第3話 仔猫のにぼし
黒鉄の風
にぼし と おれ と バイク
仔猫のにぼし
おっさんのおれ
黒鉄と呼んでるバイク
1匹と1人と1台の共同生活
第3話 仔猫のにぼし
仔猫のにぼしが家に来たのは、ひと月くらい前のことだった。
家の前に黒鉄を停めてヘルメットを取った時に、仔猫の鳴き声が聞こえた。
どこにいるのかと辺りを見回した時、左の足首になにかが刺さった。
みゃー..
ここにいた。
仔猫が、おれの足首にしがみついている。
周囲に家はない。
捨てられたのだろう。
生きたいか?
仔猫は、みゃーと返事をする。
おれは、捨てられた動物に餌を与える奴が嫌いだ。
一時の自己満足で餌を与えて、後は見捨てて帰るのか?
だったら、何もしないのと同じではないか?
餌を与えるなら、一生面倒を見ろ。
おれは仔猫を見下ろした。
生きたいか?
おれと一緒に生きたいか?
仔猫は、みゃーと返事をした。
ならば、自分の力で生きる権利を手に入れろ。
玄関に入るまで、その足首にしがみついていろ。
落ちることなく家に入れたら、ここがお前の家になる。
玄関までほんの数歩。
だけど、腹を空かせた仔猫には、遥かに遠い距離だろう。
おれは下を見ないで、ゆっくりと歩き出した。
玄関の前に立った。
まだ足首に痛みがある。
頑張ってしがみついているのだろう。
しかし、おれの家の玄関には段差がある。
大きく、遠くに足を出す必要がある。
ドアの鍵を開ける。
ドアを開ける。
大きく跨ぐように足を出す。
玄関に入った。
ドアを閉めて、鍵をかける。
下を見た。
いない?
おれの周りを見回した。
いない!
おれはドアノブに手をかけた。
みゃー..
聞こえた。
どこにいる?
みゃー!
いた。
そこにいた。
仔猫はすでに、玄関に上がり込んでいた。
もうここは、お前の家か?
仔猫は大きな声で鳴いた。
まるで留守番をしていた子供のようだ。
ただいま。
仔猫に、出迎えられた気分だ。
ミルクを飲むと、すぐに仔猫は寝てしまった。
一緒に暮らすなら、名前を決めよう。
一生、この子が食いっぱぐれないように、食べ物の名前を付けよう。
仔猫の脇腹に、小魚のような模様がある。
にぼし。
今日からお前はにぼしだ。
我ながら、いい名前を付けた。
にぼしはスヤスヤと、静かに寝息を立てていた。