ちょっと寄せますよ
「教科書やら参考書も寮だし、どのみち寮には戻らなきゃいけないのか。もっとも」
行く先の変更と言う訳にはならないが。まず実習室を借りるために事務室に向かう必要があるのだ。
◆◇◆
「確かそんな感じで事務室へ来るのを優先したんだったな」
だが、実習室は借りられそうになかった俺にプレスが共同利用しようと言ってくれ、その足でこの実習室に来た。結果として俺の腰にぶら下がってるのはいつも携帯してる触媒のみ。
「先輩、どうしたんすか?」
「単なる忘れ物だ。実習室を借りてから寮に触媒を取りに行く予定だったんだが、事務室からここまで直接来ただろ?」
「あー、それじゃ困るっすよね? 取りに行きます?」
説明すればプレスも事情は把握したらしく、そう提案してくれたが俺はいやと頭を振った。
「俺が席を外せば補正が消えてしまうだろう?」
それではプレスが俺と一緒にこの実習室を使うメリットが消えてしまう。
「それにこの触媒でも使える魔術はある。効果量が違うだけの上位互換な魔術なら使用する触媒は同じだからな」
予定とは違い、C級からとはいかなくなってしまうが、自身のミスが原因なのだからそのツケは自分で負うよりほかない。
「そういう訳だ、俺のことはいいから自分のことに専念してくれ」
「ありがとうございます、っす。なら、先輩の好意に応えるためにも、モノにして見せるっすよ」
「ああ」
その意気だと続けつつ、俺は教科書をめくる手を止めてプレスを見ていた。プレスと俺では適性がまるで違う。それでも何かしらの参考になるのではと思ったのだ。前方に突き出されたプレスの右手。唐突に光でできた投槍が生まれ、実習室の奥に並ぶ傷つき煤けた的に穂先が向く。
「B級魔術か」
属性は違うが、あの不愉快な生き物が同じような魔術を使うのを見たことがある。だから難易度を察すのは難しいことではなかった。見たところ、暴走する予兆のようなモノもないし、光の槍は安定したままプレスの手の前で浮遊していて。
「ライトジャベリンッ!」
プレスが魔術名を口にするや否や、かなりの速さで飛んだ投槍は中央こそ外したが的の円に命中する。
「おし、当たったっす! しかし、ちょっとずれたっすね」
右手は突き出したままプレスはボソッと続けると、左手を自分の胸の膨らみに伸ばし右の膨らみを内側の方に寄せる。
「ふぅ」
見なかった。俺は何も見なかった。それた理由はよくわかったような気がするが、俺は何も見ていない。
「しかし、きちんと発動したし、感触はつかめたっすから、後は数を打てば先輩の補正抜きでも撃てるようにはなりそうっすね」
「そ、そうか。それは良かった」
どうやらプレスの問題は無事解決できそうらしい。俺としても一緒にいる甲斐があったというものだ、ただ。
「じゃ、感覚忘れないうちにもう一回っす」
なんて言いながらおっぱいの位置を調整したまま次の魔術というのはどうかと思うのだ。力を加えて変形させたおっぱいが目の毒というか目の毒というか。たぶん当人は魔術をモノにすることに気を割くあまり気づいてないのだと思うが。
「……教科書を変えるか」
ここで第三者からどう見えるかを指摘するのは、俺がプレスの胸をガン見していたと取られかねない。あらぬ誤解を避けるためにも、俺は視界を遮るモノを求めて本箱へと向き直る。
「さてと、今の触媒で可能な魔術は――」
いつも使っているE級やD級のものは問題ないが、一人でも可能で今やる意味は薄い。
「『S』か……これはパスだな」
事情が異なったとはいえ、最初にナシにしたものに手を伸ばす気はない。
「『C』のこれは複数触媒を使うのか、片方はここにないな。没」
適正属性の教科書のページをめくり、時折にらめっこしながら読み進めること暫し。
「いきなり『A』だと?!」
ダメそうなものを排除した結果、残ったのがソレであった。
「え? A級? その触媒でも他に使える魔術なかったっすけ?」
「いや、おそらくはあったんだろうけどな」
思わずこっちを振り向くプレスに俺はページの破りとられた教科書を見せた。
「うわぁ……それ、報告しておかないとっすね。報告し忘れたら破ったの自分たちってことにされかねないっすし」
「そうだな。しかし、身体強化系魔術の教科書だし、大方教科書を持ったまま腕力を上げる魔術でも使ったってところか」
そして加減を間違えた結果が、これ。肉体強化系の魔術を使うモノとしてのあるあるだった。