訂正版 1〜11話
自身の小説を読み返していたところ矛盾点に気づきました。読者様には不快な思いをさせてしまいました。大変申し訳ありませんでした。その部分を訂正し、全体の表現を少し変えました。シュヴァリエ編はもうすぐ終わりますので訂正版で振り返って頂けるとこの先の物語がより楽しめると思います。そして新規の方にもこちらの訂正版から読んでいただきたいです。ご理解頂けると幸いです。
草刈刀夜は、シュヴァリエ剣士学校の高等部二年だ。
「さぁお待たせ致しました!いよいよ夏の選抜決勝です!」
アナウンサーの声が会場に響く。
今日は今後の人生を大きく左右する夏の選抜決勝。勝者は、王家の近衛兵として仕える権限が与えられる。
しかし、俺の本当の目的はそれではない。
ロッカールームで一人、刀夜が椅子に座っていると誰かが入ってきた。担任の薙先生だ。
「刀夜、プレッシャーをかけるつもりはないが、全てを出してこい」
と声を掛けてきた。
「分かりました、ありがとうございます」
それくらいしか返す言葉が見つからない。試合のこと以外何も考えられないほどに緊張していたのだ。
「まずは高等部三年!伊達翔の登場だー!」
ロッカールームのスピーカーからはアナウンサーの声、会場の方からは対戦相手の伊達の入場と共に、観客の声援が聞こえてきた。
刀夜は愛剣を片手にロッカールームを出て、会場へと続く廊下を歩いて行く。
「そして高等部二年、草刈刀夜の登場!」
刀夜が入場すると、刀夜に冷たい視線が送られた。
刀夜はそうなることを分かっていた。この学園で、とある理由から蔑まれていたからだ。
そう、刀夜の目的というのはここで勝って、今まで見下していたやつらを見返すことだ。
会場のど真ん中で伊達翔は堂々と立っていた。
「2年坊主がこの伊達翔様に本当に挑むとはなぁ、棄権すると思ってたぞ!」
観客も刀夜を嘲笑う。
落ちこぼれ、馬鹿、さっさと死ね。聞き飽きた言葉が観客席から聞こえる。
「伊達先輩、俺はあなたのような人には負けたくない。」
余裕そうな表情の伊達は、更に口元を緩ませた。
―Ready Fight!!!!!―
開始の合図と共に刀夜は、愛剣「ノヴァ」を鞘から抜き速攻を掛けた。練習やシュミレーション通りだ。
この勝負もらった!
伊達の腹部を斬り裂く。何が三年だ、大したことないな。しかし、違った。
伊達は平然と剣を構え立っている。
そして刀夜の腹からは血が出ていた。
「なんで…」
「あれぇ、知らないのかい?僕の固有スキル、スペリオルカウンターを」
スペリオルカウンターだと?聞いたことがない…。
「これは自分へのダメージを軽減し相手に攻撃をそのまま返す技だ」
伊達の情報が俺に入ってこないのは立場上当然だが…。今までその技を隠してここまで来たのか!俺を嘲笑うために!!!
「ほら来いよクソガキが!それとも負けを認めるか?」
行ったら俺が攻撃を食らう、でも、負ける訳には行かない!
刀夜は伊達が許せなかった。
刀夜は剣を持ち、急所を外し伊達を斬り刻む。勿論、伊達を斬った場所がそのまま自分に斬り返される。
痛すぎて吐き気がする。しかし、刀夜はその手を止めなかった。
「無様だな!どんだけ僕を斬ったってお前があの世に近くなるだけだぞ〜」
うるさい…!
「いい加減リタイアしろよ」
「何だあの馬鹿剣士」
「だっさ」
こいつら…!!
もう少し耐えれば!!!
