業火のメリア
見切り発車・パッションと勢いのプロットフワフワパンケーキ暴走超特急です。
激しい雨風が人々の頬を叩き付けている。
時刻は昼前だと言うのに、日没前のように暗く翳った戦場は視界も地面も何もかもが悪い。
ここで捕まるとは、我が命運も尽きたか。
アレクトー・メリアスは目の前で出撃の合図を今か今かと待つ隊長の広い背に視線を移した。そして暴風のはるか向こうに辛うじて見える敵旗を睨みつけた。今から焼き払う兵たちがあの下で同じように雨風に耐えているはずだ。5千の敵国兵が。
5千など到底一人で焼き尽くせる量ではない。アレクトー達は精々かき集めた100人程度でこの5千を足止めしなくてはならないが、一騎当千と言える将はアレクトーしかいない。
他は全て退却する王子につけてしまった。
アレクトー達は先だって大敗北を喫した王太子軍の退却時間を稼ぐために僅かな人数で追撃隊、延いては前線を留めようとしているのだ。
太い竿を振ったような大きな風切り音がした。強風に堪える兵士達の体にはそこかしこ平原から引きちぎられてきた短い草がへばり付いていた。同じように泥と草だらけのアレクトーに隊長が顔だけで振り向いた。
「こんな日だが、お前の『火』使えるのか」
アレクトーは今更そんなことを聞いてくる男に低く嗤った。
「私の火に、雨は効かない」
片方だけ口角を引き上げた魔術師を目の端に捉えて、隊長は眉をしかめた。しかめた眉の一番出っ張ったところから水滴がポタポタ落ちる。隣に佇んでいた副隊長が呆れたように両肩を持ち上げた。
「最後までそうなんだな、お前は」
副隊長を見ずにアレクトーはその言葉を鼻息で吹き飛ばしてやった。
隊長はため息をついた。腰からぶら下げていた筒のうち、一つをほどいて引き抜くとアレクトーに差し出した。
アレクトーは受け取らず、じろりと重たい視線だけを返した。
「たいがい戦争捕虜など扱いは悪い。魔術師、女となれば尚更だ」
その筒は、集中魔力迫撃砲という砲弾の一つであった。小さな村一つ程度を灰燼に帰すほどの威力をもつ改良型の迫撃砲で、隊長の手によって手榴弾のようにピンを抜けば即時発破できるように改造されている。
「お前がもうこれ以上はもたないと思ったら使ってくれ」
アレクトーは思わず真偽を問うような目を二人に向けた。その筒を使えば、この100人は確実に冥界の船着場へご到着してしまう。後ろから雨と風を挟んで兵士の甲冑がきしむ音が聞こえた。
「戦の華としてお前と共に散れることを誇りに思うよ」
副隊長が緊張感のない能天気な声で明るく言った。
皆、最初から死は覚悟の上で殿軍に名乗りを上げた。恐怖と後悔に震えるものなどここにはいない。
「その通りですな」
「戦場から女性の同伴を賜るとは男の名誉だな」
後ろで3人のやり取りが聞こえた数名の兵士がヘラヘラ笑った。アレクトーは口をへの字に曲げ、激しく眉根を歪めた。その間を泥の混じった雨筋が流れていた。どこか貴族女性らしからぬ顔の女だ。
「お前達の無骨なエスコートなど御免被る。その重装備で踏まれて骨を砕かれてはたまらない」
「そりゃひどいや!」
「相変わらずひでぇな!業火の魔術師殿!」
「いくら何でもそりゃないよ」
後ろからの落胆や笑いの声に混じって副隊長はむっつり顔をしかめて反論した。副隊長は伯爵家に名を連ねる男なので、女性のエスコートなどは身についていて当たり前の教養であった。
アレクトーは副隊長のうるさい視線を無視して、隊列の後ろの方へ振り返った。
最後列で青白い顔の壮年の男が呪文を唱えながら脂汗を流している。隘路*でも高地でもない、この何もない平原で敵方5千人を押し留めている幻惑の魔術師である。敵軍に対抗する、同等もしくはそれ以上の兵力を眩惑させ開戦時間の決定権をアレクトー達に握らせているのだ。
