⑲紙ヒコーキにはイカロスと名付けた。そこに特に意味はない
慎二が服を購入した後、俺もいくつか試着してみた。
何点か良さそうな物があったので、上下で購入した。
中学生が服に使う金額としてはかなり大きかったが、それでも当たり馬券の半額に届かない程度だった。
何はともあれ、これで誰かと外で会うことになっても恥ずかしくはないだろう。
「良い買い物したな~」
慎二はご満悦だ。
呪いから開放されて気分も良いのだろう。
「あとは、楽器屋も行ければ良かったんだが……」
なお、軽音楽部の立ち上げに失敗したことは既に伝えてある。
部活については、最初だけパソコン部のお世話になることにした。
バンドはバンドで『プライベートの時に練習しよう』という話を慎二にしたところ、大変乗り気だった。
バンド活動は、あまり周りには知られたくないのかもしれない。
「ああ、楽譜とか?」
「それもあるけど、慎二の家にあるギター、アコースティックギターだろ?」
「良く分からないけど多分」
「それで絶対駄目ってことはないんだが、基本的にはバンドで使うのはエレキギターなんだ」
「あ、そうなの?」
「ああ、マイクで拾ったりすればアコギの音も大きく出るんだけどな」
「あ~、電気通して音大きくするのか」
「うん、まぁ、そんな感じ、か」
説明が面倒臭くなったので端折ることにした。
慎二、お前ならいずれ自分の力で真実に辿り着ける。
「金も余裕あるし、エレキの入門セットが売ってたりするから、ちょっと見れればと思ってな」
「あ、じゃあ今から行こうぜ!」
「え?」
時間は十九時過ぎ。
楽器屋は大体二十時閉店なので、やっているといえばやっている。
とは言え、中学生には少々遅い時間だ。
「帰らなくて大丈夫か?」
「この時間だったらもうあんまり変わんねーよ!」
髪型のせいか、服装のせいか、慎二が積極的になっている。
俺はチェックシャツのままだが、慎二は着替えて街を歩いているのだ。
三十五歳の俺であれば、夜出歩くことを止める立場だが、今の俺は十二歳だ。
「よし、じゃあ行くか!」
「おぉ!」
――
「こんばんは~」
一見すると民家にしか見えない、個人経営の楽器屋に着いた。
ここは前世では中々世話になった。
建物の中にはスタジオもあり、一日中練習していたこともあったり、レコーディングもしたり、ある時はバイトで俺が店番をしたり……。懐かしいぜ。
「はい、いらっしゃい。……二人とも、初めてだね?」
うわっ、店主若っ!
前世で通い始めたのは高校生になってからで、その時は四十歳手前くらいだったはずだから……。
そうか、前世の俺の年齢と、同じくらいか……。
美容室の店主とは違い、頻繁に会っていたので感慨深い。
三十歳を超えてからは数えるほどしか会っていなかったが。
「はい! エレキギターを始めたいと思っていて、初心者向けのセットみたいなのはありますか?」
「ああ、なるほどね。最初からセットにしているのはないけど、ギター選んだらオマケで付けてあげるよ」
「本当ですか、ありがとうございます!」
この店主は夢を追う学生には優しい。
趣味で音楽をやっている社会人には厳しい。主に金銭的な面で。
俺も通い始めた頃とバンド末期の頃では大分態度を変えられていたような気がする。
悪い人ではないんだが。
「……博和、どんなギターが良いんだ?」
「そうだな、最初だから別にデザインで選んでしまっても良いんだが……」
正直、低予算だったらこだわれるところはデザインくらいだろう。
稀に当たりのギターもあるが、ほぼほぼ運だ。
「今うちにある中だったら、このテレキャスタイプがオススメだよ」
店主がアドバイスをしてくれる。
なるほど、メーカーは有名メーカー……ではないか、ロゴは似ているが。
「中古なんだけど、素材がしっかりしてるし、弾きやすくて音も良いんだよね。元々は七万円くらいかな」
「へぇ~、いくらなんですか?」
「三万円で出してるけど、二割引で二万四千円でいいよ」
「え、安くないですか」
「少し古いのと、細かい傷があるんだよね。弾くのには問題ないんだけど」
「なるほど……」
「良かったら弾いてみるかい?」
「え、いいんですか」
「弾かないと分かんないからね。ちょっと待って、今アンプ用意するから」
そう言ってセッティングを始める店主。繋げようとしているアンプは高級アンプだ。
ギターも大事だが、俺はどちらかと言うとアンプの方が音への影響は大きいと思っている。
ショボいアンプだと高級ギターを繋げてもそれなりの音にしかならないが、逆に良いアンプなら安いギターを繋げてもそれなりの音を出せる。
まぁ、そうは言ってもギターがよっぽど悪ければ、結局良い音にはならない。
そもそも、弾く人間の腕の話もあるが……。
「準備出来たよ、弾くのはどっち」
「……慎二、弾いてみろよ」
「え、俺?」
俺に振られて戸惑う慎二。
お前のギターを見に来たんだぞ。
「あれから練習したんだろ?」
「お、おぅ」
「君の方ね。どうぞ」
ギターを渡されて緊張気味の慎二は、若干震えながらコードを押さえ、ピックではなく指で弦を弾いた。
……アンプから放たれたその音は、今まで錆びかけたアコギで鳴っていた音からは想像も出来ないような、迫力のあるディストーションサウンドだった。
思っていたより大きい音で、少し驚く。だが、不快な音ではない。
なるほど、良い音だ。
確かに、アンプだけではなく、ギターそのものも中々良い品質のようだ。
一音弾いただけで慎二は何も言わない。
「……どう?」
「……」
店主が声を掛けても反応しない。
「おい、慎二」
「……」
俺が声を掛けても反応しない。
音の余韻が消え去る頃、慎二は言った。
「……このギター、ください」
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