結衣の言葉
僕はアルバイトの帰り道、自転車を走らせながら今日起こった出来事を思い返していた。
「貴方自身の事聞いてるんだけど?松井 秀一さん?」
「・・・兄さんは殺されました。俺は芳和です」
長谷川さんの言葉に彼は感情のない言葉でそう返した。
「そうなの?まぁ私はどちらでも構わないけど、今ならまだ取り返しがつくよ?正直に話せば、元の生活に戻れる。貴方の兄弟を殺したのは、あの女の人だもん」
長谷川さんはいつものように戯けた喋り方をしている。
川神さんも華井さんも何も言わない。
「・・・しつこいな?俺は・・・」
「私達は、警察には何も言わないよ?だって関係ないから」
長谷川さんの真意がわからなかった。
関係ないなら、なんで彼に声をかけたんだろう?
「貴方に何が起こったかなんて知らないし、どうして弟に成り代わろうなんて考えたかは分からないけど、やめておいた方がいいよ。いつか、限界が来る」
僕は見えない位置から四人が立っている場所を覗き見た。
松井 秀一は、笑っていた。
「あの女、捕まった時俺を見て驚いてたな。自分が殺した筈の男が目の前に立っていたんだから」
「・・・復讐の為だけに自分を殺すの?」
黙っていた川神さんが低い声で呟いた。
「あいつは、俺になりたがっていた。だから、くれてやったんだ」
笑を含む何処か冷たい声が耳に入ってくる。
とても、静かな声だった。
「弟が俺に成り代わっている間、誰もそれが違う人間だと気が付かなかった。親友も、恋人も、あのストーカー女も両親でさえ。よく、気づきましたね?」
「そうだね。私、実は君より人生経験豊富なんだよね。偽りだらけの人生だったから?まぁ、頑張ってみたらいいよ。でも、二度とここには近寄らないで」
長谷川さんは最後、強い口調で吐き捨てた。
「どんな理由があろうと、自分達の都合で他人を平気で傷付ける奴となんて関わり合いになりたくないの。もし、また私達に近づいて何かしようと企むんだったら次はない」
長谷川さんのその言葉に男はやっと長谷川さんが本気で自分を見逃すのだと理解したみたいだった。
「・・・まさか、本気で言わないつもりですか?」
「・・・偽りの人生を歩んでみたらいい。それがどれ程のものか、自分で確かめてみなよ」
長谷川さんはそう言うと呆然と佇む彼の横をすり抜け、振り返らずに歩き出した。
その後を慌てて華井さんが追い川神さんも渋い顔のままついて行く。
僕は完全に帰るタイミングを逃してしまった。
動かない彼の背中を見つめながら僕は息をはいた。