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とある本屋にて

 出来心で流行りのモノに手を出してみる。

「我儘な幼馴染を絶縁してざまぁ、ねぇ」

 王都にある本屋を訪れた俺は本棚に並ぶ小説の背表紙を左から順に視線でなぞって徐に一冊を手に取った。

「……なんだこれ」

 我儘放題の幼馴染が主人公に見限られ、幼馴染は自業自得ともいうべきひどい目に遭い絶縁した主人公はなんやかんやで成り上がって大成功を収める。要約するとそんな感じの話だと思うのだが。

「うーん」

 人気のある作品を集めた一角だと店員に聞いてここに来たのだが、どうしてだろうか全く面白いと感じなかった。

「いや、これは俺の波長が合わなかっただけかもしれん」

 気を取り直して隣の本の背表紙に指をひっかけ、引き抜いて開く。

「ふむ」

 開いて目に飛び込んできたのは罵倒の文句だ。

「初手、罵倒」

 ぼそっと我ながらつまらない言葉が口にでる。そうしてそっと二冊目を閉じた。

「解せぬ。なぜこれが人気なんだ?」

 ワカラナイ。それでもめげずに三冊目に手を伸ばしたが、数ページも進まずにため息と一緒に本を本棚に返した。

「なんだこれ、本当になんだこれ……」

 困惑。ただ困惑した。ひょっとして俺は面白いのセンスが全く違う異世界にでもトリップしてしまったのだろうか。

「いや、創作の世界と現実をごっちゃにするのはやめろ、俺。だいたい今日は面白い本を探しに来たわけじゃないだろ、俺」

 俺はエレン・マウ。この王都で魔術師を養成する学校の五年生であり、同級生に我儘な幼馴染を持つ男だ。今日この本屋に立ち寄ったのも、この『我儘な幼馴染を絶縁してざまぁ』する小説が最近の流行と聞いて、会話するのも嫌なあん畜生の扱い方のヒントでもあればとやってきたのだ。とはいうものの、何冊か見た結果はなんだこのつまんない作品群れはといった感じであり。

「結局、全然参考にならなかったな」

 溜息を吐いたのは店員睨まれてすごすご逃げ出した後のこと。

「うん、立ち読みした挙句内容に文句つけてればそりゃこうなるよな」

 これについては俺の自業自得としか言えない。

「が……うん、そうか」

 少し経って冷静になれたのか、不意にあの作品群を面白くないと感じた理由に思い当たる。

「俺って我儘な幼馴染が居るもんなぁ」

 普段から幼馴染に不愉快な思いをさせられてる俺としては、日頃の嫌な思いが冒頭の罵倒やら何やらで思い起こされたりしたんだろう。

「そりゃ、つまんなく感じるわけだわ」

 我儘幼馴染は現実だけで沢山という訳だ。これは俺自体が間違ってた。

「結局、自分のミスで時間を無駄にしただけか。我ながら何やってんだか」

 せっかくの学校の休日だというのにとまたため息が出る。

「仕方ない、帰ってふて寝でも――」

「あら、エレンじゃないの」

 しようかと続ける前に背後から不愉快な声がした。噂をすれば影という奴だろうか。だが、俺は気にしない。気にしたら負けだ。

「何? 落ちこぼれて補習のための参考書でも買」

「帰って寝ようか」

 何やら決めつけで勝手なことを口にしだしたので、きっちり続けた俺は歩き出そうとし。

「なっ、エレン、ちょっと待ちなさいよ!」

 がしっと腕を掴まれた。

「帰って寝よう」

 だが俺にも意地がある。というか、この我儘幼馴染という不愉快生物の鳴き声は聞けば聞くほど不愉快になる逆奇跡の雑音だ。腕を掴まれた、それがどうした。俺は返って寝る。

「引きずってでも帰って寝る」

「な、止まりなさい! ぐ、ぐぎぎ」

 そうすれば俺が勝者だ。魔術師養成学校の学生宿舎は男女別。こいつだって男子寮の中までは入ってこれない。俺は、鋼の意思で勝利にめがけて突き進み。

「ゲインパワーッ! 止まりなさいったら」

「だっ、おま、ぶっ」

 急に増した腕を引っ張る力にバランスを崩し地面との抱擁を余儀なくされたのだった。


◆◇◆


「街中で魔術を使うのは校則違反だろ」

 と、ごくまっとうな指摘をしてもその不愉快な生物は取り合わない。

「エレンの分際で私を無視するからでしょ!」

 悪びれもせず無い胸を反らしたソレはなんだか見覚えのある本を抱えていて。

「前々から思ってたんだけどあんたの行動は目に余るの。だから今日この時をもってあんたとは絶縁よ!」

「えっ」

 思わず俺はその生き物の顔を見てしまった。いや、確かに見覚えのある本を抱えているのだ。あの『我儘な幼馴染を絶縁してざまぁ』な話に感化されて、割と考えもせず思い付きで言い出しても不思議はない。

「物事は深く考えず、自分の思い通りに物事が運ばねば気に入らず、自分の言葉に責任を持たず都合によって言うことがころころ変わる」

 というのが、目の前の生き物の習性なのだ。だから。

「何? まさか絶縁されないとでも思ってたの? それともざまぁされ」

「いや。礼は言わないからな?」

「へ?」

 ただ頭を振って否定すると俺は歩き出す。こう、あの生き物に先に絶縁されたことにはちょっと敗北感を感じなくはなかったが、アレに今後煩わされずに済むと思うと帳消しどころか、プラスだ。

「なんかやる気出てきた」

 実習室でも借りて勉強でもするかと俺は予定と行き先を変更して縁の切れた不愉快な生き物を放置し、歩き出していた。





 秘かにプチ人物紹介をのせておきます。


・エレン・マウ

 主人公。魔術師養成学校の五年生で幼馴染に逆に絶縁される。

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