⑯春になると変な人増えるよね。え、俺は違うよ?
思えば、女の子と二人きりで帰宅するなんていつ以来だろう。
大学時代のサークルの帰り道、たまたま帰る方向が一緒だった子と途中まで帰って以来か。
中学生が大学時代以来と言うのも変な感じだ。
いかん、余計なことを考えていたら緊張してきたぜ。
大人の余裕というやつを発揮しなければ。
とりあえず車道側を歩いて優しさをアピールすることにした。
中学生女子がこの優しさに気付くのは数年後かもしれないが。
「そういえば、部活は決まった?」
「いや……。まだ決まっていないんだな、これが」
「まだ迷ってるんだ?」
「迷っていると言うか、新しく部活を作ろうかと思ってて」
「え、新しく? 何の部活?」
「軽音楽部。 あ、でもすぐには無理だって今朝担任に言われちゃって」
「あ、それで朝元気なかったの? ってか、軽音楽部ってバンドのこと?」
「そうそう」
「あ、前ギター弾けるって言ってたもんね!」
「ああ」
以前俺の中の悪魔が『学校でギター弾いて彩ちゃんにかっこいいところ見せちゃえよ』と囁いてきたことを思い出した。
軽音楽部の立ち上げも、無意識にその影響を受けていたのかもしれない。
自己顕示欲、いと怖し。
「とりあえずは家で楽器の練習しながら、別の部活に入るわ」
「ふ~ん……。吹奏楽部じゃ駄目なの?」
「吹奏楽部はな~……。女子ばっかりだろうしな……」
「博和エッチだから丁度良いんじゃない?」
「そこに新田はいないからな」
……決まったぜ。
唐突な決め台詞。
登山? そこに山があるから。
エッチ? そこに彩がいるから。
他の女子では、意味がないのさ。
なお、彩の胴体には山がない。
強いて言えばなだらかな丘があるだけだ。
……いかん、『丘』という言葉で不愉快なやつの顔が浮かんできた。
下らんことを考えるのはやめよう。
「へ~~……」
うん、何も響いていない!
俺は前世からは成長したようだが、入学式からは成長していないようだ。
唸れ、俺の第二次成長!
彩はもうすぐ第二次性徴かな、ふふっ。
「博和に言っても無駄かもしれないけど、女子にあんまりそんなこと言わない方がいいよ?」
「俺が言うのは新田だけだぜ」
「そう……。やっぱり言っても無駄だったね」
弾ける苦笑い。
俺は十二歳の少女に『諦め』を教えてしまったようだ。
罪な男だぜ。
あ、セクハラで罪を犯したとか、そういうリアルな話ではない。
俺は愛だと思っているから。
駄目だ、一緒に帰れるのが嬉しくてテンションがおかしい。
部活の立ち上げの落ち込み?
ないない、俺は過去に捉われない男なので、今を大切にするのだ。
とりあえず話題を変えるか。
「俺、可愛い子を見ると、ついついそういう態度を取ってしまうんだ」
「……」
うん、話題は変わっていない。
そして、前世でそれを行っていたのは主にキャバクラだ。
評判は、良くはなかった。
「俺の中では新田が一番可愛いからな」
「……ホントに?」
「おう!」
強く言い切る。
事実だからな。
「本当に可愛らしいおっぱいだと思う。まだ小学生のようだ」
「許さない! 博和ホントに許さないから!」
新田が顔を真っ赤にして俺を叩いてくる。
それさえご褒美だ。
そんなにボディタッチされたら惚れ直しちまうぜ。
……痛っ!
結構本気で叩いてきてやがる!
「痛い痛い、新田、マジで痛いから!」
「うるさい! 女の子の身体のこと言って!!」
「俺は可愛いと思ってるんだって!」
「ぬか喜びさせて!」
「えっ?」
「……うるさい!」
『えっ?』しか言っていない。
「あ~、もう腹立つ! これから大きくなるの!」
「俺はそのままでも好きだけどな……」
「~~! もう喋るな!!」
最後はほっぺたを引っ張られながら説教された。
猟奇的な少女だ。
真っ赤な顔を近付けて怒っている彩は可愛く、俺にはご褒美にしかならなかった。
『チューしちゃえよ』とまたしても俺の中の悪魔が囁いてきたが、さすがに止めておいた。
結果、『優しさ』ではなく『やらしさ』しかアピール出来なかったが……。
もう十分、十分楽しい一日になった。
こんな楽しい日々がもっと続いていくように、この距離感を楽しみたい。
馬鹿なことをやって、いつまでも笑っていたい。
そんな風に思った春の日の出来事だった。
相手に好意があればセーフ、相手が嫌悪感を抱けばアウトです。
野球とは違ってワンナウトで一発終了でございます。
主人公が今まで以上に馬鹿になってしまい、申し訳ございません。