「じゃあ僕からも行かせてもらうよ、草刈くん!」
来るか!まあ都合がいい。
「闇夜に集え、シャドウハンター!」
伊達の詠唱だ。
刀夜は勝利を確信した。
「かかったな!この時を待っていたんだ!閃光の灯火、スーパーノヴァ!」
伊達の魔法は、影の世界と言われる場所から放たれる無数の矢を放つもの。
対して刀夜のは…。
「うぁあああぁぁあ!!!」
伊達の悲鳴が聞こえる。
「焼き尽くせ、フレアノヴァ!」
魔法の火力をさらに上げる。
「やめて…くれ…」
「勝者、草刈刀夜!」
アナウンサーが刀夜の勝利を告げた。
一瞬の静寂の後、ざわめきで会場が包まれた。
刀夜の魔法は、一試合で一回しか出せない超高火力全体魔法だ。伊達がスペリオルカウンターで魔力を使い果たしたところを見切っての攻撃だった。
伊達と刀夜は治療室に運ばれた。
こうして刀夜は最強の地位を手に入れたのだ。
次の日の朝、刀夜は目覚めた。
目を開けるとそこには薙先生がいた。
「流石の一言、それに尽きる」
「ありがとうございます。先生のおかげです」
「そうか。今日はゆっくり休むといい。明日は大事な話がある」
そう言って先生は部屋を出ていった。
大事な話か、まあ近衛兵に関する話だろう。
刀夜はまた横になり、まだ戦いの跡が残るノヴァを見つめながら考えた。ノヴァを使って五年。もうそろそろ替え時か。今度の休みにでも新しい剣を作りに行くか。
次の日、刀夜と伊達翔は対面した。集中治療によって傷口は塞がっていたが、まだお互いに戦いの痕が残っていた。
先に口を開いたのは伊達だった。
「今まで君を見くびっていたようだ。すまない。あれほどの力があったとは、本当に知らなかった…」
「いいですよ。あなたも流石でしたね。」
許せないという気持ちはもはや微塵もなかった。
伊達はうつむき、静かに、ありがとうと言い、彼の担任と部屋を出ていった。
隣にいた薙先生が俺の正面に移動し話し始めた。
「刀夜、君に話がある。君はまだ二年生だ。しかしながら王家へ行く権利を獲得してしまった以上行くしかない。校長は特例として次の春から王都へ行けるよう手配してくださった。それでいいか?」
刀夜は即答した。
「はい、喜んでお受けします。」
卒業が一年早くなってしまったな。まあ願ってもなかったことだ。
早く王都へ行きたい。
刀夜には、その後一週間休暇が与えられた。
しかし、その間、刀夜は特に何かをする訳でもなく、ただ時間を潰していった。
日曜日の朝、刀夜はようやく外へ出た。
鍛冶屋に行き修繕してもらうため、その左手には愛剣ノヴァがあった。
「よぉ、久しぶりだな!お前の活躍は聞いちょるぞ!ワシも嬉しいわい!」
鍛冶屋に着いた刀夜を出迎えた体格のいい白ひげの男は、いつも刀夜が世話になっている鍛冶職人だ。
「ありがとうございます。おかげさまでなんとか優勝することができました」
「なぁに、礼には及ばねぇってことよ。で、今日はどうするんだ」
「ノヴァの打ち直しと…新しい剣を」
「そうか、もうそんな時期か。割と長く使ってくれちょったもんな!分かった、任せろ」
刀夜の剣、そして、草刈家の剣には、柄頭の獅子の彫刻、赤いブレード、鍔に埋め込まれたサファイアという伝統がある。それをこの職人は分かっている。だから刀夜は細かい注文を付けず全て職人任せにしている。
「打ち直しは、一時間で終わるからその辺で暇を潰しちょってくれ」
刀夜は、近くにあった適当な本を手に取った。
-異世界転生と物質転送-
それは、異世界転生が科学的にありえるのか、物質を別の場所に輸送手段を使わず転送させることが可能か、ということについて書かれていたが、刀夜は全くもって理解できなかった。
刀夜はいつの間にか寝てしまっていた。目を覚ますと、ボロボロだったノヴァが新品同様になっていた。
「すみません、寝てしまっていたみたいで。ありがとうございました」
「かなりいい状態に戻してやったからな。と言っても、もうこいつもお役御免だな!」
職人は笑って刀夜にノヴァを渡した。
刀夜は帰り道の人気のない通りを歩いていた。剣を持った黒ずくめの男とすれ違った。嫌な予感がしたが、そういう人もいるだろう。そのまま歩いていった。
刀夜が、そこから五十メートルほど行ったその時だった。女の子の悲鳴が聞こえたのは。
振り返ると、さっきの男が右手で女の子の首を絞め、左手で剣を持っていた。
どうやらすぐそこの建物に連れていこうとしているようだ。
刀夜は、とっさにノヴァを抜き、走って男と女の子を追いかけた。
すると気がついた。あの女の子は、シュヴァリエの生徒だと。シュヴァリエの制服を着ている。
漆黒の剣を持った男は、刀夜に気づき足を止めた。
刀夜は叫んだ。
「お前が誰かは知らないが、その子を離せ!」
「おっと、邪魔が入ってきたようだね。しょうがない」
男は、女の子を離した。女の子は膝から崩れ落ちた。そして、男が指を鳴らすと、黒ずくめの男が六人になった。
その男のスキルだろう。多分、「分身」だ。
刀夜は、何度か見たことがあった。珍しいスキルではないからだ。
模擬戦では、全体魔法で六体全て処理するが、ここは住宅街。魔法を使うと火事で済まされない。ここは、単純に剣術で勝つしかない。刀夜には切り札もあった。
刀夜は、得意の速攻に加え、回転斬りという技を使った。これは通常、敵に囲まれた時に使う技だ。
前方の敵、六体全て斬ったが、敵は煙のように消えた。しかし、刀夜は分かっていた。
後ろだ!