彼は見栄っ張りな男だ。幾度となくこのような悲惨な戦場に配置され、同じような役割を担ってきたがケロリとして顔色を変えたことはなかった。しかし今は(連戦の疲れもあるだろうが)顔色の悪さを取り繕いもせず一心不乱に詠唱を続けている。限界は近いようだ。
アレクトーは幻惑の魔術師のさらに後ろを見た。荒れる平原の向こうに、猛烈な勢いでこちらに駆けて来る騎影が見える。
「ついに来たか」
アレクトーが呟くと、副隊長が同じように気付いて顎を引いた。彼らの様子を見て、さざなみが広がるように兵達の空気が引き絞られていく。地面を蹴る音が段々と近付いてきて一人の騎士が滑るように飛び降りた。王国の紋章をデカデカと胴にきらめかせた、禁中軍のエリート騎士であった。
よく見知ったその赤毛に、アレクトーは目を僅かに見開いた。アレクトーが能力を見出し、そこまで育てた青年だった。
割符を確認されるとアレクトー達へ颯爽と歩み寄る。隊列ががきれいに割れた。
「パンティテス」
アレクトーの呼びかけに目礼のみを返し、それ以上の追求は牽制した。隊長へ略式礼を済ませると跪いたまま言った。
「御一行、カロデン・ムアを抜けました。殿下のお言葉です」
騎士は立ち上がって、小脇に挟んでいた厚紙を掲げた。
「此度の敗北げに悔しくも、アルテミシオンにて勝機を得た。我の好機の礎となる貴君らの奮闘に戦神の加護を乞い願い、名誉の死に頭を垂れる。ステュクスの慈悲があらんことを。」
簡略な言葉だった。王太子からここに残った100人、一人一人へ直に贈られた葬送の言葉だ。王族の直筆らしき書簡に感激して震える者が多かったが、アレクトーはつまらなそうに雨の染みていく厚紙を見ているだけだった。
「渡し川の女神の慈悲など」
ふんと鼻で笑うアレクトーに副隊長はしーっと人差し指を唇に当てた。小さな呟き一つ聞き漏らさない律儀な男に舌打ちした。
隊長はそんな二人をたしなめるように片眉を吊り上げたが、すぐに顔を引き締めて右手を上げた。
ザッと草の蹴られる音と、小さく甲冑の金属音が鳴った。隊長は手を上げたまま前へ向き直った。その背は異常なほどの緊張感を兵士達にもたらした。
敵旗に対峙する隊長へ、100人の目が突き刺すように向けられている。
「さぁ、行こう。征き、取ろう」
滑らかな天鵞絨のような低い声が地面を木霊していった。いきり立つ兵士の視線が隊長の首に集まってゆく。あれを、あれと同じものを。あれと同じ形のものを。仇敵のあれを突き破ろう。斬り払おう。
兵士たちが各々の獲物をとる。槍を取り、盾を地面から引き抜き、馬の手綱を引く。ブルルと馬が顔を振った。
作戦はもう何度も打ち合わせていた。皆やることは分かっている。死力を尽くし、できるだけ多くを害すために少ない時間で作戦はよく練り上げた。
アレクトーの目の蜂蜜色がドロ、と溶けた。燃え上がる炎に燻られたように。きゅっと虹彩が縮まり、そして瞳孔が開いた。
彼女は徐に兵士達へ振り返った。吹き荒ぶ雨風に隔てられていても、その目に宿る戦意の凶暴さに兵士達の皮膚は引きつり粟立った。王国の人間兵器と謳われる恐ろしい魔力を感じる。運悪く視線がぶつかった兵士は身震いした。
まるでタイミングを計ったように風が止んだ。
「我が王に、我が王国に、5千の炭を焚べてやろう」
静かな、涼やかな声が兵士の頬を引っ叩いた。しかしその声とは裏腹に燃え滾るアレクトーの眼が興奮を運んでくる。
ゾワゾワと悪寒が男たちの背中を駆け抜けていく。そして突如心臓が大きく脈打つ。ドク、ドク。心臓が這い上がってきたかと思うほど耳の近くで拍動の音が聞こえる。空気が気管を出入りする音が聞こえる。一気に血管が拡張し、炙られたように兵士たちの体温は上昇した。
副隊長はアレクトーから視線を外してふと横を見た。土砂降りの雨粒たちがスローモーションのようにゆっくりと地面まで落ちていった。驚いて視線を上げると兵士達は笑っている。
隊長は哂っている。
副隊長は嗤っている。
アレクトーは、呵っている。
「我が祖国に!」
