終わらない歌
俺が楽器を買わなかったのには理由がある。
もう少し懐に余裕が出来てから、一生使えるものを選ぼうと思っていたのだ。
『前世と同じ楽器』というこだわりはない。
慎二はそういうことにこだわりそうなので、今使っているギターをずっと使っていくのかもしれない。
「……じゃあ、これ使って」
「ありがとうございます!」
若干呆れ気味の店主から、ベースを借り受ける。
『君は持っていると思っていたよ』と言われたが、自宅ではアコースティックギターしか触っていない。
ただ、もう指の裏も硬くなっているし、スムーズに動くので問題はない。
慎二と同じくアンプに直接シールドを挿し、セッティングする。
「……。こんなもんか」
そして、丘に叩き方のコツを伝える。
と言っても、バスドラムの音をしっかりと出すことと、拍の頭にクラッシュシンバルを入れることぐらいだ。
あくまでこれから演奏する曲のコツ、丘はちょっと体を動かす素振りを見せ、「分かった」と頷いた。
色々と口を出してしまったが、俺が出来るお膳立てはこれくらいだ。
ここからは、もう各々の世界になる。
正解なんていくらでもあるし、音楽なんてものは自由なものだ。
何となく準備が完了した空気になり、丘と慎二が俺を見る。
俺はその様子を見て、アカペラで歌い始める。
この曲は、出だしの歌が終わった直後に、一気にサビの演奏が始まる。
サビに入る際、原曲の音源だと特に開始のカウントはなく、ライブだとドラムカウントが入る。
そんなことは丘も慎二も知らないだろう。
俺はアカペラを歌い終えた瞬間、「ワン、ツー、スリー、フォー!!」と叫ぶ。
それに合図に、すべての楽器の音が重なる。
慎二のギターと、丘のドラム、そして俺のベースの音が同時に鳴った瞬間、身体中の血液が沸騰した様な感覚に襲われた。
俺達の中にある鬱屈とした何か、そのすべてが燃料となって、ここで爆発した。
中学生の演奏だ、技術も足りなければ、パワーも足りない。
音作りも手探りだし、俺と丘に至っては自分の機材ですらない。
『拙い』と言って何ら差し支えないその一音一音が、どんな爆弾よりも破壊力があり、どんな宝石よりも輝いている。
――俺達は今、無敵になったのだ。
俺が、慎二が、丘がそう思っているのが伝わり合う。
言葉はいらない、音で解かる。
やがて頭の中が真っ白になる。
慎二と丘が放っている得体の知れないパワーに引っ張られている。
俺が前世から持ってきた小賢しい知識や技術ではなく、目の前の二人が感じている『感動』がとんでもない力を出している。
負けじと俺も振り絞る、だが、それを上回るパワーを慎二と丘が放ってくる。
俺はそんな二人の姿を見て、泣きそうになる。
二人は至って真剣だ、そして演奏を間違えないように必死で余裕も無い。
汗を掻きながら、真顔ながら、それでも最高の気分だと言うことが伝わってくるのだ。
二人からは涙なんてものは一切見えてこないが、俺はもうたまらなくなって、涙が溢れ出していた。
上手く歌えないのは叫んで誤魔化す、何か言われたら涙ではなく汗だと言い張ろう。
何で泣いているのか、二人には意味が解からないだろう。
やがて演奏が終わりに近付く。
たかだか三分程度の曲だ。
感覚が研ぎ澄まされていたため、長い演奏にも感じたが、やはりあっという間だ。
最初は俺だけが歌っていたが、最後は慎二も丘も歌っていた。
決して上手い演奏ではなかったが、最後まで通すことが出来た。
――ああ、これで終わっちまうんだな。
最初の演奏ながらも、俺はそんなことを考えて、最後の音を出す。
肩で息をしながら、二人に何て声を掛けようか考えていた瞬間。
音の余韻が残っている状態で、丘がアカペラで、同じ曲の出だしを歌い始めた。
――おいおい、マジかよ。
慎二がそれを見て、狂ったように笑い始めた。
俺も釣られて笑った。
そして、二~三回肩を回して、構えた。
今度は丘が「ワン、ツー、スリー、フォー!!」と叫び、曲が始まる。
楽器の演奏が始まったその瞬間、俺は高くジャンプした。
歌は二の次で、着地と同時に踊るかのように暴れまわった。
二人の真っすぐな音には、小技を使わないと対抗出来ない。
もう原曲通りには弾かない。
頭でも理屈でも指でもない、魂で弾く。
そんな俺の姿を見て、二人が大笑いしている。
体感的には先程よりも更に早く、演奏が終わる。
……が、終わった瞬間に今度は慎二が出だしを歌い始める。
アカペラではなく、なんちゃってでギターも弾いており、原曲の音源に近い。
もうチューニングは狂い始めているが、誰も気にしていない。
それを見た俺は汗だくのTシャツを脱ぎ捨て、演奏に備える。
更にそれを見た丘も、同じようにTシャツを脱ぎ始める。
そして演奏を終えると俺が歌い出し、慎二と丘が脱ぎ始める。
――最終的に十回程その流れを繰り返し、全員が裸になっていた。
部屋はまるでサウナのように熱く、俺達はもう汗だくだ。
ギターの弦は何本か切れてしまい、ドラムスティックは一本が折れていた。
まだまだ自分の限界が解からない年頃だ、付き合った俺ももう声が出せない状態になっていた。
演奏をストップした俺達は、しばらく放心状態だった。
何かをやり切った、そんな充実感。
少しでも長く、この余韻を感じていたい。
そう思っていた俺達であったが、様子を見に来た店主にこってりと絞られ、掃除に身を捧げることになるのはもう少し後の話だ。
急にバンドの話になって動揺しましたが、タグにも「バンド」ってありますね!
専門用語の解説はいたしません……!!(不親切)
ここまで読んでいただきありがとうございます!!