キィーンッ
刃と刃の当たった音が響く。
刀夜は、敵の驚いた表情を見逃さなかった。
よろめいた敵に、一気に二連撃を叩き込む。
敵は地面に倒れ、血溜まりが出来た。
女の子は刀夜が戦っている間に、シュヴァリエをサポートしている警備隊に連絡していたようで、すぐに警備隊が来た。
「怪我はありませんか、草刈君。あなたが居合わせてくれてよかった。感謝します!」
警備隊員は、刀夜の名を知っていた。
「たまたま剣を持っていたので。良かったです、彼女に何も無くて。奴は一体…」
「残念ながら、我々にも分かりません。あの者が一人でやったのか、共犯者がいるのか。いずれにせよ警戒は厳重にします。草刈君も気をつけて」
男は、警備隊の中の二人に抱えられ、その後、車で輸送された。
「本当にありがとうございました!草刈先輩ですよね。先輩がいなかったら今頃どうなっていたか…。本当に助けて頂いて感謝してもしきれないです!また今度改めてお礼させてください!」
シュヴァリエの制服を着た、黒髪ショートカットの小柄なその女の子は刀夜に感謝をした。
「君が無事だっただけで十分だよ。こんなところを、女の子一人で歩くのは危険だし、剣を持ってないんだったら尚更だ。今度からは気をつけろよ」
「はい、すみませんでした。」
女の子は事情聴取のため、残っていた警備隊と近くの警備隊の施設へ行った。
相手はそこまで強くなかったし、切り札も使わずに済んだ。
しかし、今はこの場にいないとしても、まだ仲間がいるに違いない。
不穏な空気が、シュヴァリエを中心に広がっているのを、刀夜は感じた。
次の日、刀夜が学校の廊下を歩いていると、正面から、昨日助けた女の子が三年生の男と歩いてきた。
女の子は刀夜を見ると駆け寄ってきた。
「昨日は本当にありがとうございました。自己紹介もせず去ってしまって申し訳ありませんでした。私は、古賀千草と言います!」
「妹が世話になったな、草刈君。僕はこの子の兄の大樹だ。よろしく」
隣の男は、昨日助けた女の子、古賀千草の兄だった。
「あの後は何もなかったか?」
と、刀夜が聞くと、
「心配はいらないよ、ありがとう。さあ行こうか、千草」
と、なぜか大樹が割って入ってきて、千草を引っ張るように連れていった。
千草は、刀夜を少し振り返り、角を曲がっていなくなった。
嫌な感じだなと、刀夜は思った。
その一方で、学校全体は、二ヶ月後の公式戦に向けて夏の選抜に続き、再度、準備が始まっていた。
なぜこんな前から始めるかと言うと、これは生徒が全員参加の、一年で一番大きく長い大会だからだ。その期間は一ヶ月弱にもなる。
刀夜は、学校の外の広場で木剣を振り、練習していた。この前の事件以来、魔法に頼りすぎていると思い始めていた。
草刈家には、代々「草刈流」と言う剣術の流派があったが、刀夜はそれを使わず、独自の剣術を磨いていた。と言うより、草刈流を身に付ける機会がなかったと言える。
刀夜は、剣の振り方すら知らなかった。しかし、様々な剣士を見ていく中で、独自の剣術を編み出した。それが功を奏して、今、シュヴァリエにいる。
刀夜は、二時間ほど剣を振り続け、寮に帰った。すると、部屋の前で薙先生がタバコを吸って待っていた。
「ずいぶんと遅いな、刀夜」
「どうして、ここに?」
「お前は、自分の剣についてどう思っている?」
急になんだ、と刀夜は思った。剣について、どう思ってるも何も、弱いに決まってる。
「まだまだ甘いです。僕から魔法をとったら何も残りません」
「そうだな。そんなお前に良くない報せだ。」
良くない報せ?