ボォッとアレクトーの周囲を暗い炎が燃え上がった。取り巻くようにゆらゆら燃えては雨を焼いた。
「夜を照らす薪を焚べよう」
アレクトーの肩に落ちた雨が瞬時に蒸発してシュワシュワと湯煙をあげ始めた。アレクトーの垂れ目が釣り上がった。ぐにゃっと弓なりに歪んだ。
兵士達が獲物を握り緊め、地面を踏み込んだとき、隊長が叫んだ。
「否!」
ワッと兵士全員の目が隊長に戻った。
唐突にアレクトーの熱波が隊列を襲う。止めるつもりか、推すつもりか。歓喜とも期待とも赫怒ともつかぬ熱だ。その熱を受け、兵士を避けた足元の草が燃えている。兵士達は気にした様子もなく浮かされたように笑っていた。
「夜の帳を焼き払おうぞ!焼き捨てようぞ!仇の旗毎!仇の旗迄!」
なあんだ、そっちか。アレクトーの口は弧を描いた。上限の月がぽっかり現れた。隊長の目もついに弓なりに撓った。下限の月がぼおっと光る。
「5千の薪を!」
隊長が更に高らかに声を上げると兵士は呼応した。
『焚べろ!』
『焚べろ!』
『焚べろ!』
100人の合唱が地面を揺らした。おっと、これでは開戦を敵に知らせているようなものだ、アレクトーは無邪気に笑った。
「今から殺しにゆきますと奴らに教えたようなものだな」
顔に似合わぬ下品な笑顔で副隊長が全く同じことを言った。アレクトーはたまらず吹き出した。隊長も吊られて口角を大きく上げた。ずぶ濡れなのも、泥塗れなのも気にせずに三人はゲラゲラ笑った。どろどろの、頬のこけた兵士たちが爛々と目を輝かせた。
さぁ行こうじゃないか、焼こうじゃないか。家族のために薪を拾おう、炭を焼こう。藁を敷いて薪を並べよう、籾殻を撒き火を放とう。5千の兵を炭にして、それから我が王国の夜を照らし明かそう。敵旗を燃やし、柄まで灰に焼き尽くす、種火を起そうじゃないか。
慄け、竦み上がれ、仇敵よ。
風がまた吹き荒れ始めたとき、100人は隊列を崩さず平野を駆け抜けた。音もなく、影のように草原を縫い、敵旗の眼前に突然姿を表した。
「太鼓を鳴らせ、喇叭を吹け!期は既に失っているが!」
獣のように副隊長が咆哮を上げた。
敵軍の前線が驚いて混乱する。崩れた隊列の隙間に獲物をねじ込み王国の兵士達は動けぬ後列を引きずり倒して行った。気丈にも応戦しようと敵軍の中尉と思しき男がラッパを吹かせた。だがそのラッパは攻撃開始のリズムを吹き終わる前に沈黙した。
ゴゥっと聞いたことのない轟音が前線800人を襲った。
巨大な炎の柱が上がり、ずっと後ろに控える指揮官は思わず指揮棒を取り落とした。
「魔術師がいる!」
「まさか!魔術師を捨て奸**に使うなど!!有り得ない!」
幾千もの王国兵が雄叫びを上げ、後方から猛然の勢いで突進してくる。敵国兵はそれを幻影だと露とも知らず、恐怖が太鼓の音を掻き消して行った。
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100人居た筈の同胞は既に10を切っていた。
3千と半の敵国兵を突撃した勢いのまま撃滅したのは良かったが、後方に布陣していた指揮官に届く前に勢いを削がれた。指揮官がどうも優秀らしくあと一歩の所で攻勢をかわされた。挙句の果てに今は上手く緩い勾配の下側に誘いこまれている。丘の上から大砲が容赦なくバンバン打ち込まれ、戦場は大変に煩く仕上がっていた。
アレクトーの炎は向かってくる大砲を届く前に溶かす。
銃弾も矢も兵も、全部焼いてしまうので敵兵はアレクトーの消耗を待つことしかできない。だが意外なことに撤退する意思はないようであった。半刻ほど前に屍となった幻惑の魔術師の力がまだ、丘の上の者たちに王太子近衛隊の旗と兵団を離れた場所に見せている。あれを捕らえるか折るかするまで引くつもりがないのかもしれない。何にせよアレクトー達には都合の良いことである。使える頭脳など早々に潰しておくに限る。
