第5話 ブリとにぼし
黒鉄の風
にぼし と おれ と バイク
仔猫“にぼし”
不器用な昭和の男“おれ”
癖の強いバイク“黒鉄”
1匹と1人と1台の共同生活
第5話 ブリとにぼし
「あら、玄さん!
バイク磨いてるの?」
この声は、近所に住んでるみずきさんか?
おれは黒鉄を洗車して、仕上げの途中だった。
顔を上げてみると、色白の肉付きのいい女性が立っていた。
「磨いても、みずきさん程綺麗にならないですよ」
「そういうお世辞は、ちゃんと顔を見て言うものですよ」
社交辞令がバレたようだ。
嘘をつくのは苦手だし....。
でも、怒ってるわけじゃない。
いつものやり取りだ。
おれの名前は玄人だけど、子供の頃から「げんさん」と呼ばれている。
その方が心地良い。
みずきさんはお隣さんだ。
近所....と言っても120メートルくらい離れた所に一人暮らしをしている女性だ。
多分、おれよりいくつか歳は上だと思う。
「これ食べて」
大きなタッパーに何か入っている。
野菜と魚の煮物のようだ。
「おぉ!
旨いものですね」
味がしっかりと染みているから、みずきさんの料理は旨いんだ。
おれの言葉が分かったのか、
エプロンのポケットの中にいるにぼしが顔を出した。
空中に鼻先を突っ込んで、匂いを嗅いでいる。
「あら!
猫ちゃん!」
しゃがんでいるおれを見るように、バイク越しにみずきさんが覗き込んできた。
みずきさんは、ポケットの中のにぼしを見ている。
おれは、みずきさんの胸元を見ている。
思いのほか色白で、綺麗な胸元だった。
「どこ見てるの?」
おれの視線の先がバレたようだ。
「綺麗なものには目が行くもんです」
今度は、みずきさんの顔を見ながら言った。
もう少し美人だったら.....。
おれは言葉を飲み込んだ。
「はい、これ。
ブリと野菜の煮物だよ。
お酒のアテになるかもね」
いつも野菜不足分を心配して、旨いものを持ってきてくれる。
有り難い。
「じゃあ、今日は日本酒にしよう」
旨いものには日本酒だ。
自然と笑みがこぼれる。
夕方、少し早めに晩酌をする。
にぼしには、一度湯通ししたブリをあげる。
調味料は、猫にはいらないだろう。
酒は地元の酒だ。
その昔、新潟の杜氏が、栃木に来て仕込んだのが栃木の酒だ。
酒は毎年風味が変わる。
稀に、新潟よりも旨い酒が出来る。
旨い酒に旨い肴。
おれは、お猪口で飲む酒が好きだ。
グッと一杯。
うん!
旨い!
おれが次の酒を注いでいる間に、にぼしはもう完食したようだ。
ゆっくり食えよ。
満足そうに、口の周りを舐めている。
今日は、にぼしも喜んでいる。