「すでに、一部で話題になっているが、次の大会での魔法の使用が禁止された。理由は分からん。校長の意向だ」
「なるほど、つまり僕に勝ち目は無いと」
「お前はそんな弱気な奴だったか?違うだろう。勝ちたいならどうするべきか考えろ。勝つ術はいくらでもあるはずだ」
そう言って、薙先生は行ってしまった。
刀夜は、部屋に入り、木剣をしまってから、風呂に入った。
刀夜の心はすでに決まっていた。これからの短期間で、剣を教わると。
「あ、誰に?」
刀夜は、はっと思い、呟いた。
刀夜は、また放課後に広場で剣を振っていた。そして、思いついた。
急いで刀夜は学校に戻り、教員室へと向かった。本館の二階にある教員室、その中へと入り、二年の担当教員の場所へと向かった。
「先生!薙先生!僕に、剣を教えてください!」
周りの教員は、驚いた顔で刀夜を見たが、薙先生は違った。
「外で話そう」
薙先生は、開いていたノートパソコンを閉じて、刀夜と教員室の外の、場所に出た。
「まあ座れ」
「失礼します。」
「単刀直入に言おう。私は、刀夜は私に頼みに来るだろうと思っていた。そして、私は、その頼みを受けようと思っていた」
「本当ですか!ありがとうご…」
「ただし!」
薙先生が刀夜の言葉を断ち切るように話した。
「勝てなかった時は、刀夜、お前はそれなりのことをしてもらうぞ。」
と先生は意地悪く笑いながら言った。
「分かりました。その時はその時です。ぜひ、よろしくお願いします!」
「そうと決まれば!刀夜、第二試技場で待っててくれ。」
と薙先生は言い、教員室へと急いで戻って行った。
「なんだ、すごいやる気だな」
薙先生に対してそう思いつつも、刀夜は、木剣を持って急ぎ足で試技場へ向かった。
刀夜が着いてから五分後、薙先生が木剣を持ってきた。
「剣を持つのは久しぶりだから、ちょっと体を慣らすかな。」
と言い、先生が剣を構えると、ただならぬ覇気を感じた。先生は素振りを終えると、軽く手合わせをしようと言い出した。
「まずは、お前の実力をこの剣で見たいからな。どっからでも来い!」
刀夜は、木剣を構えた。
その直後、先手の初撃を与えるため先生との間合いを詰めた。
先生の脇腹に攻撃を叩き込む。しかし、いとも簡単に剣で防がれてしまった。
「ふっ、読みやすいな。ほら、もっと来い!」
カンッ カンッ
木剣の当たる音が響く。
「(くそっ、なんで当たらない!)」
「お前の剣術は荒すぎる。もっと繊細に、一打一打に意味を持て」
一打一打に意味を…。
「今度は私からだ!」
薙先生は、目にも止まらぬ速さで刀夜へ連続攻撃をする。
最初の数回はなんとか受け止めれたものの、その後は、まともに攻撃を食らってしまった。
「はぁ、はぁ…」
「まず、攻めのときだ。闇雲に斬り込んでも仕方がない。相手の隙を見つけ、間髪入れずそこに攻撃する。自分の攻撃が通ると相手の隙が生まれやすくなる。そこにも斬り込め。それの繰り返しだが、いずれ反撃が来る。相手の剣も気にしつつ攻撃をすることで反撃も受けることが出来る。まあ常識だが忘れているやつがほとんどだな」
「なるほど、確かに型に囚われるあまり、基本を僕は忘れていました」
「あとは、限界を超えた集中だ。それはなかなか難しいぞ!今日これ以上やっても仕方がないから、明日から本腰入れてやるからな」
「ありがとうございました!これからよろしくお願いします」
刀夜は、少し残り自分の動きを見直すことにした。薙先生から言われたことと併せて、細かい動作を直した。そして三十分ほど練習してから寮に帰った。
その後も刀夜は薙先生との練習を続けていった。しかし、上手くはなっているのは感じられたが、何かが欠けているような、忘れているような気がしていた。
薙先生にも、
「確かにお前は力をつけてきた。だが、何かを見失っているな」