そもそも最初から五千の兵は全て叩き潰す腹積もりだった。後から追いついた本隊が凄惨な戦場に震え上らなければならない。恐ろしい結果を、惨たらしい蹂躙を見せつけなくては魔術師たるアレクトーが死ぬ意味がない。
そのために敵を早く燼滅しなくてはならないが、どうしてかアレクトーは防戦一方で進軍する様子がなかった。
アレクトーの体からもうもうと湯気が上がっている。暗い表情でぐちゃぐちゃの地面を睨みつけていた。負傷はかすり傷程度だ。しかしアレクトーの兵装は焼け焦げ、末端の布などは炭化していた。風雨に当たってボロボロと崩れる袖をうざったそうに一瞥して、精霊へ語り掛けるために息を吸い込んだ。
「アレクトー様!」
声を出そうと腹に力を入れた瞬間、きんぴかの甲冑に体を吹き飛ばされた。
体が地面に打ち付けられると肺が潰れた。気管を握られたように呼吸ができない。ヒュッ、ヒュウ。アレクトーは喘ぎながら諱を躊躇うことなく叫んだ相手を睨んだ。ドウっと一緒に倒れ込んで来た相手─きんぴか甲冑野郎はパンティテスであった。アレクトーの育てた、エリート騎士である。
「投げ槍が」
血みどろの甲冑を脱ぎ捨てながら怒り心頭のパンティテスはさっきまでアレクトーが立っていた場所を指差した。3本の投げ槍が地面を抉りながら刺さっている。アレクトーをそれらからギリギリ守ったようだった。
パンティテスは様々な留め金を外し終わると胴当てをやけくそに地面に投げつけた。粘着質な衝突音がして胴当てが埋まった。泥が跳ね更に汚れたがすぐに振りつける雨がすべてを流していった。
「お」
命の恩人に感謝するどころかアレクトーは睨み付ける目をより鋭くしてパンティテスの胸倉を掴んだ。
「お、おっお前えぇ!なぜまだここに居る!!」
パンティテスを殴ろうと拳をその顎めがけて振った。小気味の良い音が鳴った。殴れたのはパンティテスの掌だった。音は良いが、怒りのあまり震えまくった拳の、正直ヘロヘロなパンチだった。
「何故となど、愚問では?散る華の添え物ぐらいにはなると自負しております」
「減らず口を!馬鹿野郎が!」
胸を張るパンティテスへ間髪入れず2撃目が襲った。下から上に。今度はきれいにヒットしてパンティテスは悶絶した。
「何のためにお前を見出したと!?糞!クソが!」
見事なアッパーだった。パンティテスは口を閉じていて、舌を出していなくて良かったと心底思った。
怒りが冷めやらぬアレクトーはパンティテスが脱ぎ捨てた甲冑をボコボコに殴った。ガン!ガン!と、板金工場から聞こえるような金属音が鳴り響く。
「手が!」
しばらくしてやっと復活した涙目のパンティテスがアレクトーの腕を掴んだ。その手元を見ると既にへこみ加工の前衛的な甲冑が出来上がっている。肩で息をするアレクトーに「こんな時に何を遊んでいるのか」と諫言するのは躊躇われた。
パンティテスは抵抗する元気がないのを確認するとアレクトーの腕を引き寄せた。とりあえず異常がないか確認したい。
籠手を乱暴に脱がせた。心配していた手は節が赤くなっているだけだった。指を摘んでぐにょんぐにょん曲げてみたが痛がるそぶりは特にない。すかさず籠手をはめなおした。一息ついて今度は全身くまなく観察したが、黒焦げのアウター以外は容認できる負傷具合である。
アレクトーは黙ってパンティテスを見ていた。
敵軍はもちろん、こんな時でも丘の上から大砲を斉射するのを止めない。ドンドンドンドンとそれはもう煩い。耳を劈くような、というかもうとっくに耳を劈いた無駄な轟きにアレクトーは怒りを覚え始めた。
どうせもう10人とパンティテスしか居ない。もう良いじゃないか。最後の特大花火を打ち上げてやろう。
アレクトーはパンティテスから両腕を取り返した、その辺に落ちていた布切れを厚く左手に巻き付けると、立ち上がった。燃え盛る戦場の臭い空気を胸一杯に吸った。
「パンティテス」
アレクトー史上最高の柔らかな声にパンティテスは目を丸めた。豆鉄砲を食らった鳩もよもやという驚愕し様だった。
