんな強がりを言えたな。不動の魔法要塞と呼ばれるほどの腕を持っていたとしても、魔法が使えなければ――」

「――貴様の話は俺も聞いたことがあるさ。魔断の聖剣を繰る不殺の勇者とな」


 魔法戦闘に重きを置くシンラ、魔法を無力かする剣を持つ海渡。どちらが有利かなど、考えるまでもなかった。

 だが、それは常識の範囲内での話。シンラにはその常識は通用しなかった。


「断ち斬れるものなら断ち斬って見せろ!」


 両腕を大きく広げると、掌の先に膨大すぎる魔力の塊が現れ膨張と収縮を繰り返し始めた。


「馬鹿げてる……」


 現れた魔力塊の保有する魔力は出現時点で現存する大魔導師と謳われる魔法使いの魔力を足しても届くかどうか、それが徐々に大きくなり魔力もより膨大なものになっていく。


「馬鹿は貴様だ。貴様の戦績は眩しすぎるほどに輝かしい。だが、いつまでも殺す事を恐れていたら何も救えない」

「救うために殺す矛盾を抱えるよりは少なくともましだ。確かに俺の手からこぼれ落ちる命もあった。それでもすくえた命も確かにあったんだ」

「ふん、偽善者が」

「たとえ偽善だったとしても、場に流されるだけのお前よりかは遥かにましだ!」


 海渡が喋り終える頃には、空間が悲鳴をあげるほどの魔力量を秘めた二つの太陽となっていた。

 これほどの魔力を持つ事それ事態が常識から逸脱した存在であることは疑う余地もないのだが、その魔力を完璧に操り、二つの塊を創る操作技術は人間技ではなかった。


「本気で言っているのなら最早言葉など必要ない。幻想を抱いたままに絶望に塗れて死ね」


 より一層輝きを増す魔力塊は放たれる時を待ちわびているようだった。

 

「それを放てばどうなるのか解っているのか!」

「この地が地図から消えるだけではなく、国ごと簡単に壊れるだろうな」


 絶望的な回答。それでも海渡の眼からは諦めは見えない。


「そんなことはさせない……たとえここで俺が死んだとしても、関係の無い人間まで巻き込まれることなど有ってはならない!」

「戦争を起こした国をに属している以上無関係ではない。見て見ぬふりを貫くのならばそのまま死ねばいい。俺達に行く末を任せた時点で、その生殺与奪は俺達に委ねられていると言うことを微塵も考えない愚かな民に、己の正義を信じ愚者を護る英雄となった愚かな道化に、……人の身に在りながら傲り昂った愚かな賢者に、裁定の焔を――【judgment flare】」

「既に波長は読みきった! 無限振幅(アンプリニティ)最大出力(フルパワー)!」


 海渡から特殊な波長の振動が魔力塊へと飛んでいきぶつかる。すると徐々に輝きは鈍り、海渡の間合いに入る頃には規模も出現当初程度まで収まっていた。


「二つ目の古代遺物(アーティファクト)……いや、ギフトか? どちらにしろ今更無駄な足掻きを」

「リブティルシューレ、俺に力を!」


 ――一閃。

 横凪ぎに払われた剣が魔力塊に触れると、触れた箇所から剣に吸収されていき、元々何もなかった様に消え去った。

 だが、幾分か魔力を分散出来たとはいえその魔力量が膨大な事には変わりはない。いくら聖剣と謳われていたとしても、限界はあるのだろう。

 リブティルシューレにヒビが入っていた。


「もう一つあるのを忘れてないか?」


 限界を迎えている海渡に無慈悲にも襲い来るもう一つの魔力塊は、先ほどの無限振幅(アンプリニティ)の余波を受け、最大量では無い。だが、一つ目よりも巨大なそれは直撃すればただでは済まないどころか、この地を破壊し尽くすには十分な程の魔力が残っていた。