と言われていた。
刀夜は、何が欠けているのかが分からなかった。しかし、理由は明白だった。
「お前自身の剣術はどうした。今のお前は、ただの私の真似に過ぎない」
そう、刀夜は本来、最初は両手で剣を構えるものの、初撃を与えると片手に持ち替える特殊な剣術だ。
だが、今は最初から最後まで両手になってしまっていた。
「僕自身の剣術。そうだ、それを忘れていました」
刀夜と薙先生は、立会いを始めた。
先手を打ったのは刀夜だった。
その初撃は受け止めれた。しかし、刀夜は薙先生が防御していない部分を見つけ、片手で軽やかに斬り込んだ。が、その攻撃も止められた。すると、今度は先生の剣が動いた。それを刀夜は見逃さなかった。先生の剣を瞬時に剣で弾き、先生の脇腹に攻撃し、当たる前に寸止めした。
「まさか、自分の動きを取り戻した瞬間ここまで強くなるとは。刀夜、お前の剣術は強い。まだまだ無駄な動きが見られるが、その分もっと高みを目指せるぞ」
「ありがとうございます。先生のおかげです。これからもよろしくお願いします」
そのあと、薙先生が放った言葉は衝撃的だった。
「いや、私が教えるのは今日までだ。今までよく頑張った。優勝期待してるぞ」
「ちょっと待ってください!急になんで!まだ、高みを目指せるって言ったのは先生じゃ。先生がいなかったら僕は…」
「もう、私はお前に必要ないという事だ。私がいなくても十分にやれる。分かったな?」
「はい…」
刀夜はそう答えるしかなかった。
その日は、日が沈むまで剣を振り続けた。
ある休みの日に、いつもの広場で練習をし、休憩をしていると、古賀千草が走ってくるのが見えた。
「せんぱーい!」
と、刀夜を呼ぶと刀夜の目の前に来て、
「先輩、今日お昼お時間ありますか?良かったら一緒にどこか食べに行きませんか?」
と言った。
「分かった。一緒に行こうか」
と答えた。
千草は、やったーと言って、刀夜が座っているベンチに座った。
「おひとりで練習ですか?」
「そうだなー、友達もいないし、今まで教わってた薙先生との練習も終わっちゃったからなぁ」
千草は、ふーんそうなんだ。と興味なさげに呟いた。
「そういえば、古賀はなんで俺の場所が分かったんだ?」
少し疑問に思ったことを聞いてみる。
「渡り廊下から見えたんですよ。あそこ見晴らしいいですから!」
単純なことだった。もしかしたらいろんな人に見られてたのかもしれない、これからは場所を変えよう、と思った。
刀夜が剣を置きに寮に帰ろうとすると、古賀は自分も行くと言い着いてきた。
「古賀はどこの寮なんだ?」
と刀夜は尋ねた。
寮は四つある。
入学時に能力や家柄によって分けられるのだ。
「紅玉」「青玉」「白銀」「黒鉄」とあり、刀夜は最下級の黒鉄寮に住んでいる。
刀夜は今でこそ学園では最強の剣士と言われているが入学時はそこまで能力も高くなかった。一番の理由は家柄だった。
刀夜が生まれると、その後すぐ母親は病気で死に、父親は刀夜が物心がつく前に事故で死んだ。更に引き取った祖父は、試合中の事故で死んだ。
元々「草刈家」は、名家と言われていた。しかし、優秀な剣士が死に、徐々に廃れていき、現在はとうとう世間から忘れ去られた。
「紅玉です。先輩、黒鉄ですよね…。すみません」
「謝ることは無いさ。紅玉なのかー。すごいな!」
若干の悔しさを押さえ、刀夜は、そう言った。
「紅玉は五十人だよな。うちは二十人、少ないからこそ色々言われるんだ。」
「私も、紅玉だ親のつてで入学して偉そうにしやがってとか言われます。先輩の気持ち、なんとなく分かります」
刀夜は、なぜかその言葉に憤りを感じた。
「…君たちなんかに、紅玉なんかに、俺の気持ちが分かるものか。俺が今までどれだけ苦労して、今でも苦労してるか…!」
刀夜の目には、うっすらと涙があった。
