秀一
松井秀一本人の視点です。
俺には双子の弟がいる。
見た目もそっくりで好きな物も嫌いな物も同じ。
俺の両親は子供の頃偶に見分けがつかなかったらしい。
でも、同じなのに俺達はやはり違う人間だった。
弟の芳和は社交的で交友関係が広かったが、俺は面倒なので沢山の友人は作らず限られた交友関係の中関係を深めていった。
芳和はスポーツも大好きでよく俺も誘われたけれど俺はその頃、数字を読み解く事に夢中になっていた。
多分お互い同じような素質は持っていたと思う。
どの時期に何に興味を持ったのか、だけの違いだ。
その結果俺と芳和は全く違う進路を歩む事になった。
俺にとってそれはごく当たり前の選択で、弟も自分の好きな道を歩んでいるのだと思い込んでいた。
毎日山積みにされた課題やレポートと向き合う日々だったけれど忙しい合間にも彼女が出来る。
同じ研究室の控えめな女の子俺より一つ歳上の先輩だった。
けれどその辺りから、俺の周りでおかしな事が起こり始める。
最初は非通知の無言電話だった。
直ぐにブロックしたが、次は差出人不明の手紙が届くようになった。気味が悪くて遊びに来た芳和に相談するとストーカーされている可能性があると言われた。
出来るだけ証拠を残し纏めて警察に持って行けるように記録した。けれど、一向に相手が誰か分からなかった。
「俺がお前に代わって様子見てこようか?」
その頃芳和は余り大学には行かず引き籠もり気味だと母から聞いていた。父も何も言わなかったが心配しているのは分かっていた。俺は、それで少しは気分転換になるのではと、それを了承した。
それから少し経って俺は突然彼女に別れを告げられた。
何度問いただしても、理由は「嫌いになったから」の一言だけだった。その内彼女は大学を退学。連絡が一切取れなくなった。大学を卒業したら結婚の約束をしていた人だった。
それから暫く俺は大学を休んで引き籠った。
偶に様子を見にくる芳和が俺のかわりに大学には顔を出してくれている。何ヶ月かは何も考えられず、けれどそうやって過ごしているうちに、心は自然と前向きになって行った。
「・・・食べる物、買って来よう・・・」
俺は洗濯済みの洗濯籠から適当なシャツを掴むと袖を通した。財布と鍵だけ持って外に出る。
眩しい日差しが少し鬱陶しくも感じたが、それを手で防いで前を見た。
「あ、秀一君?」
その時、見知らぬ女が親しげに俺の名を呼び、かけよって来た。何処かで見た覚えがある気もするが、思い出せない。
「もう外に出る事にしたの?そうだよね、もういい加減大丈夫だと思う」
訳の分からない事を言いながら馴れ馴れしく俺の腕に手を絡ませ下から悪戯っぽく覗き見ている女の顔を見た時、俺は分かってしまったんだ。
これは全て弟の芳和が企んだ事なのだと。