魔術の難易度
「それで、紹介は後日と言うことでこの実習室も借りられてる時間限られてるし、そろそろ始めたいんすけど?」
当然と言えば当然なプレスの申し出にそうだったなと応じた俺はちらりと実技実習室の片隅を見た。そこには持ち出し書き込み禁止と言う札が上に置かれた本棚が一つ設置されている。
「なら俺はあそこの実技の教科書に目を通して来よう。能力の上昇で高難易度の魔術も今なら使えるはずだからな」
「あー、確かにそうっすね」
魔術は触媒を用い世界の魔力を使い超常現象を起こす術だが、数多あるそれらには先人により難易度で区分されていた。身の丈に合わぬ魔術を使って失敗し、暴走した術が事故を起こさぬよう、後に続く者達の指標となる様にだ。
「それで、どの辺りの難易度の魔術をやるっすか? 『A』級? それとも『S』級いっちゃうとか?」
「それも悩みどころではあるんだよな。『同じ魔術を行使して熟練度を上げれば、補正が消えて能力が下がっても繰り返し練習して得た経験によって無意識に負荷を軽減するすべを身に着けているために自身の能力より高い難易度の魔術でも普通に行使することが可能になる』からな。補正の効いてるうちに熟練度上げしてしまうというのも一つの選択肢ではあるんだが」
「『慢心することなかれ、熟練が足りねば魔術の暴走につながる』教科書には必ず書かれてる注意書きっすね」
プレスの言葉におれはああと頷いた。
「そも、俺はこれまでそんな高ランクの魔術とは無縁だったからな」
あの不愉快な幼馴染なら即座に一番難易度の高い魔術に飛びついたのだろうが、まだSと言うのが俺自身でピンと来て居ないのだ。こんな状況で挑むのは危険すぎる。
「やはりここは地道に『C』から始めてみるとしよう。確か、『D』や『E』の魔術を複数同時使用するタイプの魔術が『C』にあったはずだしな」
単体なら慣れてる魔術を複数に増やすだけ、これなら元々馴染みのある魔術だ。失敗はしないだろう。
「先輩、堅実なんすね」
「冒険できる余裕なんて今までなかったからな。それに――」
若干悲しくもあるが、今はきっとこれでいい。俺がいきなりS級の魔術を使いこなせるようになってもいいことはあまりないのだから。
「『S』級の使い手が出れば学校中で話題になるのは間違いない。その結果、な」
あの不愉快な生き物の行動パターンを鑑みると、自分から絶縁したことも忘れて俺がS級魔術を使えるようになったのはこのヨアニス・ヨラントーコおかげなのよとか、触れ回りそうだ。
「勘違いも甚だしいって言いたいところだが」
当人の想像とは違うし俺としては業腹だが、ある意味あの生き物のおかげと言えなくもないから始末が悪い。
「あの幼馴染なら自分に都合よく考えて、『絶縁を撤回してあげるから喜びなさい』とかほざいて恩着せがましさ満載でよりを戻そうとしてくるのが目に見えるようでな」
「……まぁ、『S』複数持ちとなるとほぼ将来は約束されてるっすからねぇ。自分の友達にも先輩のことを知ったら『出産を前提に既成事実を作らせてください』って行ってきそうな子が一人いるっすよ」
「何それ怖い」
結婚を前提には聞いたことがあるが、いくつ段階をぶっ飛ばしてるんだ、その人は。
「まぁ、先輩に近寄らせる気はないっすからご安心を。ともあれ、衝撃の新事実が発覚した先輩は他所から見るとむちゃくちゃ魅力的ってことっす。今のうちに自覚しておかないと、ハーレムって修羅場ることも十分考えられるっすからね」
「いや、確かに魔術剣士科のエリートの連中とかがモテモテなのは見かけたことがあるから、置き換えれば想像は難くないが、ふむ」
忠告はありがたいが、今日まで劣等生ポジションだった俺としてはまだちょっと半信半疑なところがあり。
「いずれにしても『C』から初めるなら問題ないか」
じわじわ難易度上位の魔術を扱えるようになってゆくのであればいきなりS級をと言うのと比べれば変化に対応できる時間も余裕もできるはずだ。
「さてと、こっちは決めた。悪かったな、始めたいと言ってたのに雑談で時間を使わせて」
「あ、お気遣いなくっす。会話しつつ自分、触媒の準備とかしてたんで」
「あ」
そう言ってプレスがヒラヒラ手を振ったところで俺は気づいた、触媒を寮へとりに行くのを忘れていたことに。
プチ人物紹介っ
・事務員のおば、お姉さん
本名はまだ未定。冷静沈着、表情が変わるところを見た人はおらず、いつも淡々と業務をこなしている。故におばさん呼ばわりにしても起こらないが、手続きが雑になったり、申請を後回しにされたりと言った形で復讐されるため、学校内でおばさん呼びは避けることが暗黙の了解となっている。既婚者で子供は娘が一人。