千草は、そんな刀夜を見て、ごめんなさいと刀夜の耳もとで囁きながら優しく腕を抱きしめた。
渡り廊下から見える場所で。
千草に怒りを感じたのではない。なんなら千草は刀夜の気持ちに寄り添おうとしてくれる。それは刀夜自身も感じていた。
本当に腹が立つのは一部の紅玉の奴らなのだ。
ある週末、刀夜は千草を連れて、一人でよく行くレストランに来ていた。
「ここに、人と来るのは初めてだなぁ。今日は奢るからなんでもいいぞ」
「そんな!私、まだあの時のお礼すら…」
いつも千草はそう言って、あの事件のことを思い出す。
「そのことはもういいよ、だから今は食事と会話を楽しもう。」
刀夜は、牛ヒレのステーキを切りながら千草に言った。
「分かりました。じゃあお言葉に甘えて!うふふ!」
と、千草は笑いながらナイフとフォークを持った。
少し経ってから、
「なあ、古賀。」
と刀夜が呼びかけると、
「千草です。千草って呼んでほしいです!」
と千草は言った。
「分かったよ古賀…じゃなくて千草。」
「よく言えました!」
少し上から目線で刀夜にそう言った。
「それでだな、千草。なんで俺にそんな構うんだ?俺が学校でよく思われてないのは知ってるだろ?」
単刀直入に聞いた。
「え、知りません!」
刀夜は、確信した。これは完全に知っていると。だが、あえて聞き直しはしなかった。
「そうか、じゃあ俺の一つ目の質問の答えは?」
構ってくる理由を聞いた。
すると、千草は言った。
「先輩と一緒にいたいからですよ!それだけ!」
刀夜は、納得行かなかった。なんで俺といたいんだ?それを聞いてるのに、と思った。
「そうだ、これから一緒に鍛冶屋に行かないか?そろそろ俺の発注した剣ができてるはずなんだ。」
刀夜は、答えを聞くのを諦めて話を変えた。
「良いですね!私も先輩の剣に興味ありますし。」
千草は、目を輝かせながら言った。
刀夜と千草は食事を終え、刀夜がお金を払った。
刀夜がいつも剣を作ってもらっている鍛冶屋は、学内のほとんどの生徒が行っていると言う大規模鍛冶屋「東雲屋」ではなく、名前も無いような鍛冶屋だ。しかし、腕だけは確かである。
刀夜は、そんな所には誰も行ってないだろうと思っていた。なぜなら、いつ行っても客はいても一人や二人。しかも、年寄りばっかだからだ。
刀夜と千草は少しさびれた住宅街を歩いていた。すると、古民家風の工房が見えてくる。そこが刀夜が行く鍛冶屋だ。
他愛もない会話をしていると、突然千草が言った。
「え、先輩っていつもここで剣を買ってるんですか?」
刀夜は、そうだと言った。確かにこんなボロい店を見たら驚くだろうなと思った。
だが、理由は予想外のものだった。
「ここ、私の実家です。」
刀夜は自分の耳を疑った。
「え、本当か?」
と聞き返すと千草は、はいと返事した。
実際、表札を見ると、古賀とはっきり書いてあった。
千草は、ただいまーと言いながら先に店に入っていった。
すると、奥の方から
「千草か!なんだ、来るなら連絡しろっちゅうのに!」
と言ういつもの職人の声が聞こえた。
刀夜は、千草のあとに続き、恐る恐る店に入っていった。
「こんにちはー」
と言う消え入るような声で挨拶をすると、
「なんだ、お前さんも一緒か!」
と、いつものような調子で出迎えてくれた。
「そうよ、おじいちゃん!この人が私を助けてくれたの!」
どうやら、千草の祖父だったらしい。刀夜は、この世界も狭いなと感じた。
「お前さんだったのか!お前さんが来た日に事件があって、なにやら優秀な剣士がワシの孫娘を助けてくれたと聞いていたが。本当にありがとう!」
刀夜は、おじいさんにも感謝をされ、少し照れくさくなった。
「いや、本当に千草さんが無事で良かったですよ。感謝されるようなことはなにも。たまたま、あなたが打ってくださった剣を持っていたから助けられたんです。」