「リブティルシューレに斬れない魔法は――ない!」


 ――投擲。

 飛来する魔力塊に直撃したリブティルシューレは、魔力塊を切り裂き吸収しながら彼方へと飛んでいき、見えなくなったところで爆散した。


「聖剣と呼ばれる程の古代遺物(アーティファクト)を戸惑い無く犠牲にしたか」


 もう一つの太陽と化したリブティルシューレが激しい爆風を撒き散らしながら辺りを照らす。

 だが、不思議なことにこの地には風一つ吹いていなかった。


「これでお互いに切り札を……」

「いつあれが全力だといった?」


 よく見ると鈍色の結界が空を覆っており、それが爆風を押さえているのだろう。

 術者は考えるまでもなくただ一人、シンラだった。


「……本当に馬鹿げた魔力量だな」


 世界を壊す魔力に、それを押さえ込む魔力。それを間髪入れずに使い、完璧にコントロールしている。それでもまだまだ余力が有るように見えた。


「だが、裁定の焔を打ち破ったお前の正義だけは認めてやる――掛かってこい」

「リブティルシューレを喪った俺は取るに足らないって? 嘗めるな!」


 得物を喪った海渡に向け掌を曲げる。あからさまな挑発行為だが、既にカードを切った海渡は乗るしかない。

 腕を大きく振りかぶり全身の力を込めて殴りかかった。


「――速いし重い拳だな。だが、平和を敷くにはまだ足りない」


 徒手空拳の心得など余り持たない海渡だが、剣士の膂力が魔法使いのそれに劣るなど普通はあり得ない。だがシンラは全力のそれを正面から受け止めた。

 海渡も何度も打ち込みたまに蹴りも交えながら怒濤の攻撃を浴びせるが、シンラは危なげなくいなし軽い反撃も行っている。

 そもそもの力量差がはっきりと示された瞬間だった。


「暴力だけが平和の道じゃないって言ってるだろう!」

「だが、いつの世も王道を敷くのは絶対的な()だ」


 強大な力は人を生かしも殺しもするが、力無き正義は無力なものだと、シンラは語る。


「シルジア国が証明して見せた! 民を統べる者が王でなくても良いことを!」

「現に今こうしてお前は力に屈しようとしているじゃないか。その国の象徴、代表としてこの場に現れた以上、お前がシルジアそのものだというのに、だ」

「っそれは……」

「そして俺もボロークそのものとしてここに居る。だから俺は証明しなければならない、形はどうであれ力こそが正義だと言うことをな」


 ――そこに俺の意思は存在しない。と、シンラは静かに吐き捨てた。


「だからそれは間違いだと――」

「――なら間違いだと言うことを証明してくれよ」


 今までの強い口調が一瞬揺らぎ、迷い、淀み、縋るような声色で海渡に投げ掛けた。

 長い人生にして刹那の時間、それも敵としてしか共に過ごしていない海渡が初めてみた弱い姿は、優しい彼の動きを鈍らせるには十分すぎる衝撃だった。


 そして、その隙を見逃せるほどの強さを持てないシンラは無防備な腹部に掌底突きを無慈悲に打ち込んだ。


「貴様達の在り方を是とする奴も否とする奴も居る。俺だってボロークの在り方に疑問が無い訳じゃない。だからと言って、思想の違いを止めるほどの力は俺には無い」


 吹き飛ばされた海渡はボロボロの体を無理矢理起こす。シンラは止めを刺すためか、正眼に捉えた標的に向かってゆっくりとただ真っ直ぐに歩き出した。


「ゲホッ……これほどの力を持っていながら力がないだと? ふざけるな!」

「ふざけてなどいない。なんなら、お前よりも弱いだろうな」

「どういう――」

「人を束ね、導くと言う点において、暴力は人望、信頼、信用に劣ると言うことだ」


 海渡の前に立つと同時に言い終える。それが気力の限界だったのか、少しよろけながら膝を地に付けた。だが、空を覆う幕には揺らぎ一つ見せていない。

 そして、二人しか居ない筈の戦場に数十の人影が現れた。


「一体何が……」

「大方、このステージに幕を下ろしに来たんだろう」


 シンラの言葉に回答するかのように、数人の人影が近づき剣を二人に向けた。


「不殺の勇者鈴音海渡、ならびに反逆者シンラ・アルフォントの処刑を開始する」

「……誰の差し金かは知らないが腐った真似をしてくれる」


 再び始まる戦闘。構図は勇者二人が囲まれる形になっているが。


「ハッ――この状態で、荷物抱えてたら真面目に踊る(戦う)のはちょっとばかし厳しいな」


 ボロボロの海渡を背にシンラは膨大な魔力を消耗した上に高密度の結界を維持している状態だ。

 無論、刺客の一人一人が一戦級の猛者だろう。いくら人外の域に居るシンラでも消耗した上に囲まれている現状は多勢に無勢、逆に言えばこんな状況でもなければ負けることは無いのだろうが。


「海渡……お前に未来を託すぞ」

「何を言って――」


 ――爆発。いや、蒸発といった方が正しいか。この地にリブティルシューレ(太陽)が墜ちた。

 

「偽善者はどっちだよ」

「たとえ偽善でも悪よりはなにもしないよりはマシ、だろ?」


 より早く落とすために強度を上げた結界を動かし、墜ちた太陽は地面を溶かしながら二人を中心に深い奈落を作り上げた。

 薄くシンラは笑って、倒れた。と、同時にいつの間にか二人を囲んでいた結界が泡のように消えてなくなり、立っていた地面も崩壊し始めた。


「……虫の良い話だが、俺は海渡、お前を信じたくなった」

「何を……」

「いいから聞け。もう魔力も少なくなった、ここから安全地帯まで一人しか飛ばせない。既にボロークでの俺は反逆者として殺されているだろう」


 ゆっくりと崩れる足場に死が二人の脳裏を掠める。


「だから俺を生かすのか? 嘗めるなよ、敵に情けをかけられてまで勇者を名乗れるものか」

「だからこれは俺の押し付けだ。俺と違ってお前の手はまだ汚れていない、綺麗なままなんだよ。ここまで来て不殺を貫いたお前の正義は人を導く力になる。情け無い話だが……俺はそう信じたい」

「俺にはお前程の力はない」

「人望は立派な力さ。だからお前には両国を纏めてほしい」

「勝手な事を」

「誇れよ。お前は俺に勝ったんだ」


 海渡の体が光りだす。空間転移魔法の合図だ。

 

 

「死ぬんじゃねえぞ勇者! てめぇが二つの国を纏め上げろ! 無理でもやれ。平和な未来を望むんだったらそれぐらいやってのけろ!」

「これが暴力以外の正義の証明になるなら……お前の代わりに纏めあげてやる。例え無理でも押し通す! だから、お前も帰ってこいよ!」


「「……簡単に言ってくれるな」」


 落ちていく勇者は、傷だらけになってもなお、自らの正義を信じ平和のために立ち向かってきた勇者に未来を託し笑う。

 勇者の肩書きを自嘲していた彼もまた、最期は立派な勇者だったと、その生き様を讃え飛ばされた勇者も笑っていた。



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