微ざまぁ
「『なんだこれ』じゃないっすよ? どうなってるんすか?!」
のぞき込んでいたおっぱもといプレスが叫ぶが無理もない。
「『S』っすよ? 滅多に出ないからほとんど便宜上存在するだけだって言われてる最高評価が複数、数年前にエリート中のエリートである魔術剣士科から一つ『S』評価のある学生が出た時でも結構騒ぎになったって聞くのにそれが三つとか――」
「落ち着け。確かに『S』みたいだが、これはそっちの補正込みでの『S』だろう」
落ち着けと言いつつ俺も自分で結構驚いてはいるが、一つだけあるA評価を見るに、補正を取っ払った場合の評価はAが四つとかその辺りで落ち着くのではないだろうか。
「っ、失礼したっす。けど、補正無しでもこれ『A』四つあっておかしくないっすよね? それって魔術剣士科のトップ辺りの出してる評価と大して変わんないかむしろ先輩の方が勝ってるレベルなんすけど?」
「それはあれだな、四つ以外の評価は軒並み変わらず『D』か『E』だしな。総合的に見ればこっちが負けだろう。だから騒ぐほどのことはないはずだ」
言いつつも俺の声は若干震えてて動揺が消せてはいないのだが、それはそれ。
「問題はどうしてこうなったか、だな」
確認前の俺の予想では魔女座のマイナス補正が消え、かわりに女皇座の補正が追加され、あわよくばツーランクアップ、つまりBになってたら良かったってぐらいだったのだが。
「確かに謎っすね。補正によって下がってた分が戻ったってレベルじゃ説明がつかない評価っすし」
「ああ。正直『B』があっても驚きはしなかったが、『S』はなぁ。うーむ」
何がどうしてこうなったのかに説明がつかず、俺は唸る。
「ええと、それじゃ普段はどうだったんすか? その魔女座の人と一緒じゃない時。一人の時にステータス確認をしたことは?」
「ん? ないぞ? このステータス確認の器具は高価で置かれてる場所が限られてるだろ? 授業はあの幼馴染とずっと一緒だったし、実習室借りるなんてことは実技の方はほとんどなかったが、借りるときは頼んでもいないのに毎回付いてきてたからな」
あの不愉快な生き物のたまわく、私の補正がなければエレンの能力はさらに悲惨になるじゃない、だったか。自分が疫病神だと認識していないがゆえに手助けのつもりだったのかもしれないが、正直有難迷惑どころか有り難くない大迷惑この上なかった。
「あー、じゃあ素の能力は測りようがなかったってことっすか」
「だな」
そうでもなければもっと早くに気づいて、この異常さの原因について考察していたはずだ。
「うん? ずっと一緒……」
「ん? どうした?」
「いえ、先輩ずっと一緒だったって仰ってたっすよね? だとするとその魔女座の人、先輩にとってこう、トレーニングの負荷みたいなモノになってたんじゃないっすか?」
指摘されて「あ」と声が漏れた。
「そうか、負荷か!」
もともと剣で身を立てようと思っていた俺にはわかりやすいたとえだった。
「おもりをつけて運動すれば負荷がかかっている分、トレーニングの効果が増す。アレとの日々は」
ただ苦痛なだけではなく、ハードなトレーニングとなっていたという訳か。故に負荷のかかっていた部分の魔術が俺の想定を超えて育っていたと。だとしたらあと一年ちょっと我慢してあの不愉快な生き物と一緒だったら補正なしでSを狙えていた可能性があったのかもしれない。
「うぐっ」
「どうしたっすか、先輩?」
「いや、何でもない」
ざまぁしてやるとあの生き物は言っていた。だが、まさかこんな形でほんのちょっとだけでも後悔することになるなんて、想定外だ。想定外も甚だしかった。
「しかし、あのありがたさゼロどころかマイナスな補正にこんな恩恵があったとはな」
「あー、確かにびっくりっすけど、仕方ないっすよ。剣聖座の人は魔女座の人と一緒なんて耐えられないってのが常識っすし」
「まぁ、な」
俺みたいに我慢を強いられてるのはレアケースなのだろう。その俺だって機会があればあの不愉快な生き物とはさっさとおさらばすることを望んでいただろうし。
「しかしそうなってくるとあれだな。トレーニング用の仲間として魔女座の人間がいてくれるというのは悪くはないのか」
あの不愉快な生き物に頭を下げるつもりなど毛頭ないが、魔女座の人間がアレしか存在しないということもありえない。
「あー、仰りたいことはわかるっすけど、剣聖座の人と組みたい人となると自分の知り合いとしても難しいっすよ。負荷がかかってトレーニングになってたってのを話して構わなければ別っすけど」
「……だよな」
「そうでないとすると心当たりは一人だけ」
ぼそっと続けられた言葉に思わずいるのかと思い切り振り返ってしまったのは悪くないと思う。
「いや、確かに存在はするっすよ? ただ、ちょっと、いや、すごくアレな人なんすけど」
「アレ? 俺の知ってる魔女座が酷かったからな。大丈夫だ、問題ない」
いくら何でもアレより酷いのは居ないだろうと思ってこたえた俺にプレスは言う。
「そ、そういうことっしたら後日自分が紹介するっすよ」
「ああ、頼む」
だがこの時俺は知らなかった、その安請け合いを後悔するハメになるなどとは。
まさかの主人公側が後悔。