刀夜は、いつものように謙遜した。
「紹介しますね!私のおじいちゃんの古賀鋭一郎です。」
刀夜は、今まで職人の名前を知らなかった。
「で、お前達はなんで一緒にこんな所に来たんだ?」
と鋭一郎は聞いた。
刀夜は、今日のことなど色々説明した。
すると、
「つまり、デートっちゅうことだな!」
と鋭一郎は言った。
刀夜がとっさに、
「いや、全くそんなんじゃ!」
と言うと、千草は少しうつ向いた。
その後、刀夜は注文していた剣を受け取った。
その代金を支払うため財布を出すと、鋭一郎が、
「今回はいらねぇ、孫を助けてもらった礼だ」
と言い代金を受け取るのを拒否した。
「そんな、剣をタダでなんて貰えません!」
と刀夜が断ると、
「じゃあこの剣は渡せねぇ」
と言うので、刀夜はありがたく貰うことにした。
「よかったね!先輩!」
この浮いたお金でまたこいつと遊びに行くか、と刀夜は思った。
二本の剣を持った刀夜と千草は、夕日を浴びながら、土手を黙ったまま歩いていた。
先に口を開いたのは千草だった。
「剣、一本持ちますよ」
「いや、大丈夫だ」
と刀夜は強がったが、両手に鞘付きの剣を持っているのは中々辛く、腕が震え始めていた。それを千草は気づいていた。
「腕、震えてますよ。落としたら大事な剣に傷が付きます。だから持たせてください」
「そうだな。ありがとう頼む」
と言い、新しい方の剣を千草に渡した。
千草もやはり剣士であるから扱いには慣れている。ノヴァの重さを感じさせないような持ち方だ。
土手を下りる坂を下っている時、千草が窪みにつまずいた。
刀夜は、とっさに剣を持っていない方の手を伸ばして抱くように千草を支えた。
「あ、ありがとうございます」
千草は、顔を赤くして言った。
「おう、気を付けてな。」
と、刀夜は素っ気なく言った。その時は実際、何も思ってはいなかったのだが。
学校の校門に着くと、その先は紅玉は左に、黒鉄は右にへと分かれる。
「今日はありがとうございました!とっても楽しかったです!また今度も行きましょう」
千草がノヴァを刀夜に渡しながら、少し寂しそうな顔をして言った。
「俺も楽しかったよ。じゃあな!」
と刀夜も挨拶をして二人は別れた。
刀夜は部屋に着くと、二本の剣を置き、ソファーに座った。刀夜はその時、胸に変な違和感を覚えた。ムカムカするような気持ち悪い感じでは無いがそれに近い何かがそこにあった。
その後は、風呂に入り、冷蔵庫にあった物を適当に料理して食べ、布団に入った。
しかし、なぜか眠れない。頭から千草の色々な表情が離れない。
そう、刀夜は千草に恋をしていたのだ。
刀夜が眠りから目を覚まし、目を時計に向けると、針は九時を指していた。
「まずい!寝坊した!」
刀夜は急いで制服に着替え荷物を抱えると部屋を飛び出した。寮から学校へ全速力で走った。しかし本館の入口に生徒指導の先生が立っている。
「おい!草刈!なに遅刻してんだ!こっち来い!」
先生に連れて行かれた場所はなぜか校長室だった。
「なんで遅刻くらいで校長室なんですか!」
「うるさい!黙って入れ!」
先生は刀夜を校長室に押し込みバタンとドアを外から閉めた。部屋の中には校長がいて、校長と刀夜の二人だけの空間になった。
「遅刻したことをそこまで咎めはしない。聞きたいことがあったから君を呼んだんだ」
だったら普通に呼べばいいのに、と思った。
「聞きたいこと…ですか?」
と刀夜が言うと校長は一枚の写真を机の上に置いた。
「これは君で間違いないか?」
その写真は、刀夜と千草が抱き合っている写真だった。刀夜の顔はしっかり写っているが、千草はその黒髪が写っているだけで顔は全く見えなかった。だが、刀夜は一瞬で顔を真っ青にした。
「はい、間違いありません」