「また50年後にな」
優しく微笑んだ後、アレクトーは左手を渾身の力で振りかぶった。女の身である自分のパンチなら歯が折れるか骨にひびが入る程度で済むだろうという算段で、全身全霊のフックを左から右に。さっきとは違ってブンと鋭い風切り音がした。パンティテスが我を取り戻す隙もない。水の滴る善い男はポカンと恩人を見つめていた。
重い音を立てて諸刃のパンチはヒットした。もんどり打って向かって右へ吹っ飛ばされる。倒れこんだ後は沈黙し、もう御託を並べることはなかった。
「少なくても、あと50年後にな」
アレクトーは拳の痛みを堪えながら口を歪めてさよならを言った。騎士の知識もないままに、よくぞ育てたと思う一人の青年に一瞥もくれずに斜面を踏みつけた。
ぬかるんだ地面に足を取られつつも一歩一歩、ゆっくりと丘を昇り始めると最後の同僚たちがぞろぞろとアレクトーに続いた。炎の壁に焼かれて勢いを失った矢や、銃弾、砲弾の破片、溶けた金属の飛沫からアレクトーを守る。実はパンティテスと漫才をかます前からずっと周りを固めていた。
熱くなった巨大な鉄板を手放しもせずに、激しくなる敵の攻勢に耐えながら一同は敵旗・指揮官の元まであと20メートルと言う場所まで近付いた。
ここまで善戦してきた砲兵も大砲を物ともしないアレクトーの恐ろしさに打ち震えた。ガクガクの膝に負けてその場にへたり込んだ。情けない悲鳴を上げて何とか地面を這う者も居た。それより早く、逃げ去った者も居た。一騎の立派な騎兵が炎に魅入られた指揮官を無理やり拾い上げて走り去って行った。
判断が遅いじゃあないか。
アレクトーは幼児を慈しむように微笑んだ。
「ナーイアスよ、我らがレーテーよ。加護を」
ザーザーと降りしきっていた雨が突如として弱まった。アレクトーの呼びかけに抵抗して弱弱しく降る霧雨がアレクトーの頬に筋をいくつか作った。いっそ晴れ晴れとした表情でアレクトーは前を向いた。
暗い炎がどんどんと色を落して行き、それに連れ周りの温度もまた下がって行った。凍えるような熱さが同胞の盾を焼いた。盾の外側がどろりと溶けた。だが盾を持つ彼らの表情はアレクトーと同じだった。
対する敵国兵はなすすべもなく焼かれて燃え盛っている。大砲はグズグズに溶け、草原は一面灰と化し、湿地のはずが地面はもはやカラカラに乾燥している。アレクトーの足元などは赤く発光し、砂さえ溶け始めていた。
隊長が何時間か前にくれた、集中魔力迫撃砲などでは比べ物にならないほどの地獄が目の前に広がっていた。火の粉が上がる中、アレクトーは炎の原を駆け抜ける二人乗りの馬に意識を集中させた。
良い将こそ死んでもらわねば。お前こそが祖国を明かす燃料と成れ。
「業火よ・・・」
私と共に夜の帳を焼き払う焚き木や炭と成ろうではないか。お前の祖国が滅びるまで。
アレクトーはレーテーの最後の指を振り払おうと目を閉ざした。
その瞬間ドッと衝撃を体に受けた。
一歩二歩と後ろに下がる。
倒れずに踏みとどまることは出来たが、何事か、アレクトーは目を開いた。
トネリコの矢が深々と胸に突き刺さっていた。
*隘路:狭く通行の困難な道
**捨て奸:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8D%A8%E3%81%A6%E5%A5%B8#:~:text=%E6%8D%A8%E3%81%A6%E5%A5%B8%EF%BC%88%E3%81%99%E3%81%A6%E3%81%8C,%EF%BC%88%E5%B3%B6%E6%B4%A5%E3%81%AE%E9%80%80%E3%81%8D%E5%8F%A3%EF%BC%89%E3%80%82
肉かじりながら頑張りますがいっそビタミンB1の海に浸かりたい!
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