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業火のメリア  作者: 辺獄ダンス
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家族の肖像 檻のアンティポス

スプリングの利いた上等な馬車の中、アイギス侯テュンダレオースとトリアイナ侯プリアモスは向かい合って険しく顔を歪めていた。


「今代のトリアイナはどうなってるんだ?”戦場歩きの気”が三名もなど、おかしいじゃないか」

「さえずるな、俺にもわからん」


プリアモスは軽くため息をついた。釣られるようにテュンダレオースもため息を漏らしたが、それは対面の男とは違って重く長いものだった。デュンダレオースは息を吐き切ったのち軽く吸った。


「協会に委ねるつもりか?」

「駄目だ。あれは失敗だ。娘を預ける訳にはいかん」

「ふっ君からそんな親らしい言葉が出てくるとはね。クレウーサにも言ってやれば良かったのに」


プリアモスは黙った。

「戦場歩き」という古い仇名は、高火力の魔術師を指す軍部での隠語である。「戦場歩きの気」とはつまり戦場歩きに育ちそうな人材を指す言葉である。ここ数十年、彼らは軍属に置かれ最大防衛力として如何なくその才を発揮できるように徹底的に鍛え上げられた。それは則ち殺人行為をいとも容易く行う兵器へと育てることを意味する。ある種の化け物を人工的に育てるための計画名でもあるが、プリアモスの言う通り成功例は極端に少なかった。


テュンダレオースの恨みがましい視線から目を逸らして穏やかに流れていく街並みを見た。プリアモスは5年前、長女に結婚を命じた日に思いを馳せた。その時見せた一瞬の表情。それを瞼の裏側で受け止め、そして目を開いた。


「何にせよこのまま様子を見る。教育など、必要ないのかもしれんが」

「そうだな。あれは…ほぼ『完成品』だった。恐ろしいことだ。なぜ10歳の女の子が」

「分からぬ、我々ではただ神の下賜物に腹を立てることしかできない」

「全く…、親として不甲斐ない限りだ」

「で、だ」


沈んだ空気を払うようにプリアモスは顔を上げた。


「請けるつもりか?」


わざとらしく勿体ぶった言い方にテュンダレオースは片眉を吊り上げた。

アレクトーの要求、即ちアイギス的教育を引き受けるかどうかである。無論大事な娘を傷つけられた父親として、娘の要求は必ず受領されるべきである心構えである。しかし内容が内容なだけにプリアモスの眉間は険しい。


「大きな完治不可能な傷を負わせたのだ、引き受けぬわけにはいくまい」


そしてテュンダレオースこそがそれを不満に思っているように溜息まじりに返した。


「本当にやるつもりか」


今度こそテュンダレオースを睨み付けるようにしてプリアモスは言った。


「姫様直接の要請とあらば致し方あるまいよ」


父親としての顔を覗かせるプリアモスに満足し、そして諦めたように向かいの美しい中年男は返した。



容姿の良さと言うのは一つの貴族的ステータスである。アイギス家が有名な美形一族であるのに対すればそれほど騒がれることではないが、トリアイナ家の一族も大方が整った容姿を持っていた。

その中でもアンティポス・トリアイナは当代一と謳われる美少年である。絵画から出てきたような繊細なつくりの顔、やや血色の悪い肌色、体は一族の者と比べると線が細いが軍人として必要な筋肉は備わっている。全体を通して暗い雰囲気だが、それを助長するはずの濃い茶の髪と青と灰の間を行き来する薄色の虹彩は情熱的な雰囲気があるようなないような。アンバランスな危うさが、鬱気味の性格が、一部の熱狂的なファンの心を掴んで離すことはないという。


アンティポスは自室の窓際の椅子に深く座り、足を組んで対する相手に不機嫌な気持ちを全力で押し出していた。カーテンの影に掛かり、薄暗い方に座っているのだが目だけが鋭利に輝いている。まるで噂とは違う人物のようだ。


「さぁ説明してくれ。まず、それは何だ」


その、アレクトーが呼ぶ所のアン兄様──アンティポスは言って前を睨んだ。アレクトーはその視線にひるんだ様子もなく紅茶を一口含んだ。

家に帰りついた後、昼食にもありつけぬままアンティポスの部屋へ連行されたのである。


「その禍々しい胸の傷だ」

「禍々しいのですか」

「話を逸らすな」


ただ素直に疑問を口にしただけで、アレクトーにそのような意図はなかった。しかし説明した所で怒りさめやらぬ様子のアンティポスは納得しないだろう。なるべく慎重に言葉を選んでアレクトーは言った。


「事故の話は?」

「聞いている。だがそんな呪いのようなものを受けたとは知らなかった!」


呪いか。アレクトーは小さく呟いた。胸の傷は呪いで残っているわけではないが中々に鋭いことを言う。アレクトーは眉を顰めるとそれを目にしてアンティポスは益々表情を硬くした。翳る青灰色の目の奥でぐらぐらとマグマのように怒気が揺れていた。状況を正確に、さっさと伝えてしまった方が良い。


「アフェトル・アイギスが使用した矢は儀式用のものだった。あれのひとつ上の兄が成人するのでその祝いのために供物を狩っていたそうだ。普通の狩り、普通の矢ならこうはならなかっただろう。だが儀式用の弓矢なら強力な加護が授けられている。それにあの射手だ。矢に持った加護はとてつもない力になったろうと」


ヘレノスの見立てである。アレクトーの説明を聞いてアンティポスは傷の位置から目を離さず顔を俯けた。表立って知られていないことだが、アフェトル・アイギスは任意で魔術を起すことは出来ない。しかし神々から強い加護が与えられている。加護者が『必ず当てる者』の添え名を持っているためにアフェトルの意志に関わらず弓の射撃には強力な加護がついて回るのだ。

ふと視線を逸らしてしばらく考え込んだかと思うと、強い目腺でアレクトーに戻った。


「しかし・・・しかしそれならば余計おかしい。加護があるなら余計に”名の護り”が加護を退けたはずだ」


アレクトーはそこでふと微笑した。


「矢はトネリコだったんだ」

「何だと!」


その言葉でアンティポスの疑念は一気に晴れた。


彼らプリデイン人は三つの名を持つ。

一つ、いみな。加護を与える神霊が彼らを呼び力を与えるために神霊から与えられる名。

二つ、字。個人の普段の式別名で、外的な魔術から身を護る力つまりは”名の護り”を願って選ばれる名。

三つ、姓。氏族全体の名。

アレクトーの字であるメリアスはこの国の古語でトネリコを意味する。矢にアレクトーの加護と同じものがついていたがために名の護りをすり抜けさらには癒着してしまったのだろう。


「何と言うことだ・・・」


物分りの良いような言葉だがその目は更に怒りに燃えていた。ぐらついていたマグマはついに噴火し一帯を地獄に変えた、程度の表現がピッタリなほど激情が荒れ狂っている。

暗い茶の髪に覆われた白い顔は普段より一層不健康に見えるが、目だけが爛々と光っている。まるで彫像の目にはめ込まれた宝石が輝いているようだった。


「あなたの目の良さには全く驚かされたよ」


結論を言えば今日初めて会った時にざっと見て出したアンティポスの見立てはほぼ正解だった。嘆息して呆れたようにアレクトーは言った。そしてより一層怒りのオーラでどす黒い影をまとっている兄に驚いた。


「アフェトル・アイギスを絶対に許しはしない」


優しい、内側に貯め込みがちの兄がそんな風に怒りを露にしたのは初めて見たのだった。


やけくそ投稿。もっと先の話をやりたいのに私は一体なにを書いているのか・・・。

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