「不純異性交遊は校則で禁じられているはずだが?どうゆうことだ、説明しなさい。そして相手は誰だ?」
そう、このような行為は校則で禁じられている。
「これは不純異性交遊ではありません。その子は落ち込んだ僕を慰めてくれただけです。」
刀夜は否定したが校長はさらにしつこく聞いた。
「『その子』とは?」
「言えません」
「言えないとなると君は退学処分を免れることはできないな」
「退学…ですか。」
刀夜はショックを受けた。せっかくここまで登り詰め、出会いや力を手に入れた。そして次の大会で勝てば名誉を得ることができるだろう。こんな所で退学になる訳にはいかないが千草が罰せられる訳にもいかない。
刀夜は頭の中で葛藤していた。
「君が言わないならば退学は決定事項だ。しかし、君は行くべき場所があるだろう」
「もしかして…」
「そう、王都だ。君は近衛兵にならなければならない」
「その話は無かったことにならないのですか?」
「決まった者は代えられないと国が決めている。君は退学処分も王家に仕えることも免れることはできない」
王家に行けるならそれでいい。ただ千草と、もっと一緒にいたかった。
刀夜は中休みに教室に戻った。教室に入るとクラスの人たちは、一斉に刀夜に視線を向けた。
刀夜は居心地が悪くなり、荷物を机に置くと教室を出た。
ドアの横で刀夜を待っている者がいた。伊達翔だ。
「退学か?」
「そうみたいですね」
「はぁ、やっぱりそうか。千草ちゃんは本当にそれでいいのかな」
「な、なんでそれを」
「至る所に知れ渡っていることくらいわかるだろ」
やはりさっきのクラスの奴らの反応はそれだったのか。
「でも、僕にはどうしようもできません。今までありがとうございました」
刀夜がそう言って立ち去ろうとすると、伊達は、
「草刈!」
と呼び止め、
「こちらこそありがとうな。お前ならどこに行っても最強を目指せる」
と言った。
刀夜は会釈をして伊達と別れた。
そして向かったのは千草の教室だ。
一年のフロアに行くと、ほとんどの人が刀夜に視線を向けた。
一年にまで噂が広まっているのか。まあ事実なのだが。
刀夜はそんなことを思いながら千草がいると思われる教室に行った。
教室のドアを開け、教室を見渡すとすぐに、一人で一番前の席に座っている千草を見つけた。
その席の前まで歩いて行き席の前に立つと千草は顔を上げた。言われなくても分かる。相当泣いたのだろう、目が赤く腫れている。
「そんな顔をしてたら俺が校長に千草の名前を言わなかった意味がないだろ。ちょっと来てくれるか」
刀夜はそう言うと千草を連れて人気の少ない場所に行った。
手頃な場所を見つけた途端、先に千草が口を開いた。
「私もこの学校を去ります!そして私も近衛兵になります!一般で採用してくれる制度があると聞きました。それで…それで!」
「分かったから。誰から聞いたか知らないけど正直それは現実的じゃないし、俺のせいで退学させられない。君の人生を俺が変える訳にはいかないんだ」
刀夜は、厳しくそう言い放った。
しかし千草は
「嫌です!先輩とあと一年はこの学校でいれると思ってたのに」
と言って涙を流し始めた。
「悪いが俺は明日から王都に向かうし、千草はこの学校に残ってもらう。君がなんと言おうとそうしてもらう。分かってくれないならもう二度と会うことは出来ないよ」
沈黙が続いた。しかし、その後
「分かりました…。またすぐ会えますよね?」
千草はそう決断した。納得はできていないだろうが、刀夜の思いが届いたのだろう。
「うん、会えるさ。その時は連絡するよ」
「先輩。今夜、最後にデートしませんか」
「もちろん、しよう。放課後いつもの広場で会おう」
二人は別れ、授業に戻った。二限の開始にはギリギリ間に合わなかった。
時間はあっという間に過ぎ、放課後になった。