第1話 黒鉄の風
謎のバイク“黒鉄”を駆る親父と、仔猫の“にぼし”の共同生活の物語。
黒鉄の風
にぼし と おれ と バイク
仔猫のにぼし
おっさんのおれ
黒鉄と呼んでるバイク
1匹と1人と1台の共同生活
第1話 黒鉄の風
膝の上で、仔猫のにぼしがくつろいでいる。
にぼしの頭を撫でながら、おれは壁に掛かる時計を見た。
もう6時を回ったか!
ちょっと出掛けてくる。
膝の上から降りたにぼしは、窓際の寝床で丸くなった。
クタクタの革ジャンに袖を通して、グローブの入ったヘルメットを手に取る。
ブーツに足を突っ込んで玄関を出れば、おれのバイク=黒鉄がそこにある。
陽はもうすぐ、高原山に隠れるつもりだ。
月が登る前には帰れるだろう。
おれはシリンダーにキーを差し込み、クラッチを握ってセルボタンを押す。
短いクランキングで目覚めるエンジン。
怒!怒!怒!怒!
周囲の空気を震わせながら、アイドリングが続く。
革ジャンのファスナーを上げる。
ヘルメットをかぶり、あご紐を締める。
グローブの握り具合を確かめて、おれはサイドスタンドを蹴り上げる。
おれの体重を受け止めて、沈むサスペンション。
それはまるで、黒鉄がおれを受け入れた合図のようだ。
重いクラッチを握り、空転していたギアが噛み合う音と振動を感じる。
今、世界が変わる。
ここから先に、日常はない。
大自然とのタイマン勝負だ。
煽る風も、焼け付く陽射しも、叩きつける雨粒も、狙撃する甲虫も、一切の手加減はない。
ラフにアクセルを捻り、おれはクラッチを繋ぐ。
怒!怒!怒!轟ぉぉぉぉおおお!!
シフトアップの度に悲鳴を上げるタイヤ。
アスファルトにブラックマークが残っている。
無駄な急加速だって?
いやいや、バイクのすべてが無駄なのさ。
だから、バイクがいい。
おれの黒鉄は最高だ。
交差点では大きく身体を内側に倒す。
重心移動ってヤツだ。
アクセルはワイルドに開ける。
ガバ開けってヤツだ。
リアタイヤが堪え切れずにアウトに膨らむ。
危ないって?
ちゃんとノーズは出口に向いただろう。
おれはまた豪快にアクセルを開けて、タイヤをアスファルトに擦り付ける。
どこに行くのかって?
すぐそこだ。
コンビニってあるだろ。
スルメとワンカップを買いに行くのさ。
これがまた旨いんだ。
街の若いヤツらが言ってたらしい。
あの親父には敵わない。
だって、ワンカップを買いに行くのに命懸けだぜ?
家に帰れば、仔猫のにぼしが待っている。
また、膝に乗ってきた。
一緒に飲むか?
スルメは食わせてもいいんだっけ?
今日も、同じ月が登ってきた。
明日も、きっと良い日だろう。
おしまい
自分の老後が、こんな生活だったらいいなとの想いで書きました。